111.世界樹の妖精(1)
どうやって瀕死のアゼリア達を助けるのか、まだ名案は浮かばないけれど、少なくとも、このエルフィン村で何かできるとは到底思えないから、とりあえず全員を領都に連れて行こうと思う。
また十五泊の旅が始まることの絶望感よりも、アゼリア達を助ける方法がわからないままさまようことになる不安感の方が断然強かった。
領都まで運ぶには連結した大八車が必須だから、とりあえず、皆を大八車が置いてある村までここにあるリアカーを使って運ばなければならないけれど、これが最初の難関だ。
リアカーでは三人までしか乗せられない。それに蒼龍がいたところからここまで運んでわかったけれど、リアカーに乗せて運んだときに、振動が直に伝わるのは、けが人には良くないかもしれない。
リアカーに布団を敷いて振動を少なくする工夫をしなきゃね。たぶん方角的にはあっていそうな街道が延びているけれど、本当にこの道を行けば大八車が置いてある村にたどり着けるのかどうかさえ全くわかっていない。
布団の代わりになる様な物でも商店街に売ってないだろうか。まずは商店街に歩いていって、お店を一軒一軒見て回った。大都会というほどの村じゃないから、お店の数はそれほど多くはないので、何となく家具屋さんっぽいようなお店が簡単に見つかった。この店の前は何度か通ったと思うけれど、必要を感じないときは通っても頭に残らない。
いろいろな木工家具の中に、ベッドのフレームのようなものも立てかけてあったので、ここなら布団も売ってるかもと思い、店の奥の方に進んだら、確かに布団が山積みになって売られていた。
一セットで400Gか。結構高いな。服地もすごく高かったから、織物は全般に高いのかもしれない。今回は敷き布団だけでいいんだけど、探しても単品じゃ売ってないみたいだ。仕方がない、一番安いセットが400Gだったので、これを買うことにして、代金を払うと頭の上に乗せてリアカーの所に戻った。
早速リアカーに敷き布団を敷くと、真っ先にアゼリアを抱えて乗せた。ずっと膝の上にアゼリアを乗せていたエルヴィローネもリアカーに乗せたけれど、横に寝かせた方が安定がいいので、隣に並べて寝かせた。
あとは蒼龍の所からここまで運んだ時のように、怪我のひどいアルフェリードを乗せよう。エルヴィローネを寝かせたせいで、少し窮屈になったけど、できるだけ真っ直ぐにして乗せた。
「一回で三人か……、最低でも三往復しなきゃならないのか。大変だな。」
思わず愚痴をこぼしてしまった。
すると、まるでぼくの言葉に答えるかのように、また大樹の枝がサワサワと揺れた。
「もしかして、返事してるの?」
大樹の枝に話しかけてみたら、再びサワサワしてきた。
えっ、これって本当に返事してるよね。
たった一人の世界で、木の枝だろうと、僕の言葉に何かが反応してくれるって凄く嬉しいかも。まあ、恐ろしい魔物が反応したら困るけどね。でも木の枝なら問題ないよね。多分。
「それで大樹君、君は僕の言葉が理解できるの?」
思わず質問してしまってから、サワサワだけじゃイエスかノーか区別できないことに気づいて、苦笑してしまった。
まあ、イエスでもノーでも、どっちでもいいか。どちらにしても木の枝に何か役に立つことが出来るわけじゃないしね。とにかく、話し相手ができたってことだよ。それだけでも悪い気はしない。どういうシステムなのかわからないけれど。
「じゃあ行ってくるね。」
大樹に向かってそう言うと、リアカーをくいっと引っ張った。
そのとき、大樹の木漏れ日の間から、白い蝶が、何匹かふわふわと降りてきて、僕の周りを回り始めた。
「可愛いね。送ってくれるんだね。」
でも、よく目を凝らして見たら、蝶々じゃなくて、羽の生えた人間の格好をしている。
「えっ、もしかして、子供の頃に絵本で見たことのある妖精さん?」
手を伸ばしてみたら、指の先に止まってくれた。これは癒やされるね!
とっても素敵な見送りだ。粋な計らいの大樹に感謝した。ありがとう。少しだけ元気をもらった気がした。
さて、それじゃ本当に出発しよう、と思って、妖精に別れを告げようかと手の先の妖精にどいてもらおうとして気がついた。あれっこれって、指の先に止まったんじゃなくて、指をみんなで引っ張ろうとしてるよね。力が全くないから引っ張れないだけだ。
力を貸してくれようとしているのかな。けなげだね。
と思ったけれど、引っ張ろうとしている方向が街道とは全く違う方向になってる。どうしたんだろう、あっちに何かあるのかな。気になりだしたら、確認しないわけにはいかない。
だって音と動きも何もない世界で、ようやく出会った妖精だよ。無視なんてできるわけがない。
リアカーをその場において、妖精に引っ張られるような格好で連れて行こうとしている方向に歩いて行った。
ここは木工屋さんだよね。到着したのは、いままで通ったことのない職人街のような路地の奥にあった木工屋さんのような建物だった。
みると職人街であっても、何かしら売っているようで、正札の着いた商品がどの店にも並べられていた。
妖精が引っ張っていくままにお店の中に入っていったら、一番奥に、細長くて、きれいに装飾された木の箱がたくさん立てかけてあった。何だろうこの箱。箱の中には、白い生地が敷いてあって、触ってみたら生地の下には木くずか枯れ葉のようなものが敷き詰められ、クッションのようになっている。
あっ、これは棺桶だ。
一瞬にして血の気が失せてしまった。可愛い妖精だと思ってここまで来たけれど、これじゃまるで悪魔の使いみたいじゃない。アゼリア達はもう助からないから、棺桶が必要になるだろうって意味だよね。
衝撃が大きすぎて、しばらくはそこから動けなかった。
妖精はそんな僕をあざ笑うかのように、周りをクルクルと回り続けている。
しばらくは、たくさんの棺桶が立てかけてある目の前の光景にショックが大きすぎて動くことも出来なかったけれど、ようやく気を取り直して店を出るとアゼリアの所に戻った。
「アゼリア、この悪魔の使いのような妖精達は、諦めろって誘惑するけれど、僕は絶対に諦めないよ。かならず全員救ってみせるから信じていてね。」
アゼリアの頬をそっとなでながらつぶやいた。すると大樹の枝が、今までとは比べものにならないほど大きくサワサワと揺れ始めた。
「悪魔の木め、切り倒してやろうか!」
思わず大声で叫んでしまった。そうしないと涙がでてきてしまいそうだった。
こんなことをしていないで、早く行こう。せっかく何もない世界で動く物に出会ったと思ったら、悪魔のささやきだった……。
リアカーを持ち上げると、一歩ずつ前に進んだ。相変わらず妖精なのか悪魔の使いなのかわからない者達は、僕の周りをクルクル回り続け、時には目の前に止まって、よく見ると悲しそうな顔をしている。
……ふと、人の声が聞こえたような気がした。
なんだろう、この遠くの方からゆっくり呼びかけるような声は。
思わず立ち止まって耳を澄ませてみたら、大樹の枝がこすれ合う音だった。
「気のせいか」
ふたたびリアカーを引きはじめたら、大樹の枝がこすれ合う音が、はっきりと人の声になって耳に届いてきた。
「ハ・コ・ニ・イ・レ・テ・ハ・コ・ベ」
枝がこすれ合って人の声になり、そう何度も繰り返していた。
箱に入れて運べ?
……あっ、そういう意味か!
「ごめん! 妖精さん、大樹君、勘違いしてたよ! そうか、あの箱に全員を入れてリアカーに乗せれば一回で全員が運べるって言ってくれてたんだね!」
棺桶だって何だっていいじゃないか、あんなにクッションが良くて頑丈な箱なんて他にないよ。
「ありがとう!そうするよ!」
大樹と妖精に手を上げてガッツポーズを取った。
大樹の枝は、またそよ風に揺れるように優しく揺れ、妖精達はひとかたまりになって僕の手にハイタッチしてくれた。
さっきのお店の前にリアカーを運ぶと、棺桶を三つ持ってきて、三人をその中に入れた。いや棺桶なんて呼ぶのは縁起が悪いから、「カプセル」ってこれからは呼ぼう。用途はカプセルホテルのカプセルみたいなものだからね。
さてこのカプセルをリアカーに乗せるんだけど、かなり荷台の大きいリアカーでも横にふたつ並べるのは厳しそうだな。試しに空のカプセルをふたつ持ってきて並べてみたけれど、ギリギリアウトだった。リアカーがあとほんの少しだけ広かったらな。
サイズの合いそうなカプセルがないか探してみたら、子供用と思われるのがあったけれど、これじゃ一番小さいサリでも長さの方が無理かもしれない。うまくいかないものだね。いろいろとカプセルを比べてみたけれど、どれも幅は同じようだった。
他にはないのだろうか。周りを見回したら、別の場所に何の装飾もない白木のカプセルがいくつも雑に積まれているのが目に入った。かなり貧相で、たぶんお葬式のお金もないような人か、行き倒れた旅人でも埋葬する時のための物なのかもしれない。それでも装飾がないだけで頑丈さは変わらないみたいだ。しかも横幅もかなり狭い。これなら行けるんじゃないか?
さっそく二つ持ってリアカーに並べてみたら、荷台にきれいに収まった。これならいける。中のクッションは、豪華な装飾のあるほうのとさほどの違いはないので何の問題もない。
さっそく三人を白木のカプセルに移し替えると、リアカーに乗せ、その上に全員分の空のカプセルと荷物用のカプセルひとつを追加して乗せ、持ってきた麻縄で「トラック結び」で結びつけた。
正札通りの代金をカウンターに置いて、「白木の棺桶九基いただきました」とカウンターにあったメモ用紙に書くと、飛ばないよう小石を乗せておいた。
数え方は基でよかったのかな一棺二棺とか呼ぶのかな。そもそも異世界にそういう物の単位なんてあるのかな。……心に余裕が生まれると余計なことを考え始める。
でも一番上のカプセルは、やっと手が届いたくらいに高くなっていたので、人を入れて持ち上げるのはとても無理だ。脚立でもあればいいんだけど。
そんなことをぶつぶつつぶやいていたら、なんと脚立が置いてあるお店に妖精が案内してくれた。売り物じゃないけれど貸してもらおう。
大樹の所に戻ると、木陰に寝かせたままだった他の人達を次々とカプセルに収納してリアカーの上に積んでいった。もっとも実際にはかなり手こずったけれどね。下ろすときも問題になりそうだ。
これで個室付き寝台列車の完成だ。みんなもジェットコースターに乗ってるように目を回すこともないだろう。でも真っ暗な木の箱に入って、こっちのほうが驚くかな。皆にとっては数秒間だから、空気が薄くなる心配もないだろう。
トラック結びを覚えていて良かったよ。簡単にきっちりと固定できて、外すときもとても楽に外せる。カプセルがずり落ちる心配は全くない。高さがあるのでバランスを崩さないよう注意が必要だけど、ゆっくり行けばそんな心配はないと思う。
皆が持っていた武器などは危ないので、荷物用のカプセルに納めた。セルディオの槍だけは入らなかったのでカプセルの隙間に刺して、先の所にリボンを巻いておいた。うっかりぶつかると危ないからね。
誘導者から押収した武器はメモを残して村に置いていくことにした。あとで騎士団が来て回収していくだろう。
試しに少しだけリアカーを引いてみたけれど、全く問題なく引ける。ブレスレットの効果無しには絶対に無理な重さだ。
万一のことを考えてお弁当は少し余分に持っていこう。もうお弁当屋さんのメモはぐちゃぐちゃだけど、勘弁して欲しい。先の予定が全く読めない状態だったからね。買ったお弁当と汲んだ水は、まとめて縛ってリアカーの外側にくくりつけた。
「大樹君、ありがとう。またきっと来るね!」
サワサワと優しく挨拶してくれた大樹にお別れを告げると、ゆっくりと慎重にリアカーを引きはじめた。
みるとリアカーの取っ手のところに妖精が並んでちょこんと座っている。
「一緒に行ってくれるの?」
話しかけると、小さな笑顔を返してくれた。




