20.市場に行こう(2)
小学校で採用されている場合があると聞いた防災頭巾って、戦争中の防空頭巾と同じ発想で形状も一緒なんですってね。
確かにアゼリアの声に聞こえた。
声がした方を振り返ると、頭から茶色い頭巾をかぶった一団が、混雑する市場の客を蹴飛ばすように飛び出して、猛スピードでこちらに向かってきていた。
うわっ危ない!
とっさにエルを両手で抱えて後ずさりしたけれど、一団は構わず突っ込んでくる。横に避けようと思うけれど、間に合いそうにない。
無理っ!
と思った瞬間、目の前が白くなって、そこに神の国の案内人のセシルフォリアさんが、相変わらずおっとりした顔で立っていた。腕の中にいたはずのエルはいない。今日の僕はちゃんと服を着ている。
「いらっしゃいませ」
「えっと、そんな吞気に挨拶してる場合じゃ無くて、妹のエルが……、さっきのとこに早く戻して!」
焦って、つい怒鳴ってしまったけれど、セシルフォリアさんは気にする様子もない。
「大丈夫だと思いますよ。……たぶん」
「たぶんって何、たぶんって!?」
「そんなことより、今日来て頂いたのは、これをお渡し損ねたからです。」
そう言ったセシルフォリアさんの手には、行方不明のブレスレットがあった。
『そんなこと』って何!
ブレスレットの方が、はるかに『そんなこと』なんですけど!
あきれて、声にもならなかった。
「実はサイズをあわせるときに、元のあなた様の体に合わせてしまったもので、異世界転生の際に新しい10歳の体にあわせて『意識』のサイズを変えたら、『意識』からアームレットがずり落ちてしまいましてね。」
「『意識』にもサイズがあるの? というか、そんな話は後にして、エルが心配。」
「妹さんは大丈夫だと思いますよ。……たぶん。それで落ちてしまったことに、いままで気がつかなかったものですから、あらためてピッタリサイズでお渡ししようと、ここにお招きした次第です。」
うーん、この空気読めないセシルフォリアさんには、大事な順番がわかっていない。『のんびり過ごせる』能力を付与されたチートアイテムは、いまの緊急事態に必要な物じゃないから。
「それなら、いまチートアイテムの力で、問題を先送りして、のんびり過ごしてみてはいかがですか?」
あ、頭の中の声もセシルフォリアさんには聞こえるのか。
でも、確かに前の世界の僕は、そうやって面倒な事は避けて、問題を先送りして生きてきた男だけど、さすがに妹を放り投げてもそうしたいとは思わない。
「まあまあ、ものは試しですよ。少しだけ手前に回しておいて差し上げましたから、のんびり過ごせる能力の発動を体験してみてください。異世界でご希望通りに、のんびり過ごせるようになりますよ。ではごきげんよう」
こっちの話を聞いてないよね。
セシルフォリアさんは、やれやれ面倒な用事がひとつ片付いたといった顔をしながら、僕に背を向けて、手にジョウロを持つと、前回一瞬だけ見たときよりも、はるかにたくさんの白い花が咲き乱れている花園のほうに歩いて行った……。
あの真っ白の花に比べたら、神の国は、やや灰色がかっていたことに気づく。
そしてモノトーンだった神の国のそんな光景が一瞬のうちに消えて、元の市場の鮮やかなカラーの光景に戻った。
えーっ、さっきの続きからか!?
頭から茶色い頭巾をかぶった一団が、目の前まで迫っていた。僕とエルを避ける様子も無く、子供なら突き飛ばせばいいと思っている様子で全力で突っ込んでくる。
子供のふたりが、こんなスピードで突っ込んでくる一団に突き飛ばされたら、ひとたまりもないよ。しかも何か短刀みたいな武器を手に持っているし。
僕は、一か八か、エルを抱えたまま、思い切り左側に飛んでみた。空中すれすれを、一団の先頭の人が突っ込んできて、ギリギリでぶつからずに通り過ぎた。次の人はもっと左を走ってきていたけれど、こちらも辛うじて当たらずにすり抜けていった。他の人達は右よりを通り抜けていったので、もう大丈夫。
僕もエルも転ぶこと無く飛んだ左側の地面にストンと着地できた。
うわっ、あきらめずにやってみるもんだ。
腕をみると、セシルフォリアさんからもらったブレスレットがあった。
良かった、アイテム能力が発動する前になんとかなった。
こんな状態で『のんびり過ごせる』なんて力が発動してしまったら、最悪なことになっていた。「エルシェが怪我したのに、何でひとりでのんびりしていたの!」なんて、きっとお母さんに家から追い出されるよ。いくら優しいお母さんだって、絶対許してくれない。
何を考えてるんだろう、セシルフォリアさんは。
少しだけムッとして、発動する前にブレスレットを止めようと、中央の輪を向こう側に止まるところまで回した。
さっきの一団は僕のすぐ横をすり抜けて反対方向に走り抜けていった。
その直後を弓矢を持った男と、長い杖を構えた男が、ものすごい形相で追いかけていった。そしてその後を数メートル離れて、別の一団がこちらはそれぞれに大きな声を上げながら通り過ぎていく。
「あ、やっぱりアゼリアと、冒険者ギルドで会った仲間の人達だ」
最後の一団の中にアゼリアがいた。アゼリアは、毎回僕に見せていた笑顔と全く異なる、獲物を狩る狩人のような厳しい表情で、手には鞘から抜いた剣を持っていた。
ほんの一瞬こちらを見たような気がしたけれど、表情は一切崩さずに、スピードも落とすことなく、他の人と一緒に大きな声をあげて僕のすぐ前を走り抜けていった。
そうか、あの先頭を行ったアゼリアの仲間の、弓矢を持った人か、杖を構えた人のどちらかが、矢を打つとか、何かの魔法を打つとか、何かしようとして、アゼリアに「ここで打つんじゃない!」ってとがめられたのか。
そうだよね、こんなに人がたくさんいる場所で、そんなことしたら、たくさんの人を巻き込んじゃうものね。
……というか、あそこでそれやったら、その先にいたのは僕とエルだよ。
何やってるの! アゼリアの仲間の人。
アゼリアが止めてくれなかったら、今頃大変な事になってた。
あらためて冷や汗が背中を流れた気がした。




