18.初めての依頼(3)
ローズヒップティーは酸味があってとても爽やかで好きです。
でも真っ赤な色は、実はハイビスカスの色って知らなかった。
「僕は10歳になります。せっかくのお誘いですので、お茶をごちそうになってもよろしいでしょうか、マダム。」
一瞬、魔女妄想に取り憑かれて焦ってしまったけれど、そんな馬鹿なと自己暗示をかけ、気を取り直して返事をした。
ここは貴族のお屋敷だ。今は「俺」をやめて「僕」と呼ばせてもらおう。少しだけ無理して意識しながら「俺」を使ってたんだよね。本当は「僕」のほうがストレスなく言える。
貴族のお誘いを、平民が断るのは駄目だろうと思えたので、素直に従い、ちょっと気取って『奥様』から『マダム』呼びに変えてみた。
「まあ、マダムだなんて。そんな呼び方されたのは何年ぶりかしらね。あなたもしかしておうちは貴族なの? 貴族の言葉遣いがとても自然にできているわね。それに10歳ですって? その歳でお仕事をされているのって立派だわ。」
「いいえ、マダム。僕は南外門の近くにある、平民のパン屋の息子でテムリオと申します。貴族のお屋敷は今日が生まれて初めてです。言葉遣いは……えっと、そう日曜学校と図書館で覚えました。」エルのことだけどね。
話をしながら、老婦人はとても良い香りのハーブティを入れてきてくれた。
本当は、あの杖の先で「えいっ」とやると、一瞬でお茶が沸くのかと期待して、のぞき込むように見ていたけれど、小さな炭入れに入った炭火の上にポットを置いて、普通にお湯を沸かしていた。ちょっとだけ残念。
「自己紹介ありがとう。私はナタリア・ド・アルフェルドよ。皆は伯爵婦人とか、大奥様とか呼ぶけれど、マダムの方が何倍もいい響きね。」
僕も脳内で『老婦人』なんて失礼な呼び方をするのはやめよう…。
「マダムは、この家におひとりでお住まいのご様子ですが、使用人などはいないのですか?」
「そうね、若い頃から、使用人はあまり使っていなかったわ。ちょっと変わってるわね。このお屋敷にお客様はめったに来ないから必要なかったのよ。庭師とメイドはいましたけれど、どちらも歳を取ったので、数年前に夫が他界したのを機会にお暇をあげて、それからは誰もいないわ。」
「それは寂しいですね。僕で良かったら話を聞く相手くらいにはなれると思いますので、いつでも呼んでください。
今日は午後に約束があるので、これで帰りますが、今度伺ったときは、マダムの若い頃の話なんて、ぜひ聞いてみたいです。」
すると、マダムは優雅な笑みを顔に浮かべた。
「まあ嬉しいわ。次にお掃除をお願いしたときは、ぜひ私の昔話にお付き合いしてくださる?
テムリオさんで良かったかしら、ご指名でお掃除依頼することってできるの?
あら、お時間をいただくなら、『お茶のお相手』なんて依頼も出したほうがいいわね。」
指名ってできるのかどうか知らないな。
「僕もあまり詳しくないので指名ができるのかは知りませんけれど、依頼の際に窓口にそのように伝えてくだされば必ずお伺いします。お茶は好きですので、そちらは依頼なんていただかなくても大丈夫ですよ。」
冒険者ギルドに依頼を持って行くような、そういう雑用を引き受ける業者でも出入りしているのかな。そうじゃなければマダムの足じゃ食材だって買いに行けないよね。
「ところでテムリオさんは、その威圧を内緒にされていらっしゃるのかしら?」
ん? いきなり意味不明な事を聞かれた。
僕の知っている威圧って、相手を威嚇するような態度のことだよね……。
もしかして僕、マダムを睨みつけてたとか?
転生してこの顔になって数日。鏡がないと今の自分の顔が想像できないというのも不便だな。
「えっ、『威圧』ですか。そんなに失礼な顔をしてましたか? もしご気分を害してしまったのでしたら、お詫びいたします。決してそんなつもりはありませんので、どうかお許しください。」
「あら、いやだわ私って。急にそんなこと言われたら戸惑いますわよね。そういう意味じゃありませんことよ。威圧の値が限界まで高い方なんて、初めて見ましたのでつい。これでも私、昔は王立癒術士でしたのよ。悪い癖ね、つい患者を診る目になってしまう。でも魔力が枯渇した今では、ほら自分の足ひとつ治せませんのよ。」
あはは、説明されるほどわからなくなる人、天国の案内人でもうひとり知っている……。
とりあえずスルーしておこう。こういう話はスルーに限る。
「そうなのですね。足がご不自由ですと大変でしょう。掃除以外でもお役に立てることがございましたら、これからは遠慮無くご用命ください。」
それからは、とりとめのない話をいくつかして、ほんのわずかな時間の『お茶会』は終わった。
帰りがけに、「これはチップよ」と、10Gと刻まれた銀色のコインを二枚渡された。異世界のお金って初めてみたけど、普通に丸いコインだ。たぶん今回程度の依頼のチップとしては破格なんじゃないだろうか。
これって冒険者ギルドには届けなくても良いお金なのかな。最初だからよくわからないので、とりあえず申告しておこう。
玄関先と正門の横を何往復かしてゴミを全部片付けると、「はあ、なにごともなくスムーズに終わったな。」と満足感をにじませた独り言をつぶやいた。
きっと僕はこういうのんびり、まったりとした仕事がしたかったんだよ。そう思うと、なんだか、こんなささやかな一時が、珠玉の輝きに思えて、充実感で胸がいっぱいになった。
マダムが魔女じゃなかったのは良かったけど、魔法を使ってるところってちょっと見たかったな。異世界に来てから、魔法って言葉を何度か聞いたけど、実際に魔法を使う人を一度も見ていない。
いろいろと考えながら冒険者ギルドに戻って依頼完了報告をした。
チップは報告しなくてもいいそうだけれど、最初だから報告書の備考欄にきちんと書いておいた。
日当を現金で受け取ったら、明日受ける仕事でも探してから帰ろうと、依頼掲示板のほうに歩いて行った。
「あら、私のテムリオちゃん。」
聞き覚えのある声に呼び止められた。
「アゼリア………さん」
アゼリアが手を振ってる。
昨日のノリで「アゼリア」って呼ぼうとしたら、たぶんクラン仲間と思われる集団を引き連れているのに気づいて、あわてて「さん」をつけたけど、ほぼタイムアウト。
いきなり屈強な人達に取り囲まれてしまった。怖い。




