109.蒼龍と誘導者(8)
目が覚めても、眠ったときと変わらず太陽が真上にある光景は、どうしても慣れないな。
一瞬自分がどこにいるのかわからなくなるって感覚は、昼寝から覚めたときの感覚だ。
時間が止まってみえるから、どのくらいの時間寝たのかさっぱりだけど、体は回復しているので、それで十分寝た感触はある。
相変わらず恐ろしい顔で、アゼリア達が潜んでいたあたりを口を開けて凝視する蒼龍に迫力はあるけれど、いちどオブジェにしか見えなくなってしまったら、怖さは全くなくなった。慣れってすごいね。
「おはよう」
足の固い鎧みたいな甲羅をポンポンと手のひらで叩きながら、朝の挨拶をした。川トカゲくらいの大きさならペットにしてあげられるのにね。ごめんね、一方的に嫌っちゃって。
アゼリア達が潜んでいたあたりを見ると、未だにエルヴィローネが放った灼炎魔法の残像が空高く登っていた。それを放った主はもうとっくに避難した後なのに、何だかけなげな残像だな。
さてと、昨日の予定通り、まずは一度村に戻って、食べ物と水を持って戻ろう。この調子では、あと最低でも二日分の食料が必要かな。いちいち村に戻るのも大変だから、それなりのまとまった準備をしてからまた来よう。
きのうは、怒りにまかせて誘導者から服と剣を全部剥ぎ取ってしまったけれど、冷静になってみたら、やっぱりやり過ぎだったかな。みんな剣士なんだからプライドがあるよね。剣は取り上げるけれど、服の方は元の場所に置いておこう。
きっと討伐隊が到着したら、あの人達は全員捕虜になると思うから、その護送の時に服を着せてあげないと可哀想だ。
リアカーに一度は乗せた服をその場に下ろすと、取り上げた武器だけ乗せて、リアカーを引いて村に向かった。
村に到着するとアゼリアが寝かせてある大樹の下に大急ぎで向かった。
「アゼリア、会いたかった!!」
全く音のしない世界で、ちょっとだけ大きい声で叫んでみた。
まあ、空しく消えていくだけで、何の反応もないんだけどね。
……ん?
なんか、ザワザワって聞こえなかった?
あまりの静寂に、聞こえないものが聞こえたような気になってしまったのだろうか。
まあいいや。大けがをして痛々しいアゼリアの手にそっと触れてみた。
こうやって木漏れ日の下でアゼリアと一緒にいると、心が落ち着くな。まるで少しずつアゼリアから元気をもらっているみたいな感覚になる。
いや、実際に元気をもらってるよ。だってほら、リアカーを引きっぱなしで、少しだけ手の皮が痛くなってきていたのに、赤くなったところが、元通りになっているもの。アゼリアって、癒やし効果が半端じゃないよね。
ずっとこうしていたいけれど、何もしなくてもお腹は空いてくるので、仕方なく起き上がると、他の皆の様子もひととおり見て回った。サリのエプロン姿は、呆れるほど場違いだね、などとつぶやいては笑った。
笑い声に合わせて、頬をなでるような風の感触が一瞬感じられた気がした。
アゼリアや、他の皆の姿を見て、少しだけ元気が回復したので、いつものお弁当屋さんに立ち寄ると、いつものお弁当以外のお弁当とあわせて二日分のお弁当を買い、メモを書き換えてお金を払った。
いくらアゼリアのそばがいいといっても、けが人の隣で食べるのはちょっと。
少し離れたところで、飲み物は水だけの朝ごはんを食べて、お弁当と交換に誘導者の武器をリアカーから下ろすと、またトボトボと蒼龍のところに戻った。
よし、今日は残りの四分の三をローラー作戦でしらみ潰しに誘導者の残党を探すぞ。
昨日取り付けた目印のところから3mほど蒼龍の尻尾側に移動して、獣道を探すと、そこから昨日と同じように森の中に入って行った。
引き返し地点付近では、裸で縛られている誘導者の本隊が見えたので、持ってきた服をその近くに置いた。昨日はカッとしてごめんねみんな。でも子供を誘拐したり、アゼリア達に大怪我させたり、これでも本当に僕は怒ってるんだからね。
来たところの反対側にまた3mほど移動すると、道路に向かって戻っていった。
これの繰り返しで、このくらいで十分かなと思えるほど蒼龍の尻尾が遠くに見えるところまで調べたところで、道路の北側は終わりにした。
ここまでは、あの一団以外に誘導者はひとりもいなかったから、もう他にはいないのかもしれない。いやでも、ひとりでも取り残すと、もしかしたら僕の秘密がバレちゃうかもしれないんだから、残り半分、道路の南側も頑張って調べよう。
気を取り直して、今度は南側を蒼龍の尻尾目指して、ローラー作戦を淡々と続けたけれど、蒼龍の真横まで、誘導者はひとりもいなかった。
もうだいぶ時間が過ぎていたので、リアカーからお弁当をひとつ取り出すと、道ばたの草むらに腰を掛けて食べ始めた。チラッと見上げると、やっぱり最初と全く同じポーズの蒼龍のオブジェがそこにあった。もうこれはオブジェと呼ぶことにした。そう呼ぶことで、ほとんど気にならなくなったからね。
腰掛けて低い位置からオブジェを見たら、いままで気づかなかった少し上げた足の下に、黒く丸い何かがいるのが見えた。あれは何かの動物だよ。危機一髪だったね、僕が助けてあげれば踏み潰されずに済む。
蒼龍の大きな足に近づくと、足の下にそっと手を入れた。間違えてブレスレットの青いところが地面にこすれて回ってしまったりしたら、恐ろしいことになるので、ここにきて緊張感が急に高まった気がした。
やっと手が届いたので引っ張り出してみたら、あれっ、この黒いのどこかで見たことがある……。あ、そうだ、これ「呼び出しリンちゃん」だよ。いや「魔時計リンちゃん」かな。
そういえば、そもそも「呼び出しリンちゃん」と「魔時計リンちゃん」は違う生き物なんだろうか。ためしに頭の出っ張りの所をチョンと押してみたけれど、何の反応もなかった。そうだよね……。
一瞬だけ興奮した反動で、この静かな世界が、ひどく寂しく感じて、思わずため息をついてしまった。何リンちゃんかはわからないけれど、野生のリンちゃんは、動き回って元気に生活しているんだ。道の端にそっと置くと、気を取り直して午後のローラー作戦を開始した。
お昼ご飯を食べ終わったら「午後」と、勝手に決めてるだけで、午前も午後もないけどね。
「うわっ」
誰もいないと油断していたときに突然目の前に生き物が現れると、思わず叫んでしまうクセは、いつになってもなくならない。たった一人だけだったけど、服装で誘導者の一味とひとめでわかる格好をした者が、潜むかのように草陰に隠れて蒼龍のほうを凝視していた。
「こんなところに隠れていても、たっぷり時間がある僕からは逃れられないよ。」
そう言って指先でデコピンしようとして、「おっと」と声を出して手を引っ込めた。最初に間違って倒してしまったゴブリンの姿を一瞬思い出してしまったから。あのときも、何も考えずに棍棒でゴブリンの頭を軽くコツンと叩いたら死んじゃったんだった。
ブレスレットの効果は、僕が活性化するのであって、時間を停止できるわけじゃないって神の国のセシルフォリアさんに言われたんだった。活性化がどういうものかはよくわからないけれど、たぶん力加減がよくわからなくなるんだと思う。たとえデコピンでも考えなしにやっちゃあぶないよ。
でもコイツどうしよう。一人だけで森の中じゃ探すのが大変になるから、担いで道路脇につれていこうかな。よいしょと担ぐと、ローラー作戦を続けた。
道路まで戻っても、他に仲間はいなかったので、この誘導者だけ反対側で単独行動していたようだ。何していたんだろう。頭に頭巾をかぶっていて、武器を持っていない。格好は一緒なのに、明らかに違う行動を取っていたみたいだ。
うーん、でもこのひとりだけ別扱いじゃ不公平だよね。気の毒だけれど、他の皆に合わせて裸にして縛らせてもらうよ。大丈夫。服は足元に置いといてあげるから、捕縛の人が来たら、連行する前に着させてもらえばいいよ。
そういってから服を脱がそうとしてギョッとして凍り付いてしまった。女のひとの感触があったからだ。あわてて頭巾を外してみたら、やっぱり女の人だ。
「ご、ごめんなさい」
思わず謝って、乱暴に担いできたときに乱れてしまった服をあわてて元に戻した。いくら憎い敵だからって、他の男達と同じ扱いするなんて、絶対にやっちゃいけないことだよ。本当に気がつかなかったんだから勘弁してね。
戻している最中に胸の間から光る物が下に落ちたので、何だろうと拾い上げてみたら、手のひらサイズの小さな剣だった。ああ、これ知ってる。手裏剣だよね。時代劇でニンジャが使ってるのを見たことあるもの。
「本当にごめんね。」といいながら、胸の隙間を覗いてみたら、何本もの手裏剣が見えた。これは危ないから取り上げないと。手を怪我しないよう慎重に懐に手を入れて一本一本とりだしたら、全部で十本にもなった。
他にも何か持っていそうだな。でも女の人じゃ脱がせて確認することはできないし、どうしたらいいだろう。
仕方がない、あとは捕縛の騎士団の人に任せて、この人は隠した武器を手にできないよう、木に縛り付けておこう。男達のようにグルグル巻きにするのは気が引けたので、手を木の後ろに回して、両手を縛るだけにした。これでも縛るのだけは得意だから、自分では簡単にほどけない縛り方ができる。
それにしても、女の人は扱いに困るな。そんなことを考えながらも、やっと残り四分の一になったローラー作戦を続けることにした。
「やっと終わった」
スタート地点の反対側の森を往復して、ようやくローラー作戦は終了した。
あれから最後まで誘導者の残党は見つからなかったので、本隊の一団と、女の人ひとりだけだったみたい。これで一網打尽。全員の捕縛を終えて、これであとはじっくりと蒼龍と対峙できる。
そうだ、なにかあったときの用心に誘導者は全員目隠ししておこう。何があっても僕の姿は絶対に見せるわけにはいかないもの。女の人には目印に持ってきた紐を目の周りに巻いて、他の男達は、自分たちの服を頭からかぶせておけばいいんじゃないかな。
僕が見られたくないんじゃなくて、皆が僕の姿を見ない方が安全だと思うから。きっと機密事項を見てしまった人達を領主が無事に帰還させるはずないもの。捕虜交換だって、この人達だけは例外扱いにされてしまう。
さてと、これで夕飯を食べて一眠りしたら、いよいよ蒼龍を何とかしなきゃ。まだ何も考えていないけど。昼間なのに「夕飯」って変だけど、朝起きてから三回目の食事が「夕飯」って話。
食事を終えたらウエストバッグを枕に、ゆっくり寝ることにした。
何か頭に当たる感触があったのでウエストバッグの底を覗いてみたら、紙に包まれてぐずぐずになった『魔鳴猫の巻舌』が一本出てきた。
お母さんが入れておいてくれたんだ。紙は貴重だから、普通こういうことには使わないんだけどね。お母さんの優しさが感じらる。着替えの下敷きになっていたから気がつかなかったよ。せっかくだから、食後のデザートとして食べようかな。
こぼれ落ちないよう紙ごとそっと膝の上に置いて、あと他に何かないかなと、底の方をあさってみたら、三色の組紐がでてきた。なんだろう、輪っかになってる。あ、これはミサンガだ。子供部屋を覗いたときに机の上に作りかけのがあったから、これはエルがマルグリットと一緒に作った物だ。
これは嬉しいな。何でいままで気がつかなかったんだろう。
早速ブレスレットをしている腕とは反対の腕に通してみた。ああこれは勇気が出るね。これがあれば蒼龍だって、何とかできそうな気がするよ。ありがとうね、エル。マルグリット。
家族の匂いがするような気持ちになった。このウエストバッグだってお父さんが若い頃使っていたものだ。何だか大切な人達に守られているようで、幸せな気持ちで眠ることができた。




