19.市場に行こう(1)
YouTobeで外国の大きな市場の中を、ただ延々と歩くだけの動画が好きで、探してはよく眺めています。先日はガーナの市場を眺めました。どこの国でも主婦は力強く生きています。
「私のテムリオちゃんは、今日は依頼を受けてきたの?」
猫なで声ってこういうのを言うんだろうか。
「う、うん。いま完了報告が済んだところ……。Gランクの依頼だけど楽しかったよ。」
「それはご苦労様でした。みんな、私のテムリオちゃんよ。ご挨拶してね。」
アゼリアが、僕のことをなんとも大雑把に紹介した。
「テムリオと申します。昨日アゼリアさんに、」
「アゼリア」
「アゼリア…に、大変お世話になりました。どうぞよろしくお願いします。」
すると、仲間の中で一番大きな盾を持った屈強そうな男の人が、蚤の市のガラクタでも品定めするような目つきで話しかけてきた。
「……ほほう、これが、あの蒼龍でさえ倒せずに敗れたアゼリアを、たったの一撃で倒した勇者か!!
俺はトラヴィスだ。よろしくな。アゼリアが昨日ずっとテムリオ、テムリオってうるさくて敵わなかったぞ。」
この人も怖い顔に似合わずアゼリアのような軽いノリの人だった。
「えっアゼリアさん、……アゼリア、いったい俺のことをお仲間にどんな風に紹介したんですか!恥ずかしすぎるじゃありませんか!」
そう言ったのに、アゼリアの仲間の人達は、まるで聞こえないかのように僕の周りで、珍獣でもみるかのような好奇の目でのぞき込んでる。
「へぇ、この子がねぇ。」
「いやだめだ、俺はまだ修行が足りねえ。全く感じねえぞ。」
「エルヴィローネ、お前ならわかるんじゃねぇか?」
「いやじゃけぇ、アゼリアの男を探る趣味なんか、うちにはないけぇな。」
「みんないい加減にしなさい。私のテムリオちゃんが困ってるでしょう?」
だからその、頭に『私の』を付けるから皆さんが好奇の目で見るんじゃ?
よくわからない会話が続いて、しばらく集団のおもちゃになってから、ようやく解放された。
「ごめんね私のテムリオちゃん。いまちょっと立て込んでるの。今度暇なときにふたりだけでお茶会しましょうね。」
というと、陽気なアゼリアを先頭に、二階の階段の方へゾロゾロと歩いて行った。
僕と話す時のアゼリアとは、がらっと変わって、今日のアゼリアは周囲の冒険者に厳しい視線を向けて歩いている。その圧倒的な存在感でギルド内に緊張感が走っていて、アゼリア達が豪快な歩調で歩いて行くと、エントランスの並み居る冒険者達が、波が引くかのように静かになって左右にどいて道を空けていく。
二階の階段下の屈強な用心棒までもが、さっとよけると、まるで我が家のようにその脇から階段を登っていく。
「凄いな」
それ以外に言葉がなくぼう然と見送っていたら、エルヴィローネと呼ばれていた細身で薄紫のローブを身にまとっている女性が、小走りで戻ってきて、僕をのぞき込むように顔を近づけてきた。
うっ、この人、瞳が金色だ。未だに瞳の色が違うのに慣れない……。
「テムリオ。アゼリアは冗談言うような器用な女じゃあおえんのんよ。
アゼリアを守れるくらい強うなったらクランに入る言うて約束しとったんじゃろ?
そのアゼリアがな、あんたは今でも間違ごうなく、うちより強いって断言しとったんよ。
うちは本気で探ってみたい思うたくらいじゃけぇ。
男ならアゼリアとの約束、今すぐ守らにゃおえんよ。
できるだけ早う、クランに入るの考えちゃってな。」
それだけ言うと、また小走りに集団の中に戻っていった。
へ? 今のは何? エルヴィローネって、まさかアゼリア信者みたいな、アゼリアの冗談が全く通じない痛い人って事??
ま、まあいいか。アゼリアはとっても楽しい人だけど、その取り巻きはいろんな意味でちょっと危ない集団ってわかった気がするから、あまり近づかない方がいいって事だよね。
さ、早く帰ってあげないとエルがふくれっ面してしまう。本当は、そういう顔も見たいけど。
「お兄ちゃーーん」
エルのとろけるような笑顔が、遠くからもはっきり見える。
きっと待ちきれなくってお店の前で待ってたんだね。
手を大きく振りながら、ぴょんぴょん跳ねてるよ。
ああ、走ってきちゃ危ないよ。ほらお約束通り転んだ。
それでも服をパンパンして、また走ってきた。
「お兄ちゃん、おかえりぃ。依頼うまくできた?」
「うんバッチシだよ。」
「なにその『ばっちし』って。お兄ちゃん時々変な言葉使うよねー。」
そんな話をしながらエルはとても嬉しそう。
鏡に映る自分の姿を見たナルシストの僕は、エルの笑顔に気後れすることはあまりなくなった。
「お父さんお母さんただいま。今日は初めて報酬をもらったから、お昼食べたらエルと市場に出かけてくるね。」
どうせ質問攻めに遭うだろうから、とりあえず外出許可を先に取った。
「それで今日はどんな依頼をこなしてきたの?」
「えーと、まずおなか空いた」なんてじらすと、後が面倒そうなので、先に報告することにした。
「今日は貴族のお屋敷の掃除依頼を受けてきた。貴族街の真ん中くらいにある家で、名前は……」メモを引っ張り出した。「アルフェルド伯爵婦人のお宅。一人暮らしなんだって」
「ああ、高家のお屋敷ね。そう、お一人で暮らしてるのね…。」
「高家って?」
「領主様の家臣ではない貴族って意味よ。」
お母さんは貴族事情に詳しそうだけど、平民でもそのくらいのことは知ってるのかな。
そしてその貴族の家で、掃除したキッチンが豪華だった事や、ねずみ取りをどうやって仕掛けてきたかなんて話を聞かせた。お父さんは少しだけ微妙な顔だったけれど、お母さんとエルは目を輝かせて僕の話を聞いていた。
「お体がご不自由なのに、そんな広いお屋敷にお一人で住んでいらっしゃるなんて、お気の毒だわ。」
僕の話を聞き終えてから、お母さんは特大のため息をついた。
「そうだね。貴族もいろいろ大変そうだね。」
貴族の身分なら、そんな状態でも生活が破綻したりはしないのだろうけれど、生きていくのに必要なのはお金だけじゃないからね。
下町なら、お年寄りが一人で暮らしてたら、ご近所さんが毎日のように入れ替わり来て、絶対に孤独になんかさせないってお母さんが言った。
ひとしきり話した後で、お母さんの「さて」という号令でお昼ご飯になった。
そうして食事もそこそこに、待ちきれない様子のエルを連れて市場に向かった。
正確には中央市場と言うらしく、領内にいくつかある市場の中でも、最大の市場で、中央通りを南城門に向かってまっすぐ行くと、一時間ほどで到着した。
野菜、果物、肉、豆類、パン、惣菜などの食料品の店は、中央付近の一番賑やかな場所にまとまっていた。魚も干物のお店に少し置いてあった。それらのひとつひとつの値段表を丁寧に確認しながら頭に入れた。
洋服、生地、布袋、テントなどの布製品のお店も、周囲に結構多く並んでいた。
そのほかにも小物雑貨から、樽詰めで売られているものまで、雑多に何でもある雰囲気だった。
エルにはアクセサリーでも買ってあげようと思って、一角にジュエリーショップを見つけたので、エルを誘ってお店の前まで到着した。
「やめろっ、ここで打つんじゃない!」
突然賑やかな市場の空気を引き裂く女性の怒声が響いた。
僕は思わず足を止めて振り返った。
「あれっ?……アゼリア?」




