108.蒼龍と誘導者(7)
リアカーを引きながら、皆がいるところに戻っていった。
蒼龍もいるんだけどね。あれは何度見ても足がすくんでしまう。
道端の草の上に横たわっているサリの横を通って、皆が身を潜めている場所に到着した。蒼龍の足元付近だから、思わずぶるっとしてしまう。
まずはじめは僕にとって一番大事なアゼリアから運ぼう。
どうせ皆にとっては一瞬の出来事なんだから、運ぶ順番なんてどうでもいいはずだけど、気持ちの問題としてね。何しろ僕はアゼリアを救出することが一番の目的でここまできたんだもの。
あまり注視できないけれど、やっぱりアゼリアの怪我はひどい。言葉にして表現したら絶望的な気分になってしまいそうなので、考えないことにした。
ブレスレットを使っている間は、アゼリアも結構軽く持ち上げられることは黒猿の時に経験済みだから、エルヴィローネの膝の上に横たわっているアゼリアをまずは連れて行くことにした。
手に持っている剣は切っ先が鋭くてあぶないので、まずはその手から取り除いてその場に置くと、抱えて持ち上げてリアカーに載せる。三角形のストッパーが付いているため、停めても傾かない仕組みだけど、車輪より後ろに重心がかかると前が浮くので、できるだけ奥に積み込んだ。
ああ、運搬の時の振動が伝わると怪我に良くないから、布団も買ってくれば良かったかも。
いまはしかたがないので、次に手を真上に突き上げて灼炎の魔法を打っている最中のエルヴィローネを、手はそのままにしてリアカーに運び、その膝の上にアゼリアをそっと乗せた。これで少しはいいと思う。
「エルヴィローネ、ちょっとごめんね。」
と言いながら、手で軽く押して膝のクッションを確認させてもらった。普段のときにこんなチェックをしたら本気で怒ったエルヴィローネから地獄を味わされる。押してみたら時間停止状態でも固くてコチコチの状態じゃなかったので、これならなんとかなりそう。
「あとひとりくらいが限界かな。」
リアカーにけが人を乗せるので、ぎゅうぎゅう詰めにはできないけれど、三人くらいなら何とかなりそう。次に怪我がひどそうなアルフェリードを運んで乗せた。故郷の村の危機で、少し無理してしまったのかな。そばに弓と矢が数本落ちていたので、一緒に拾っておいた。
さてこれで一度村に連れて行こう。
リアカーは軽く動かせた。車輪が大八車より少しこぶりなので、ちょっと心配だったけど、連結していないからね。当然軽いよ。ゴムタイヤじゃないのは少し残念だったけれど、まあまあ使える。
村まで運ぶと、村の奥にある大きな木の下の芝生の木陰にみんなを寝かせた。気持ちの問題だけど、木陰の村人が、みんな幸せそうな顔でくつろいでいるので、ここはけが人を寝かせておくのにちょうどいい場所に感じた。
ふたたび残った皆の所に戻ると、次に怪我がひどそうに見えるイグナスとセルディオを乗せた。二人とも長身なので、二人を乗せたらリアカーが一杯になってしまった。怪我をしていなければもっと乗せられるのに残念だ。
ふたりを運んだところでお腹が空いてきたから、朝ご飯を食べたお弁当屋さんのところにもう一度行って、朝と同じお弁当を買って食べた。時間停止効果があるので、お弁当が腐らないのがいいね。このお弁当はとっても美味しいから、三度同じ物でも食べられる気がした。
メモに「5Gのお弁当と1Gのスプーンをもらいました。」と書いてあったのを、お弁当のあとに「2個」と追加して、5Gを10G白銅貨一枚と交換した。もしかしたら、あと何度かこのお弁当を買うことになるかも。そのたびに書き換えてたらきっと読めなくなる。
食べ終わって、空になったリアカーで残る二人と、サリの回収に向かった。
トラヴィスとヴァルッカのふたりは、もともと体が頑丈にできているらしく、見た目にも怪我の具合は他のメンバーほどはひどくなかった。それでさえ、もう立ち上がれないくらいには弱っている感じだ。
ヴァルッカが小柄なので、サリを乗せても余裕で運べた。サリは怪我をしているわけじゃないけれど、まあ仲間なんだからと思って、大樹の下に皆を寝かせてある隣に並べた。
何だかこの場所はとっても気持ちがいい場所なので、皆の緊急避難がとりあえず完了したことで、僕も一緒にここで一休みすることにした。
うとうとして、そのまま昼寝してしまったようで、どのくらいの時間が過ぎたのか全く理解できないけれど、凄くさっぱりして、体力も完全回復していた。今は、いつ寝ても昼寝なんだけどね。
「さてこの次はどうしたらいいだろう」
正直言ってこの先の計画がまだなにもない。瀕死の大けがをしている皆を助ける方法が全く思い浮かばないという、ほぼ絶望的な状況に、最悪な未来しか思い浮かばず、脳が考える事を拒否しているような状態だ。
それに、あの蒼龍はどうしたらいいだろう。……いやいや、僕がここに来た理由は、アゼリア達を救出すること。蒼龍をどうにかするなんて恐ろしいことは僕の仕事じゃない。そっちは誰かに任せて、とにかくアゼリアをどうしたら助けられるかに集中しよう。
……誰に任せるの?
誰も任せられる人がいないことに、今更気がついた。そして目の前でくつろいでいるエルフィン村の村人を眺めているうちに、「この人達は誰が助けるんだろう」と、ポツンとつぶやいた。
アゼリア達を助けることは最優先だけれど、もし助かったとしても、蒼龍はあのまま、エルフィン村まで突進してくるよ。クラン員が全員生きて助かったとしても、エルフィン村の住民を見捨てて逃げだしたって言われる。
そんなことを言われるのは、実際に逃げるつもりでいる僕一人で充分だ。蒼の誓のクラン員メンバーは、最後まで戦って、決して逃げてはいない。それなのに僕のせいでそんなことを言われるなんて耐えられないな。
しょうがないな、僕がひとりで何とかするしかないんだね……。黒猿の時は、今にも握りつぶされようとしているアゼリアを、なんとしても助けたい一心で必死になって頑張ったけれど、今回は誰かのために必死になれるだろうか。
エルフィン村の住民なんて知ってる人はひとりもいない。この村が襲われるのは気の毒だから、何とかしてあげたいとは思うけれど、どこか他人事にしか感じていない僕がいる。ここに家族がいるなら必死になれるけどね。
……家族か。
そんなことを言ったら、異世界転生者の僕なんか、この世界に本当の家族はひとりもいないんだった。たまたまこの体を借りているというだけで、本当の僕はテムリオでさえない。自分すらここにはいないんだ。
何だかそんな考えを持つのは寂しいな。そんな風に考えるよりも、縁あって転生してきたこの異世界にいる人達は、全員誰一人失いたくない大切な家族だって考えたほうが、断然幸せな気持ちになれる気がする。
僕はこの世界で、ただひたすら「のんびり暮らす」ことを目標にしているんだもの、心が騒ぐようなことにはなって欲しくないし、後悔もしたくない。
何気なく木陰でくつろいでいる人達を見ていたら、ああ、あの二人は恋人同士かな。女性の小指に白い物が巻かれていて、男性がそれを愛おしそうに両手で包むようにしている。これからプロポーズするのかもしれないね。おや、こっちの家族は子供が腕を怪我したらしく包帯をしている。やんちゃな子供に手を焼きながらも、親子して満面の笑顔だ。
みんなひとりひとり、なにがしかの物語の主人公なんだ。この異世界で出会った人達はみんな素敵な人ばかりだったから、あのなかに僕が混じっても、きっと家族のように歓迎してくれるんだろうな。
しょうがない、とんでもなく怖い話だけれど、僕一人で何とかしてみようかな。どうすればいいかは、まだ何もわかっていないけれど。
そうだ、黒猿の時もアゼリアの剣を借りたっけ。とりあえずこの剣を持って蒼龍のところに戻ろう。今度こそ本当に僕一人だけだ。
リアカーは必要ないけれど、何となく手ぶらがいやだったので、荷台にアゼリアの剣と、お腹が空いたときのために、お弁当を一個乗せ、メモは「3個」と書き換えてお金も追加しておいた。
「あと何か必要になるかな」
考えてみたけれど思いつかなかったので、商店街を見て歩くことにした。
「そうだ、水が必要だ」
水を入れる容器を雑貨屋さんで買って、水場の水をすくって入れた。相変わらず時間停止状態の水はゼリー状だ。
「ああ、この麻縄は、何かの役に立つかもしれない。それと今更だけど森に入ったときの目印用の布きれもほしいな。」
家で川トカゲ用のくつわを麻紐で作ったのを思い出して、蒼龍用のくつわを作っている自分を想像したら笑えてきた。そんなのが蒼龍に効くわけないよ。久しぶりに笑えた気がした。
腰にぶら下げたちり紙も、ちょっと恥ずかしいからリアカーの上に乗せておこう。
こうして適当に思いついたものをリアカーに乗せると、蒼龍がいる場所まで戻った。
たったこれだけのものを持って、領土中の騎士団と冒険者クランの勇者達が、ほとんど壊滅状態になったという蒼龍をなんとかしようなんて、どう考えたって僕はおかしい。何もしないで蒼龍からできるだけ遠くに逃げるのが僕の正解のはず。どうしていつもこんな展開になるんだ?
ぶつぶつとぼやきながら、もうすっかり通い慣れた道を蒼龍のもとへと引きかえすと、足元からあらためて蒼龍の頭の辺りを見上げてみた。大きいよね。マルグリットと一緒に川トカゲで見つけた急所の場所だって、とても登れないほど高い場所にある。
あそこまで登るのはどうすればいいんだろう。
試しに前足から、鎧のような固いうろこをつかんで登ってみた。あれっ、意外と簡単に登れる。もしかしたらアゼリアもこうやって蒼龍に見つからないよう、足の裏側を伝って登ったのかな。
誰かが気を引いて足を止めさせておけば、できないこともない気がした。
でも途中まで登ったところで、思いっきり足を滑らせてしまった。
「あっ落ちる!」
思わず叫んだけれど、落ちなかった。ああ、ブレスレットを目一杯回すと、僕は急激な落下はしなくなるんだった。
もう一度うろこに取りつくと、滑ったあたりを確認してみた。これは油だ。これじゃ滑るよ。あまりに難しすぎるので、一度蒼龍討伐のことは保留にして、ゆっくり方法を考えよう。
ええと、他に大事なことがあったような……。あ、思い出した。
そうだ蒼龍の誘導者の仲間が、この近くに隠れてるはずだから、それを何とかしようと最初に考えていたんだ。蒼龍の前にその連中を全部捕らえておいた方がいいんじゃないかな。
そうと決まったら、時間がたっぷりあるときの捜索方法で、一人残らず探しだそう。あの方法だよ。『ローラー作戦』。きっと蒼龍が見える範囲に全員が隠れているはず。
蒼龍を中心に、一番遠いところの道路脇から森の奥に向かって真っ直ぐ進んで、蒼龍が見えないところまで進んだら、3mくらい蒼龍に近づいて、今度は道路に向かって戻ってくる。これを蒼龍中心に前後左右に何往復もやって調べる。
ただし藪漕ぎで擦り傷を作るのは危険だから、あくまでも獣道を探しながら進む。どうせ誘導者も一緒でトゲトゲのある雑草は避けるはずなので、ひどい藪の中まで探す必要はない。
そうと決まったら、まずは蒼龍の100mくらい先の獣道から森の中に入ろう。
半日以上も森の中を歩いていたから、かなり歩き慣れしていたのと、サリがいない分身軽だったので、結構早く蒼龍の姿が見えなくなるほど奥まで進んだ。
歩数を数えるとおよそ100歩。これを基準にしよう。ここから3mほど蒼龍側に寄ってから、道路まで引き返す。この繰り返しだ。それこそ、何日かかっても構わない覚悟。持ってきたお弁当が足りなくなったら、一度村に戻ればいい。
でも何時間もこれを続けたけれど、誘導者は見つからない。獣道の雑草が踏みつけられているなど、何らかの気配が感じられればと思っていたけれど、それすら全くない。
蒼龍のせいで森の動物が逃げだして全くいない森になっていた。そのおかげで、いちいち驚かずに済むから悪くないけどね。
「あっいた!」
愚痴が出てき始めた頃に、突然誘導者を発見した。勘が当たったよ、この作戦は間違ってなかったんだ。もう蒼龍の真横付近まで戻ってきていたから、彼らは蒼龍と並んで移動していたんだ。
数えてみたら、うわっ三十人近くいる。村で捕らえた騎士団と同じ服装と剣を持っているから、これが本隊なのかもしれないな。
よし、この連中は運びたくないから、ここに縛り付けておこう。
一旦道路まで戻ると、村から持ってきた麻縄と目印用の布を持ってまた森に入った。
後で彼らを連行する人が来たときに分かりやすいよう、目印の布を途中の木の枝に点々と結びながら行こう。
連中のところに戻ったら、早速、ひとりひとり、武器を取り上げながら、麻縄で近くの木に縛り上げていった。
「あっ、これは油だ!」
何やら壺を抱えている男がいたので、栓を抜いて中身を確認してみたら、油が入っていた。
これだ!
蒼龍の足についていた油と同じ臭いがする。もしかして、昔の蒼龍討伐の時に、蒼龍の足から登っていったアゼリアを見ていた者がいたのかもしれない。再びアゼリアに倒されないよう、蒼龍の足に油を掛けていたのかも。
だとしたらアゼリアが討伐に失敗したのは、こいつらのせいだよ!
絶対に許せない。怒りがわき上がってくるのを感じた。一度縛った連中の縄をほどくと、着ている服を全部脱がせてからもう一度縛り直した。
裸で逃げたらトゲトゲで全身血だらけになるから、これで逃げたくても早くは逃げられなくなる。この格好は屈辱的だけど、僕の大切なアゼリアを怪我させたんだもの、このくらいの罰は受けさせたい。
女性騎士が混じっていたら、そこまでひどいことはできないけれど、全員が男性だったので、遠慮なく脱がせた。
全員を縛り終えて、剥ぎ取った服と武器をリアカーに積見込むと、ここでようやく一息つける気がした。
今日はここまでだ。夕飯を食べて一度寝よう。大胆にも蒼龍の横の草むらで横になったけど、動かない蒼龍なんて、慣れてしまえばただのオブジェだよ。
これで四分の一は探し終わった。明日は一日掛けて残り四分の三を捜索しよう。その前に、目が覚めたら一度村に戻ろう。アゼリアの顔がもう一度みたい。ひとりだけって、本当に心細い。




