105.蒼龍と誘導者(4)
「おまえら、うちの領土に無断で入るんだったら、底の滑らない靴を履いて来るんだな。この辺りは、やたら滑るから、そんな騎士団の靴など役に立たん。一度滑り出すと、止まらなくなるくらい滑るんだ。災難だったな。」
アゼリアが、とぼけて言った。
「お、お前、その女騎士の格好は、もしかしたら蒼洞のアゼリアか!」
さっきから威張り続けていたリーダーっぽい男が、縛られて座らされた格好でアゼリアに向かって吠えた。犬みたいにキャンキャンうるさいから、吠えるって言い方が似合っている。
「お前に、お前呼ばわりされる筋合いはないし、名乗らないヤツに名乗る礼儀も持ってはいない。首を跳ねてもやらん。どこかのきゃしゃな令嬢に捕縛されてしまったことを、生涯の屈辱として覚えておくがいい。」
えっ、そうなのアゼリア?
ほらみんながポカンと口を開けてるよ。
セルディオが「どこかのきやしゃな令嬢……」と反すうしてつぶやいていたら、ヴァルッカから、思いっきり痛そうなげんこつを頭に落とされた。
「『令嬢』がそう言うんだからそうなんだ。納得しろ。」
殴りながらも、自分も面白そうに「令嬢」と皮肉ってる。
アゼリアの言葉は、僕も少しだけ納得できないけれど、でも僕が誘導者の仲間だったなら、心の中でラッキーって言ってしまいそう。だって首を跳ねられても当然なのに、生きていられるんだよ。それだけで儲けものだもの。アゼリアって超優しいね。
「それで蒼龍のほうはどうなったの?」
「うん、いまのところ、こっちには来ないみたいよ、私のテムリオちゃん。」
僕にだけは相変わらず言葉遣いが変わるアゼリアだ。
「蒼龍の近くまで行ったら、西方騎士団が、この連中の仲間と交戦中だったので合流した。その中に泣き叫ぶ子供を抱えたこいつらの仲間がいたから、片づけて救出してきた。西方騎士団には、我々でここは守るから、この子達を安全な場所に避難させて欲しいといわれたので、一旦戻ってきた。」
アルフェリードが詳細説明をしてくれたけれど、どうやって「片づけてきた」のかは聞かないことにしよう。
「で、どうやって片づけてきたん?」
サリ、僕に抱っこされたままの情けない格好なのに、そんな肝が据わってる人が聞くようなことを聞くんじゃないよ。
「まあ、いろいろだ。」
アルフェリードも、子供に聞かせるような話じゃないって思ったのだろうか。
誘導者にとらわれていた子供は、落ち着かせてから、蒼龍からずいぶんと離れた所に一旦隠れさせ、いまエルヴィローネが、撤退の合図で一緒に連れて戻ってくるところだそうだ。
「西方騎士団には、君らに倒せる蒼龍じゃないので、決して挑発しないようにと注意した。しばらく動きを観察していたら、誘導の効き目が切れたんだろう、蒼龍は来た方角に戻り始めたので、我々もいちど戻ろうということになって戻って来たら、村じゃこんなことになっていた。」
「まだ蒼龍の動きは読めないが、このままダンジョンに戻るなら、領界まで西方騎士団が監視を続けるだけにして深追いはしないことで打ち合わせてきた。何かあれば自分たちで対処しようとせずに、必ず我々に連絡してくるよう伝えて戻ってきた。彼らにも領界を守ってきたプライドがあるからな。我々が出しゃばるわけにも行かない。」
アルフェリードの話が終わると、トラヴィスが、これからの予定を説明してくれた。
縛られた誘導者のリーダーのような男が、チッと舌打ちをした。
どうやら戦うことなく蒼龍騒動は落ち着きそうだ。後始末が大変そうだけれどね。
「交代で見張りを立てて、今日は村で休むから、サリ、まずは旨い昼飯を頼むぞ。」
今回仕切っているトラヴィスがそう言うと、サリは「あいよ~」とは言ったけれど、僕から降りようとしない。
「悪者はみんな捕まったんだから、いい加減に降りたらどうだサリ。これじゃ食事も作れんだろ。」
呆れて言ったら、また例によって「てへ?」とごまかして、ぴょんと飛び降り、まだ荷物が縛られたままの大八車から荷物を食堂に運ぶように僕に指示した。荷車の上にいる山賊が怖いから自分じゃ荷物を取りに行けない様子だ。
僕だって怖いので、一緒に行ってどれが必要か指示するように言ったら、私は専属メイドで、そんなのは見習いの仕事だと威張っている。
しかたがないのでサリの持ってきた大きな袋を抱えて食堂を往復し、サリの荷物は全部運んだけれど、縄をほどけとうるさく怒鳴っている山賊達には閉口した。
「どのくらいで領都の騎士団は到着するの?」
聞いてみたけれど、みんなわからんと言うばかりで、「早馬で二日だから、どんなに早くても四日はかかるだろう」という曖昧な返事しかかえってこなかった。
そのあいだ、蒼龍の監視をしながら、捕まえた誘導者の世話と、山賊の世話をしなければならないのか。誘導者の世話も山賊の世話も、僕が余計なことをして仕事を増やしてしまったせいなんだから、反省しなきゃならないんだろうな。
食堂で台所が使えることでサリの料理は冴えていたけれど、食材は持ってきた保存食だけだったので、そこそこ普通の食事だった。それでも戦いの最前線で普通の食事がとれることは驚異的なことだ。
食事が終わると急に睡魔が襲ってきた。そういえば僕はずっと寝てなかったんだ。眠くなるはずだよ。
みんなには、ちょっと二階の宿の部屋で仮眠してくるとだけ言って二階にあがり、ブレスレットの青いラインを八割ほど回してから部屋のベッドの上に服を着たまま横になった。
あっという間に睡魔が襲ってきて、そのまま僕は深く眠った。次に目が覚めたときは、僕の感覚では、一晩しっかり寝た感覚だったので、元気よく起きるとブレスレットを戻して一階に下りていった。この完全回復には毎回驚かされる。10歳の体、おそるべしだね。
「もういいのか? もう少しゆっくり横になっていても良かったんだぞ。」
イグナスがそう言ってくれたけれど、魔法が使えるイグナスでも、僕がブレスレットを使ったことに気づいていないってことは、たいていの人にはバレないんじゃないだろうか。
「うん、ありがとう。もう大丈夫だ。」
何か手伝うことはないかと表に出てみたら山賊達がいなかった。
聞いたら、アルフェリードが「逃げたら射殺す」と脅して、見本として木の板に丸を描いて山賊の横に置き、遠く離れた所からその的の中心を射ることで本当にできることを教えてから縄をほどいてやったのだとか。
「汚かったので、小川のところまで連れて行って、水浴びと服の水洗いをまとめてやらせてるところだ。終わったら服が乾くまでマッパなので、連れてこないと言ってた。」
セルディオは、さも不潔な物を見てしまった様な不愉快そうな顔で教えてくれた。
どうやら僕にはなにもする仕事がない様子だったので、エルヴィローネが連れてきた幼い子の面倒をみて、日が暮れるまで時間を潰すことにした。
子供は一人だけと思っていたら三人もいた。みんな五歳くらいの子供で、聞いてみたら、この子らはデュランディエ公領の村の子供だという。ある日突然人さらいにさらわれ、わけがわからないまま、人さらいの脇に抱えられてここまできたのだとか。
子供達は最初は人さらいの数と同じ数だけいたけれど、一人減り二人減りして、とうとう残り三人になってしまったみたいだ。しかしいなくなった子供達が、どうなったのかは知らない様子だった。
それと、通りで縛られていたひとりの男は顔に見覚えがあると言っていた。子供の数が足りなくなったから、近くの村で調達してくると言って仕切っていた男だそうだ。子供をまるで『物』扱いしていて、とても不快な話だった。
食堂に連れて行ってサリの料理を食べさせてあげたら、よほどお腹が空いていたのか、あっという間に平らげて、順応性の早い子供達は、すぐに元気を取り戻して、その辺を走り回りだした。
蒼龍の様子は単独で見に行くのは周囲に気を配れないので危険だということで、明日以降に小さなパーティを組んで行くことになり、今日はそれ以降何も変わった様子もなく、夕方になって夕食を取ると、交代で見張りながら寝ることになった。ベッドは誘拐されていた子供達に使わせて、僕らは床に寝た。
久しぶりの「暗い夜」だ。夜はやっぱり暗いのがいい。こんな当たり前なことに、今頃気づいた。




