23.パン工房はいろいろ忙しい(2)
横綱って、元々は名誉称号だったと聞いたことがあります。
本来の地位は大関で、横綱大関と呼ばれていたこともあったそうです。
「その通りです。領主から特別な地位を与えられた信頼性の高いクランです。安全な仕事と安定した収入を必ずお約束しますので、ご安心ください。」
「で、でも、それならなおさらテムリオには不釣り合いかと思います。全員がSSSランクと聞いたことがありますが、うちのテムリオは、冒険者ギルドに登録したばかりの子供です。」
お父さんは必死に疑問に思っていることをぶつけている。それは当然そうなるよね。
「SSSランクはリーダーだけで、領主から拝領した名誉ランクです。そのSSSランクのリーダーの人を選ぶ目は確かで、間違ったことは一度もありませんから問題ありません。」
いや、トラヴィスの目は完全に曇ってるから。アゼリアは僕をペットとして気に入っただけだからね。
「でも、今日は市場で危険な仕事をされていたようで、テムリオが危なく巻き込まれそうになったと聞きましたが、それのどこが安全な仕事なのでしょう。」
我が家の大黒柱のお母さんは厳しい。あの屈強なトラヴィスでも勝てるとはとても思えない。
「もし良かったら、今日の市場で何があったのかお聞かせ頂けませんか? 内容次第では、本人はともかく、親としてもテムリオのクラン入りのお話はお断りしなければなりません。」
「いや、それは、返す言葉もありません。残念ながら機密事項だから俺には話せない。だがそういう仕事をテムリオ君にさせるわけじゃないから安心してほしいです。テムリオ君にはテムリオ君にしかできない仕事がある……のだと思います。ランクにあわない仕事はさせません。」
お母さんの迫力に、しどろもどろのトラヴィス……。
僕にしかできない仕事って、もはや僕のチートスキルになりつつある『アゼリアのペット』の仕事の事だよね。アゼリア以外の人に言われると不快になってくるのはなぜだろう。
ジョークの範囲内とは言えないから不快なのかも。やっぱりアゼリアは好きだけど、周囲にいるアゼリア教の信者みたいな人達は苦手だ。
その後も押し問答が続いて、最後は「また来ます」と言ってトラヴィスは帰って行った。
お店の角に置いてある椅子に、気が抜けたように座っているお父さんとお母さんのところに僕とエルは向かっていった。エルはお父さんのことを心配そうに見上げている。
「ごめんね、お父さんお母さん、俺のことで心配かけて……。俺がクランに入る気がないってことを、強く言ってくれてありがとう。」
お母さんは無言で僕の手をトントンと叩いて優しく微笑んでくれた。
お父さんの腕には、微妙な顔をしていたのに、僕からのプレゼントのブレスレットがしっかりとはめられている。
エルの手の中にいた、青色の体に、ごま粒目のリュミちゃんが、「キュイ」と鳴いた。
「テムリオが言ってた親切なクランリーダーって、『蒼洞のアゼリア』の事だったのね。凄い人と知り合いになったわね。凱旋パレードで手を振っているところを見たけれど、あれで結構若いみたいよ。もしかしたらお母さんより若いくらいかも。」
えっと……、もしかしなくてもたぶんお母さんより若いです。ごめんなさい。
「うん、最初はそんな人だって知らずに気楽に話しかけちゃった。
心配して誘ってくれているんだと思う。優しすぎるんだよアゼリアは。」
「アゼリアって、呼び捨てする仲なんだ。」
エルが鋭く指摘してきた。
「そうね、リーダーのアゼリアさんがいくら優しくても、他のメンバーの方まで全員優しいとはかぎらないものね。」
お母さんの言っていることはまともだ。アゼリアの行きすぎた優しさが、他のメンバーにはどれほど迷惑か。
「それにしても、親切心だけで、ここまでするのは、やり過ぎていないか? 本当にテムリオの隠れた才能に気づいたからってことはないのかな?」
お父さん。それは『親の欲目』です。
「お兄ちゃんが、お兄ちゃんだからだよ。」
意味不明だけど、エルが端的に表現してお父さんの考えをぶった切った。
たぶん表現力が乏しいだけで、エルは正確に理解している。
「そうねぇ、テムリオが、テムリオだからかもね。」
お母さんも乗っかってきた!
お母さんがそれを言うと、それも『親の欲目』に聞こえるけど。
「それでさ、ずっと疑問なんだけど、冒険者クランでも、アゼリアが歩いて行くと、みんなさっと横に避けるほどだから、きっと凄い人なんだろうなということはわかるけど、どうしてなの?」
「友達からは、たった六人の仲間を引き連れて蒼龍を倒したアゼリアの伝説は聞かなかったのかい?」
そういうと、お父さんは、いまや領土の伝説となったアゼリアの冒険を語って聞かせてくれた。
いまから五年前、ちょうど現領主が領主となってお城に入られたのとほぼ同時期に、西の領界付近にあったダンジョンの最下層から、伝説の魔王として恐れられていた蒼龍が地上に出てきて、周辺の村々を襲い、領都に向かってきたのだそうだ。
領都の騎士団に加えて、各地の騎士団も、総出で蒼龍の討伐に向かったけれど、いずれの騎士団も全く歯が立たず、ほぼ壊滅的な被害を受けた。
その一報を受けた領都の冒険者ギルドに所属する名だたる冒険者達が一斉に立ち上がって、巨大なパーティを組み、討伐に向かうが、一時的な足止めができただけで、蒼龍にはかすり傷さえ負わせることができない。
そのころ、領都では、冒険者ギルドに冒険者登録をしていない総勢三名が、蒼龍の討伐隊を結成していた。
三人はまず、冒険者ギルドでは評価が低く、討伐に参加できずに領都の警備をしていた下級冒険者の中から、独自の基準で探し当てた仲間を集め始めた。
ひとりふたりと説得して、総勢七名の決死隊が完成したところで『赤の誓』という私製クラン名を名乗ってパーティを組み、蒼龍に真っ向から挑み、たったの一日でこれを倒してしまったという話だった。
その七名のパーティの先頭で戦い、蒼龍の首を一刀で切り落とし、蒼龍の青い血を全身にあびた姿で領都に凱旋した時のことは、お父さんも鮮明に覚えているそうだ。
その姿を見た領主は、その場で即座に決死隊パーティ七名に、領主直属クラン『蒼の誓』の地位を与え、そのクランリーダーのアゼリアには、蒼龍が現れたダンジョン名を冠した『蒼洞のアゼリア』という称号を与えたという話だった。
お父さんの話は続いていたけれど、エルが僕の袖をそっとひっぱったので、区切りが良いところでお礼を言って、話を終えてもらった。
エルはお父さんの話の間中、なぜかうつむき加減だったので、たぶん刺激が強すぎたのだろう。僕でさえ、夢に出てきてしまいそうな話だったもの。
そして我が家では、アゼリアの不可解な過剰親切は、『僕が僕だから』って意味不明な結論で決着して、お店を閉めた。




