17.初めての依頼(2)
四方に壁の無い建物をあずまやといいますが、漢字では四阿と書きます。これを東屋と読むのは、京都の家に比べると、東国(関東のこと)の家は簡素で、まるで四阿みたい、というところからきているそうで(諸説あり)、いまなら差別用語っていわれそう。
大きなゴミが、あらかた片付いたので、何かの植物を束ねたようなホウキと、木製のちりとりを使って、細かなゴミも回収した。
ここまで片付くと、結構広いキッチンだったことがわかる。
いや『結構広い』なんて言葉じゃ表せないかも。相当広いよ、この屋敷のキッチン。
木製の床は、モップを持ってきていないので、流し場の水桶の水を掃除用のバケツに少しわけてもらい、濡れ雑巾で拭こうと思う。あとで井戸を探して水桶に汲み足さないと。
確か、灰を持ってきてたはずと思い出して、道具の中から探した。
灰を水に溶かした灰汁は万能洗剤として使える。
家で台所のお手伝いしてるときに、そっとエルが教えてくれた。
雑巾を灰汁に浸けて軽く絞り、床を丁寧に磨き上げていった。
頑固な汚れは別に骨灰も持ってきているけれど、今回は不要みたいだ。
ここまできたらワックス掛けまでしてあげたくなってきたけれど、持ってきた油ではこの広さのワックス掛けは無理そう。そもそも、そこまでやったらオーバーワークだ。
乾いた雑巾で乾拭きして床掃除は終わった。
えっ、こんなに簡単に終わっちゃっていいのかな。
元々がきれいにしてあったキッチンに、大きいゴミが置かれていただけみたいだったから、こんなの掃除したって言えない程度だよ。
だからといって、食器棚も綺麗にする?
ものすごい量の食器が棚にぎっしり並んでるよ。
うーん、どこまでが仕事の範囲かよくわからない。
でも、調理台や、シンクの周囲くらいは綺麗にしたほうがいいよね。
いろんな壺が置いてあるあたりも拭き掃除しておこう。
でもオーブンや、かまどなどススがいっぱいの場所は勘弁してもらおう。
床を空拭きしたら、汚れの下から模様が現れた。
ああ……この床板、ヘリンボーンだ。
元の世界にいたとき、テレビでヨーロッパの豪邸を紹介する番組があって、高級住宅の条件のひとつとしてヘリンボーンの床が紹介されてた。
細長い木の板が、斜めに噛み合って、まるで矢羽のような模様になってる。よくよく眺めると、噛み合わせ部分がかなり凝ってるのがわかる。
なんでキッチンにこんなのが? 普通は、客の目に触れる応接間などに使うんじゃ……
もしかしたら、元々はキッチンではなく、かなり広い応接間のような場所を間仕切りしたのかもしれない。
ちなみに、テレビでは、豪邸の定番として、プライベートビーチと、インフィニティープールが紹介されてたな。境目の無いインフィニティープールからプライベートビーチを眺めると、プールの水面が海と一体化して、確かに豪邸の庭の雰囲気だった。
コンドミニアムの場合の豪邸とは、屋上ペントハウス付きのメゾネットタイプだそうだ。
そんなことを思い出しながら、早い話、息抜きしてた。
僕が空想にふけっている時って、大抵はこういう時だ。
異世界に来たのは、のんびりしたいからだものね。
調理台を掃除して、シンクもきれいにして、食器棚は軽くはたきをかけた程度で、あとはもうほとんどやるところはなくなった。たぶん正味2時間もかからずに終わってしまった。
隠れ場所を失ったネズミが逃げ惑うハプニングはあったけれど、まあこんなものかなと思えるほどにきれいになったところで、ねずみ取りを三ヶ所ほど仕掛けて作業完了。
とりあえず掃除は終わったので、少しだけお屋敷探検をかねて井戸を探してみた。
キッチン脇にドアがあったので、まずそこの内鍵を外して開けてみたら、素敵な中庭が見えた。
残念ながら手入れされていなかったので、雑草がひどかったけれど、雑草に埋もれかけた庭園のような一角に、東屋の小さな建物が見えた。
雑草の中には、穂先についてる白い小さな玉が上下に揺れている、例の幻想的な雑草もあった。
足元に目をやったら、ドアのすぐ横に井戸があった。台所横って便利だね。これだけ広いお屋敷なら、井戸は複数箇所あるのかもしれない。
あっという間に井戸を探し当て、お屋敷探検がそこで終わってしまったため、少しだけがっかりしたけれど、まあいいか。
気を取り直して、雑巾などを井戸端で洗い、ついでにキッチンにあったいくつかの空の水瓶に水をいっぱい入れておいた。
流し場にあった水桶に水を汲んできて、流し場の中も水洗いして綺麗にした。最後に水桶の中に、水を満たして完了だ。
体の埃をはたいてから、リビングに戻ってドアをノックした。
「奥様、お掃除と、ねずみ取りの設置が完了しましたので、ご確認頂けますでしょうか」
すると最初の時のように「はあい」という返事が来て、ゆっくりした歩き方の老婦人がリビングから出てきた。
杖をついて歩きにくい様子ではあっても、体から貴婦人のオーラがでているようで、気品あふれる歩き方だった。
「まあ素敵。きれいにしてくれてありがとう。やはり家政ギルドより冒険者ギルドのほうが丁寧で早いわね。」
そうか、掃除のような仕事依頼は家政ギルドでも受け付けているんだね。
「あら、お水も汲んでおいてくださったのね。お気遣いが素敵ね。ありがとう。」
「ねずみ取りが三ヶ所に取り付けてございますので、お気をつけください。後日冒険者ギルドから回収に参りますので、ネズミがかかっても、そのままにしておいてください。それではここと、ここに日付を書いてご署名をお願い致します。」
僕は冒険者ギルドで指示された通りの事を言って署名をもらった。
あとは、うやうやしく礼を述べて、ゴミ袋を抱えてお屋敷から外に出れば依頼完了だ。
…と思って、帰り支度し始めたら、何か思うことがあったような顔で、老婦人に声を掛けられた。
「少し待ってね。もしお時間があるなら、お茶でもいかがと思って。それともお忙しいかしら。あなたおいくつ?」
声を掛けられて、老婦人をあらためてみたとき、気がついた。
あの杖って、元の世界の絵本に出てきた、魔法使いの魔法の杖にそっくりだ。
老人の杖にしては少し長くて、頭のあたりが丸く全体にねじれた木でできている。
えっ、まさか本物の魔女とか?
確かに魔女って老婆が定番だよね。
とんがり帽子はないし、鼻先は曲がっていないけど。
ちょ、ちょっと怖いんですけれど。どうしたらいいの、エル教えて……。
一度気がつくと、どんどんマイナーな想像をしてしまうのは僕の悪いところだ。
そうして、僕は老婦人と、ほんの一杯だけ、緊張するお茶の時間を過ごすことになった。




