104.蒼龍と誘導者(3)
強盗団じゃなくて、デュランディエ公領から蒼龍を煽って、越境してきた蒼龍の誘導者だということがわかったけれど、クラン員達は蒼龍のすぐ近くまで行ってしまい、探している相手がこの村に来ていることを知らない。
いやそもそもいるのかどうかもわからないまま、その確認に行っただけなので、きっと気づくことはないよ。ここは僕が何とかしなきゃ。
もっとも何とかするって言っても、サリと一緒に隠れていて、見つからないようにすることくらいしか思い浮かばないけど。まあ、それも大事な役目だよね。僕の仕事はサリを守って逃げることだもの。
……と、ちょっと都合の良い解釈をして、二階のこの部屋にサリと一緒に隠れていた。
部屋の中だというのに、くっついたまま離れようとしないので、少し暑くなってきた。
「ちょっと降りようか」と言おうとサリの顔を覗き込んだら、目が合った瞬間に、サリが「うっ」と小さくうなって、またダンジョンの時みたいに、吊り橋がどうのと言いだした。この子は結構面倒くさい。
僕達が逃げ込んだ路地の付近を誘導者達はしばらく探していたけれど、僕達を見つけられずに、村の奥のほうに移動していった。そちらにはまだ縛られたまま言い争いを続けている山賊達がいたけれど、誘導者達はあまり興味がなさそうだ。
「護送中の囚人か。気の毒なことだ。護送していた連中は逃げてしまったようだな。村に向かってくる蒼龍のちょうどいい餌だ、このままにしておけ。」
リーダーのような男が、そのように指示を出すと、今度は一軒一軒家の中を調べ始めた。たぶん蒼龍を誘導する餌にするには、山賊じゃ図体が大きすぎて、抱えて連れて行くこともできないから断念しているようだ。
ちょっとまずいな、いずれこの家も調べに来るよ。
「おしっこ」
こういうときに限ってサリはこうなる。
まあ緊張感が半端じゃないのはわかるからしかたがないけどね。「ちびる、ちびる」とうるさいので一階にそっと下りていったら、幸いなことにこの家のトイレは家の中にあったので、そこで用を足すようサリに伝えた。
「ちょ、どっか行かないで〜。ドアんとこいて、耳もふさいどいて〜」
注文が多い子だね。言われなくたって塞いでるよ。サリの声の方がうるさい。そんな声を出したら誘導者達に見つかっちゃうよ。
トイレから、さっぱりした顔のサリが出てきて、また僕に飛びつこうとしてきたから、手でそれを防いだ。この子、嫌じゃないのかね。トイレから出たばっかりで僕に飛びつくのって。
サリの後ろに回って、ブレスレットの青いラインを回してから、僕もトイレを済ませた。これなら音が聞こえないから、サリに怒られなくて済む。
このまま、誘導者が既に探し終わった家の方に移動しよう。サリをお姫様抱っこして通りに出たら、誘導者のひとりと鉢合わせになった。動かないとわかっていても、「うわっ」とつい声が出てしまう。
誘導者が最初に探してた家に到着したので、その二階にあがって、さっきみたいに窓を少しだけ開けて外の様子が見えるようにしてから、ベッドのシーツのような布をサリの口にふたたび当ててブレスレットの青いラインを戻した。
「うわっ、ちびったぁ」
シーツ越しにサリが叫んだ。いまはくっついてないから、好きにちびっていいよ。
「なにかアゼリア達に知らせる方法があればいいのに。」
「それな。チョー余裕じゃん? テムリオ兄がひょいっと行って『ほーい、こっちきてるっぽいよ~』ってするか、ついでに連れてくりゃよくね?」
まあ、確かにサリの言うとおりなんだけど、外でブレスレットを使うのは封印されてるんだよね。行くときはこの部屋の中だからいいけど、向こうに着いたら外だから、誰が見てるかもしれないのでブレスレットを戻すことができない。
「じゃあ、行ってくるけど、ひとりでおとなしく留守番してろよ。」
と、ちょっと意地悪く言ってみたら、「無理無理!」と叫びながら飛びついてきて、いつもの格好になった。本気で焦ったみたいだ。
「ほら、サリがいるのに行けないだろ。あっちは蒼龍のすぐ近くで危ないから連れていけないし。」
「えー、そんなのテムリオ兄がサクッとやっつけりゃよくない? テムリオ兄ならひとりで余裕ってみんな言ってたし〜」
みんなって誰だよ。そんな話を信じないで欲しい。世の中には嘘つきの悪い大人が一杯いるんだよ。純粋なままでいてねサリ。……いや違った、この子、手癖が悪いんだった。
山賊を縛ってある荷車の近くに移動してきたせいか、山賊達がわめいている内容まで聞き取れるほどになっていた。
「うおー、くせえぞ、だれだ、垂れたのは!」
汚い会話だ。蒼龍が近づいて危なくなったら縄を解いてあげようと思ってたけど、汚いからやめた。あとで荷車を返しに行かなきゃならないけど、誰か他の人にやってもらおう。
何だか気分が滅入ってきた。何か気を紛らわせるような楽しいことをしていないといられない。
「サリ、皆が来る前に、あの人達を弱らせて、捕まえやすくしておくなんてやっても大丈夫かな。あまりひどいことはやりたくないけど。たとえば、さっきは足の所に石を置いてつまずいてころぶようにしたんだけど。もちろん俺がやってるなんて気づかない方法でやるんだけど。」
「えー、なにそれウケる〜! もっかいやって見せてよ〜、マジ見たーい!」
サリが急に元気になった。たとえばどんなのがいいかって聞いてみたら、バナナの皮ですってんころりんがいいなんて言ってる。それって漫画の世界の話だよ。でももしかしたらできるかもしれない。
「じゃあ、あの男でやってみるから、よく見てて。」
そう言ってサリを抱っこしたままブレスレットの青いラインを回したら、サリをぎゅっと抱きしめるみたいな格好になって、案の定サリが勘違いして騒ぎ出したけど無視した。
窓下にいた男のところに行って、よいしょとその場で持ち上げると10cmくらい持ち上がったので、これでいいかな。
ふたたび二階に戻るとブレスレットを戻した。
途端にさっきの男が、歩いている足が空を切って滑るような感じになり、つるっ、すってん、と転んだ。
「きゃはは……」
それを見てたサリが思わず声を上げて笑ってしまった。おっと聞こえちゃったかな。いや聞こえなかったみたいだ。何が起きたのかわからない顔で、男はアゴのところを押さえて立ち上がった。アゴを地面にぶつけたんだね。アッパーカットってやつだろうか。あまり強烈なのは良くないけど、このくらいならいいよね。
倒れたところの地面を足でつついていたけど、「ここは滑る」なんて思ったのかも。
「テムリオ兄、今度はあっちの。あれやっちゃってみ!」
サリのリクエストがあったので、少し離れたところから、転んだ男の方に近寄ってくる男に、同じことをやった。
こんどは勢いよく二回転して転んでる。サリがたまらず声を出して笑わないように、口に布を当ててからブレスレットを戻したので、ゲラゲラ笑っていても全く声は漏れなかった。ずっと怖がっていたサリが、少しでも元気になってくれたみたいで良かったよ。
向こうの方から、さっき号令をかけてたリーダーみたいな男がこっちに歩いてきながら、何やら怒鳴っている。よく聞き取れないけれど、たぶん、「転ぶなんて気合いが入ってないぞ」なんて怒ってるんだろうな。それなら、今度はアンタだよ。
サリに、あのリーダーみたいな男の方を指差すと、サリが笑顔でそっちを見たので、早速ブレスレットを使って、少しだけ空中に浮かべると二階に戻って、サリと一緒にどうなるか眺めてみた。
さすがにリーダーは瞬発力があるみたいで、よろっとしたけれど反対の足で無事に着地して、かろうじて転ばなかった。ならもう一度浮かせたらどうなるだろう。無事着地した瞬間のリーダーを再び空中に少しだけ浮かせてみた。
踏ん張ったはずの反対の足が空中に浮いたせいで、足が前方にずるっと滑り、さっきの男達よりもみっともない感じで後ろに滑ってお尻から落ちて後ろ側にごろんと転がってしまった。
「えぐ~、超ウケる」
サリは僕に捕まりながら全身で笑うものだから、その振動が僕にまで伝わってきてしまう。見るとサリだけじゃなくて、誘導者の部下達まで、笑いをこらえているかのように肩をふるわせている。
「こ、ここは滑りやすいから、各自気をつけるように。」
何とか立ち上がったリーダーは、ズタズタになったプライドをなんとか保とうと、指示を出している。「はっ」と胸に手をやった部下達の肩はまだ少しだけ揺れていた。
「サリ、バナナでツルっすってんの次はなにがいい?」
僕も少しだけ楽しくなったので、サリに新しいアイデアを聞いてみた。
「足踏んじった~、がオニおもろかも~」
うーん、言葉の乱れがどんどんひどくなってる。
「じゃ、可哀想だけど、もう一度リーダーでやってみるよ。」
そう言うと、今度は歩いてるリーダーの横に立って、胸に手を当てている部下のところに行って、その部下を追い越そうとしているリーダーの前に片足を伸ばしてみた。
二階に戻ってブレスレットを戻してみたら、部下が出した足に引っかかったリーダーが、見事に前のめりになって顔面から転けた。さっき後ろに転んだので、前側の警戒心が弱くなっていたみたいだ。
今回は笑えない状況で、リーダーが立ち上がると、鬼の形相で足を出した部下を殴っていた。ありゃ、ちょっとやり過ぎたよ。サリもさすがに笑えなかったようで、「うえっ」とうなっていた。
この際、仲間割れも士気をそぐにはいい手段ではあるんだけどね。あまり愉快に感じないことはやめておこう。
でもそこそこの効果はあったようで、次々と転ける仲間に、だいぶ意欲をそがれたようで、きびきびとした動きが、こちらから見ていてもわかるほど散漫になっていた。
リーダーは一度乱れた態勢を整えようとしているのか、全員に集合を命じていた。
もちろん呼応して集まってきた部下達を一人一人、ツルすってんと転ばして、結局全員を転ばせるのに成功した。
ここは滑る場所だと認識したようで、それからは全員が恐る恐る歩くようになって効率がひどく悪くなった。でも気をつけて歩いたって容赦はしないよ。歩き始めた途端に、またみんな勢いよく転がっていく。
「あっ、皆が来た!」
サリが遠くを指差したら、村はずれの方からクラン員が小走りにやってくるのが見えた。
誘導者達も気がついた様子で、リーダーのかけ声で剣を抜いて戦闘態勢に移っている。
えー、ここで戦闘が始まっちゃうの?
僕とサリがいる目の前で、それはやめてもらえないかな。人間同士が本気で剣を抜いて戦っているところなんて、一度も見たことないもの、きっと心に傷ができちゃうよ。
「サリ、戦いを止めよう。どうしたらいい。」
焦った気持ちでサリに聞いた。こういうのは生まれてこの方、ずっと平和ボケして育った僕より、何だかサリの方がよくわかるような気がしたから。
「そりゃ、ツルすってんを、ド派手にやるっきゃないっしょ~。」
それ採用!
クラン員に向かって走り始めた誘導者達を確認したら、ブレスレットで時間停止状態にしてから、まとめて全員少しだけ浮かせて、二階に戻ってから時間停止を解除した。二階にいちいち戻らなければならないのは不便だけど、外で使うのは封印って言われてるからしかたがない。何処で誰に見られるかわからないからね。
覗いてみると、全員派手に転んで、慌てて立ち上がろうとしていた。そこで、もう一度同じことをやったら、立ち上がろうとしていた全員が再び転んで、今度は剣を持つ手の指をを少しだけ広げておいたものだから、その拍子に全員が剣を落としてしまった。
これを何度か繰り返すうちに、とうとうクラン員が目の前まで到着し、ごろんごろん勝手に転がる誘導者達を皆はあきれかえって眺めながら、ひとりひとり縛り上げていった。
全員が縛られたのを確認してからサリを抱っこしたまま二階から降りて通りに出てきたら、どうやらクラン員は全員がこれを僕の仕業と気づいていたようで、僕の方を見ながら笑顔でピースサインなんかしている。
良かった、だれも怪我しなくて。ごめんね誘導者のみんな、顔面が傷だらけだけど、その程度で済んだんだから勘弁してね。




