12.冒険者ギルドに行こう(2)
お風呂の鏡は、百均で買ったダイヤモンドパットで磨いてから水でよく流し、同じく百均で買ったハンドワイパーで水切りしておけば、いつまでも曇りません。時々はスポンジに洗剤をつけて洗います。
超絶美人さんは、唐突な告白に目を丸くして僕を見つめると、次の瞬間、嬉しそうに周囲にわざわざ聞こえるような声をあげた。
「嬉しいわっ、ギルドでナンパされちゃった。うん!付き合ってあげる。」
その声に騒々しかったギルド内が、一瞬だけ静かになった。
しかし超絶美人さんと僕を見比べたひとりが、
「何だよ、はぁびっくりしたな。アゼリアをナンパだなんて命知らずの坊やだな。」
といいながらガハハと笑うと、あちらこちらから失笑が漏れてきた。
「あの、あの、ごめんなさい。ついお姉さんの顔を見たら、あまりに美人さんだったもので。ごめんなさい、ごめんなさい。」
恥ずかしさにあわてて顔の前で手を振ったけれど、どうやら許してもらえないらしく、超絶美人さんからの、楽しそうな言葉は続いた。
「うふっ、美人だなんて、オンナをたぶらかせるのが上手みたいね。
ところで私の彼氏はなんていうお名前なのかしら? 教えてくれる? 私はアゼリアよ。」
「アゼリアさん。俺はテムリオ。武器はないけど、一応冒険者登録してるみたい。」
そういうと、エルから渡された白色のギルドカードを見せた。
アゼリアはギルドカードを僕から受け取って、真面目な顔でしばらく眺めてから、また元のニコニコ顔に戻ってギルドカードを返してきた。
「ふふっ、テムリオちゃんね。さっきは素敵な告白だったわよ。
おいおまえら、テムリオちゃんのオンナになった私に手を出そうなんて考えるなよ。」
「いねーよ、坊やみたいな勇気のある男なんて領土中探したっていねぇ。」
「もっともだ」と、周囲は爆笑に包まれた。
ふーっとため息が漏れた。よかった、冗談好きな楽しそうな人達だったよ。そこまで怖いところじゃないのかも。でもアゼリアさんは、僕以外にはしゃべり方が乱暴。
「ところでアゼリアさん、声を掛けていただいたついでに、ご相談に乗っていただけませんか?」
相変わらずニコニコしてるアゼリアさんに話しかけた。
「彼氏なんだから『さん』はいらないでしょ? アゼリアって呼んでね。どうしたの? 結婚したいのならいいわよ? ちゃんとプロポーズしてね。」
「あ、ほんとうにごめんなさい。そういうの、もう許してもらえませんか? アゼリアさん。」
「アゼリア」
「はひ……アゼリア。相談というのは、俺は冒険者ギルドのこと何も知らないので、まずどうしたらいいか教えてもらえないかなと思って。」
「ああ、そういう事。ならこっちよ。ギルドカード作ったとき説明聞いてなかったの?」
「実は階段から落ちて大けがして、本調子じゃないので記憶が曖昧なんですよ。」
「それは大変だったわね。私の彼氏が行くべき場所はこっちよ。」
「もう、アゼリアさ……アゼリア。その彼氏って言うの、そろそろ勘弁してよ。」
意に介する様子もなくアゼリアは先を歩いて行くので、その後を小走りで必死についていった。アゼリアは「ここよ」というと奥にあったドアのひとつを開けた。
「おお、恋する乙女か。ここまで聞こえてたぞ。それでそこの男が、見事『蒼洞のアゼリア』を射止めた勇者か?」
うるさいわと不快そうに、それでいてちょっと楽しげなアゼリアが、
「私のテムリオちゃんは白色ギルドカードだ。前に受けた説明を忘れてしまったそうだから、もう一度説明してやってくれ。」
と僕の事情を簡単にまとめて話した。
「わかった、ギルドカードを預かるから見せてくれ、ええと名前はテムリオだったか? 見覚えがないから、別の担当の時に登録したんだろうな。」
手に持っていたギルドカードを渡すと、担当は裏表を確認して、フンフンといいながら奥の部屋に入っていった。
「私のテムリオちゃんは、それで冒険者になるの? 冒険者になるなら、うちのクランに入ってね。」
美女に勧誘されて、鼻の下伸ばして生命保険に入った、大学のサークル仲間の顔が浮かんだ。
「冒険者以外にもなれるの? それとクランって何?」
「冒険者ギルドだから冒険者だけよ。それとクランって、冒険者仲間の集まりのこと。」
あせって質問攻めにしてしまった僕に、ゆっくりと説明してくれたので、少しだけ冷静になれた。生命保険には入らなくていいかもって思うくらいに。
「ありがとうございます。でも冒険者ギルドで言うのも変だけど、俺には冒険者は無理だから、お仲間には入れないかも。」
「そうなの? じゃあ白色ギルドカードの意味は知ってるのね。」
「いえ、知りません…。」
やっぱり白色ギルドカードには、何か秘密があるみたいだ。
道で出会ったティオの、微妙な励ましが頭に浮かんだ。
所在なさげに、部屋の中をぐるっと見渡した僕は、次の瞬間、一点で固まって息をのんだ。入ってきた入り口の、隣の壁に姿見が掛けられていて、そこに映った自分の全身を、見てしまったからだ。
そういえば、この異世界に転生してから、自分の姿というのを一度も見てなかったと、今更ながら気がついた。
子供部屋に鏡はなかったけど、見飽きた23歳の元の世界の姿が頭にあって、そんな平凡な自分の姿なんて、見たいと思わなかった。
神の国の案内人のセシルフォリアさんに、10歳の子供に転生すると言われていたのに、思い込みで、自分の顔が異世界の顔に変わることに想像力が働いてなかった。
『物体』は持って行けないと言われてたね。顔も『物体』だよ、確かに。
そこに映し出された僕は、元の世界にいたときとは全く違う。
本物の10歳の子供に見える。そして驚いたことに、グリーンのカラコンをしてる!
髪はブルー。エルと目と髪の色が反対だ。
アゼリアの髪の色に似ているけれど、かなり薄めのペールライトブルー。
ペールライトブルーというのは、元の世界のブラック企業で扱っていた商品の色名なので、すぐに浮かんだが、普通は空色で通じるだろう。
そして自分で言うのもなんだけど、惚れぼれするほどの美少年だ。エルの、破壊的な可愛さにも、負けていないかも。
そのまま固まっていると、アゼリアが「どうしてこんな場所に鏡があるのか」不思議がっていると思ったのか、鏡の説明をしてくれた。
「旅の護衛に、冒険者を募る貴族がたまに来るの。失礼のないように身だしなみを整えて面談するのに、各部屋には鏡が用意してあるのよ。身だしなみに厳しい執事なんかも来るしね。」
「へ、へぇー、そうなんだね。」
自分を凝視したまま首が固まってしまった僕は、鏡に映ったアゼリアに返事した。
あれっ?
鏡の自分とアゼリアを見比べていたら、今とんでもないことを思いついてしまった。
カラコン入れてれば、鏡なんて見なくたって、絶対に自分で気づくはずだよ。
僕はたぶんカラコンなんて入れてない。
じゃあ、この瞳の色は、地の色?!
うわっ、転生してから今まで、とんでもない勘違いをずっとしてたみたい。
町中カラコンだらけって勝手に思いこんでたけど、みんな地の瞳の色なんじゃないか!
8歳のエルから、外門に立っていた兵士から、道ですれ違ったおじいちゃんまで、みんなカラコンしてるなんて、何で思い込んでたんだろう。
ということは、髪の毛も染めてるんじゃなくて地毛の色?!
たぶん異世界に転生してから、今が一番驚いてる。
鏡の中の自分を見て、驚きのあまり高くジャンプした子猫状態だ。
ついでに爪の色がカラーの人を何人も見かけたけど、思わず自分の爪を確認したら地肌色だった。
良かった。
何が良かったのかもよくわからないほど混乱してる。




