112.世界樹の妖精(2)
思ったより街道は整備されていたので、それほど振動はひどくない。念のために敷き布団と掛け布団は、リアカーとカプセル、カプセルとカプセルの間に敷いてあるけれど、いらなかったかもしれない。それよりも重心がそれだけ高くなるんだから、安定という意味じゃ、敷かなかった方が良かったかもね。
お腹が空いたら食事といった具合に、あまり時間感覚にとらわれずに食事をすることにした。お弁当を食べながら、妖精にもお裾分けしようと思って指しだしてみたけれど、どうも人間の食べ物は食べないようだ。
妖精はどこにでもついてくるので、トイレの時は本当に恥ずかしかった。でも話し相手がいるのは楽しい。一方通行で返事はしてくれないけれどね。
森を抜けたときは半日かかったけど、この街道を通った場合、どのくらいの時間がかかるんだろう。起きてから大分時間が過ぎたので、途中で眠くなってきた。今日はここらまでにして一度寝ようかな。今日一日は激しい一日だった。疲れたのか眠くなったのか、どちらなのかがよくわからないまま、眠りについた。
……ほっぺたのあたりに違和感を感じて目が覚めた。
妖精達がほっぺたをツンツンしていたみたいだ。起こしてくれたのかな。何を使ってツンツンしているのか、寝ぼけ眼でほっぺたのあたり見てみたら、こらっ、足で蹴ってるじゃないか、失礼な!
まだ眠かったので二度寝することにした。
すると今度は突然顔に冷たい水を掛けられて跳ね起きた。
見ると妖精達が、森の中から取ってきたらしい里芋の葉みたいなのを皆で持っている。たぶんあの葉の上に水が溜まっていたのを僕の顔に掛けたんだ。いたずら好きなのかな。なぜか妖精が掛ける水はゼリー状にならないようで、顔はびしょびしょだった。
いっぺんに目が覚めたよ。わかったわかった、出発しよう。お腹はまだ空いていないから、空いたときが朝ご飯ということにしよう。
やがて、十字に交差している広い通りに出た。妖精が誘導するままに、素直に右の広い街道に曲がって街道を進んだら、程なく出発地点の村に到着した。
確かに森を真っ直ぐ突っ切って行くのに比べたら遠回りだけど、そんなに遠回りした感じはなかったな。むしろ森を突っ切った方が障害物が多かったせいか、時間がかかったような気がする。
アルフェリードが森を突っ切って行ったのは、この辺の森に慣れていたからだろう。普通の人は遠回りでも、街道を行った方が早いよ。
村の中を見渡すと、サリと一緒に出発したときのまま何も変わっていなかった。山賊も、こちら側で捕まった誘導者も、どちらもまとめて縛られたままおとなしくしていたようだ。もっとも彼らにとっては、ほんの数秒間の出来事だけどね。
着いたら大八車に皆を乗せ替える予定だったけれど、それほどバランスを崩したりしなかったから、カプセルは下ろさずに、このままリアカーで運ぼうかな。それに、大八車の幅はわりと狭いから、カプセル二つを並べられるか微妙だしね。心配になったら途中で下ろせばいいか。
山賊達はアルフェリードが面倒を見て荷車から降ろして、山賊達の汚物も自分たちにやらせてきれいに洗っておいてくれたから、荷車はこのまま持って帰れる。
こうしてリアカーの後ろに四連の大八車、その後ろに荷車という六連の貨物列車が完成した。
みんなの荷物をそれぞれ大八車に乗せ、救出した子供三人もここに置いておけないので、大八車にひとりひとり縛り付け、ジェットコースターみたいな怖い思いはさせられないから、目隠ししておいた。
さあ領都に向かって帰還だ。また長い旅になるね。妖精はどこまで一緒に行ってくれるのかな。
また来たときと同じような毎日の旅が始まった。途中、山賊が襲っていた村の家に到着したとき、荷車は返しておいた。家の人達はみな無事で落ち着いた様子で日常に戻っている様子がうかがえた。普通の生活が一番だね。あらためていい事をしたという実感を味わえた。
ちょうど中間地点くらいの八日目で、領都から駆けつけようとしていた騎士団に出会った。相当急いでくれているようだ。ここまで一日ほどで到着したって事だものね。
西方騎士団の守備隊員の早馬で二日って言ってたから、このまま行けば早馬と同じくらいの驚異的な早さで現地到着だ。馬を無理させなければいいけど。
ええと、ここで子供達を預かってもらうかどうかだけど、三人とも騎士団に預けたからといって、親元には戻れないだろうから、やっぱり領都まで連れて行こうかな。
騎士団の馬車の中を物色してみたら、しっかりした紙と筆記具らしいものがあったので、これを借りて、蒼龍は蒼の誓クランが倒したことや、蒼龍を誘導していた敵の誘導者が、最後の駅のふたつ先の村に山賊等と一緒に縛り上げられている事や、森の中にあるエルフィン村の先で蒼龍を倒した付近にも敵の誘導者が二ヶ所で縛られている事を書いた。
それと僕は自分のメモと見比べながら、お金を払ってきたとはいえ、勝手にお店の物を調達してしまったリストを書き示した。「急いでいたので」とだけ書いて、深い理由は書かなかったけれど、大量の食料調達は、避難民の炊き出し用にでも使ったのだろうくらいに理解してもらえるといいな。
説明がつかない物もいくつかあるけど、蒼の誓クランは、謎の多い集団ということで勘弁してもらおう。
騎士団の要請で出掛けた蒼の誓クランがやったことは騎士団がやったことになるんだから、いずれにしても正直に報告しておかないとね。
蒼の誓クランは要請のあった仕事は終えたので先に戻るから、後始末はよろしくと最後に書き添えて、騎士団長の胸に丸めて挟んでおいた。どうして突然胸の隙間に伝言が届いたのかは、永遠の秘密ってことにしておいてもらおう。
騎士団の隊列が道を塞いでいたので、すれ違うのは大変だったけれど、時間を掛けてどうにかすれ違うことができた。あとはひたすら領都まで戻るだけだ。
帰りの食事はできるだけサリが大八車に乗せた食材を食べたけれど、調理しないと食べられない物が多くて、あまり食べられない。なにしろ火が付けられないのは致命的だ。なにも作れないからね。
途中の村で食べ物屋さんから買って食べながら、やっぱり全行程十五泊十六日で領都に到着した。
黒猿を倒したときのような凱旋パレードはないよ。あれは本当に恥ずかしかった。あんなのはもう二度とごめんだ。
今回は西外門から入ろう。多分南外門は大混乱してるはずだ。なにしろ僕が南外門にいた荷馬車と馬の連結を外しちゃったからね。
西外門は結構空いていた。あのとき西外門に向かっていれば、あんな大変な思いはしなくて済んだはず。多少人を避ける作業があったけれど、ようやく領都の中心部付近に到着した。
両肩には、大樹のところから、ずっと寄り添ってくれていた妖精が座ってる。癒やし効果は凄かった。行きの時とは全然違う楽しい帰りの行程で、気分的には半分くらいの時間で帰った来たような感覚だった。
でも正直言うと、領都までは来たけれど、アゼリアを救う方法に全く心当たりがなかった。十六日間ずっとそのことを考えていたけれど、やっぱり思い浮かばなかった。
「どうしたらいいと思う? 妖精さん」
旅の間中、いろんな話をしてきたので、今もまるでそれが普通みたいに妖精に話しかけていた。返事は一度ももらったことがないのに。
とても残念だったのは、妖精をひとりひとり区別できなかったこと。半月もあれば、ひとりひとりの顔を覚えられるんじゃないかなと少しだけ期待していたんだけれどね。でも最後まで全く区別がつけられなかった。区別できれば、ひとりひとりに名前をつけたかったんだ。
ただ、とっても仲良しになったことだけは確かだ。妖精は寝ないみたいだったけれど、僕が眠ると、妖精達も僕のお腹の上で目をつぶって横になるようになった。まるで寝てるみたいに。
僕の肩の上で座っていた妖精達が一斉に飛び立って、こっちこっちと僕を手招きしている。まるで領都のこともよく知っていて、道案内をするみたいな仕草だった。
「妖精さん達は領都に来たことあるの?」
聞いてみたら、みんな一斉に頷いている。ふうん、そうなんだ。でも領都で妖精がいるなんて話は一度も聞いたことがなかったな。普段は隠れていて領都の住民には見えないようにしているのかな。
妖精の誘導には素直に従うことにしている僕は、リアカーの後ろに大八車を連ねた格好で、妖精が案内する通りについていった。
やっぱり領都内の道路には人がいっぱい立っていて、邪魔なときにどかすのが大変で、少し前に進むにもひどく時間がかかるようになった。
そんな調子で少しずつ進んでいくと、やがて妖精は貴族の館の前で止まった。中に入れという仕草をしている。それはかまわないんだけど、ここはどこの貴族のお屋敷なの?
「普通平民が勝手に館の中に入ったら、有無を言わさずバッサリだと思うよ妖精さん。大丈夫なの?」
そんなことをぶつぶついっていたら、ふと守衛が見慣れた顔だと言うことに気づいた。
「あれ? アレックだよね。でもここはアジトじゃないよ。どうしてここにいるの?」
驚いた。守衛として門の前に立っていたのは、門番が趣味の蒼の誓見習いのアレックだった。
「あっ、そうか、ここはマダムのお屋敷だ。表側の庭もよく手入れされてるから、一瞬気づかなかったよ。」
そういえばアレックを守衛として行かせるって話してたっけ。しばらくアジトでアレックを見かけないと思っていたら、本当にマダムのところで守衛をしていたんだ。
ということはアゼリア達がきて大掃除したんだね。庭も見違えるほど素敵だ。
僕はリアカーを引いたまま門をくぐった。
「あっ、そうか。マダムは王立癒術士だった。どうして気づかなかったんだろう。領都で一番の名医だよ。マダムならアゼリアをきっと助けられるね!」
なんて僕は馬鹿だったんだろう。マダムのことを全く思い出さなかった。今一番頼れるひとなのに。しかもアゼリアにとってマダムは育ての親、お母さんだよ。ここに連れてこなくて、一体どこに連れていこうとしてたの。
妖精達はみんな笑顔だった。
早速屋敷の中に入るとマダムを探した。
ああマダム、いてくれて良かった。マダムはリビングで毛糸の編み物をしていた。
いきなり治療院に誘拐していくわけには行かないから、まずは説明しないと。いや、説明している間にもアゼリアは出血が続くんだから、そんなのんびりしていられない。
一度皆を下ろしてエントランスに並べよう。それをマダムに見てもらえば、僕なんか一言も説明しなくたって全部察してくれるはずだ。
いや、その前に今の状態でリアカーと大八車を木に結んで飛んで行こうとする力を取り除いてからだ。あれだよ、そうそう「慣性の法則」。動いてる物は、動き続けようとするんだ。
麻縄を使って近くの木にリアカーと大八車をくくりつけた。そうして置いて、ゆっくりブレスレットを戻していく。僕の周りを飛び回っていた妖精達が、その瞬間フッと消えた。
案の定、リアカーと大八車は激しく飛び跳ねていこうとするように空中に浮かんだ。なにしろ16秒で領界から領都まで爆走してきたことになってるんだ。そんな猛スピードで急ブレーキを掛けたら、押さえていないとどこかに飛んで行ってしまう。
カプセルをまとめて縛った「トラック結び」は大丈夫かな。ほどけそうになった場合の用心にブレスレットの上に手を置いたまま待っていた。でも、あまり長続きしないでリアカーも大八車も落ち着いたようだ。そこまで待ってからふたたびブレスレットの青いラインを一番奥まで回して、時間停止状態に戻した。正確には「僕から見たら時間が停止しているように見える」だけなんだけどね。
これで「慣性の法則」対策は完了だ。
消えていた妖精がふたたび目の前を飛び始めた。
中庭に行って庭師の倉庫から脚立を持って来た。ちらっと中庭の東屋がとても素敵になっているのが目に入ったけれど、いまは見とれてる場合じゃないので素通りして、表の庭に止めてあるリアカーの所に行った。
脚立を使って、一番上のカプセルから順に丁寧に下に下ろしていった。
全部下ろし終わったら、ひとつひとつエントランスに持っていく。
ついでに大八車の子供達も下ろした。万一まだ「慣性の法則」が残っていたら大変なことになるからね。いや残っていたら子供達だけでどこかに飛んで行っちゃうか。余計に危ないから、よく見ておかないと。
僕がブレスレットを戻したせいで、出血している人のカプセルは少しだけ血で汚れてしまっている。
あれ?
怪我をしていないはずのサリのカプセルまで変な色に汚れている。緑色?
これはどうしたんだろう。
サリをひっくり返してみて驚いた。これは、森の中を移動中に僕が間違えて転んだときにサリの服を汚してしまった、あれだ。怒られないように後で洗っておこうなんて思っていたけれど、すっかり忘れてた。
サリに怒られるのは嫌だから、今からでも洗っておこう。でも洗うのはいいけれど、服を脱がすのはさすがにできないから、洗ったあとよく拭き取るってことにして、着たまま洗っちゃおう。
サリを中庭の井戸端に連れて行くと、井戸の水でメイド服の汚れを落としていった。
「結構大変だな」
相変わらず水はゼリー状になるので洗いにくい。
ぶつぶつ言いつつ、時間をかけて丁寧に汚れを落とすと、台所用の布巾を借りて濡れたところを拭き取った。
こんなものでいいかな。カプセルの中も汚れたから、中の布は取り除いておこう。
今は全員カプセルの中に入れたままでもしかたがない。でもマダムが卒倒しないよう、アゼリアだけはカプセルから出してリビングに運び、持って来た布団の上に寝かせた。いきなりカプセルの中に入ったアゼリアなんて見たら、棺桶に入っていると勘違いしたマダムが卒倒してしまうからね。実際これは棺桶だし。
マダムは僕の秘密を全部知っている唯一の人だから、全く心配はいらない。マダムの目の前でブレスレットを全部元に戻そう。
アゼリア、やっとここまでたどり着いたよ。皆にとっては一瞬のことだけれど、僕にはとてつもなく長かった。あとはきっとマダムが何とかしてくれる。
ゆっくりブレスレットの青いラインを戻していった。




