103.蒼龍と誘導者(2)
あと半日で蒼龍がこの村に到達するんだね。姿が見えない分、もしかしたら待っている方が怖いかも。
荷車の上では山賊達がようやく正気を取り戻したようで、「早く縄を解け!」「動けねえんだよ。どうやって縛ったんだこの縄は」など、仲間同士で怒鳴り合いを始めた。
手縛りと胴縛りを組み合わせて、一本の麻縄でひとりひとりを丁寧に縛って、つなげながらまとめるようにぐるぐる巻きにしたのでね。たぶんほどけにくい結び方だから、しばらくは大騒ぎしてもほどけないんじゃないかな。あまり暴れると縛ったところを怪我しちゃうから気をつけてね。
もっとも、正直言ってちょっと怖いので、声を掛けられるほど近づかないけどね。サリもその様子を遠くから見て「うえっ」と、気持ち悪そうに吐く仕草をした。本当に吐かないでね。ダンジョンでは僕にしがみつきながら、ちびりそうになったりして、本気でやりかねない。
でも蒼龍が近くまで来たらダガーで縄を切ってあげないと。切った途端に僕が山賊に襲われるなんて勘弁してもらいたいけど……。
「サリ、あと半日もあると、皆お腹が空くと思うから、途中で戻ってきた人のために、なにかつまむ物でも用意しておいた方がいいんじゃないか。」
「えー、どーせなんか食べても入ってかないっしょ。龍を、ちょんと倒して、お肉みんなで食べよ~」
そんなぁ。ちょんとなんて倒せないよサリ。
「いやあれは魔物だから倒すと砂になっちゃうよ。」
「えーーっ!? うっそぉ~!? マジ勘弁なんだけど! ……丸焼きめっちゃ楽しみにしてたのに~!」
ワイルドだね。五年前領都が灰になるかもしれないって、領都中の人が大騒ぎしてパニックになったころの記憶ってサリにはないんだろうか。
「食べられなくて残念だったねサリ。その前に、倒せるかどうかの騒ぎしているんだよ、みんなは。」
そういうと、相変わらず「えーーっ」を連発してた。
とりあえず、僕達にできることは蒼龍が来たらできるだけ安全な場所に逃げることだけなので、村の外側をぐるりと回って、どっちの方向に逃げてもいいように地形を覚えておくことにした。
生意気な割に、やっぱりサリは一人じゃ怖いらしく、そんな僕にくっつくように一緒についてくる。
北側は少し行くと森になっている。そういえばアルフェリードは、この近くの森の中に故郷があるって言ってたっけ。身軽で弓の使い手というのは、森で育ったからなのかな。蒼龍が近くまで来ていたら心配だろうね。
「あっリスだ。」
突然サリが走り出した。でも名前を知ってるんだから、あれが魔物だってことも知ってるよね。
放っておいたら、いきなりギャーっという悲鳴を上げて、逃げてきた。
そして僕に「キモッ」と吐き捨てたのを忘れたかのように、僕にぴょんと飛びついて首と腰に手と足を巻き付けてきた。
このリスって、可愛らしい姿をしているのに、いきなり真っ赤な口を開けて歯をむき出して魔物顔で威嚇してくるんだよね。僕も初めてこれをやられたとき、慌ててエルに笑われたっけ。でもリスを知ってるサリがどうして知らなかったんだろう。
「大丈夫だよ。怖い顔をした魔物だけど、襲ってこないらしいよ。」
「『らしい』ってなに! テムリオ兄にもわかんないってことじゃん。こわいぃぃ~」
「名前を知ってたのに魔物だって知らなかったのか?」
「えーっ、そんなん領都にいないし! あたしガキんちょのとき絵本で見たリス、マジ激カワだったんだけど〜!」
つまり可愛いリスが描かれた絵本では知ってたけど、本物を見たのは初めてってことだね。
ちょっと生意気だなって思ってたところだったので、サリはこのくらい怖がっててちょうどいい。でも、いきなり言葉が悪くなったよサリ。顔は可愛いのに台無しだ。
領都を出発するときにエルヴィローネが言ってたのは正しかったようで、未だに僕はバフが架かっている状態みたい。サリがダンジョンのときみたいに、かなり軽く感じる。
抱っこのまま降りようとしないので、そのまま村の外側を一周してきた。
これでマルグリットより年上なんだよね。どうなってるんだろう、この子の精神年齢。マルグリットが僕にピョンと飛び乗ってきたところを想像してみたけれど、全く想像できなかった。
姿を隠せるとしたら、あの森の中だけど、森までちょっと遠いのと、途中に小さな川が流れているのが邪魔して、とっさの逃げ場としては難しいかもしれない。
東は、ここまで来たときにゆっくり見てきたからわかるけれど、隣町までの一本道で、こちら側に逃げる選択肢はない。するとあとは南側だけか。大きな石がゴロゴロしている場所があるから、あの辺で岩の隙間でも見つけて潜り込むくらいだろうね。
意外と逃げ場がない村だと気がついた。村人は早々と避難していて正解だったかもしれない。
さて一周してだいたいどんな村なのかわかったところで一休みしようかな。僕にへばりついたまま剥がれなくなったサリは放っておいて、何かあったときに気がつかないと大変なので、食堂から道の真ん中に椅子と机を運んできて、ここで座って待つことにした。
こんなのんびりしてていいんだろうかと思うけれど、そもそもここに来たのが場違いなサリと僕に、やることなんてあるわけがない。座ろうとすると、「ハズい」といってサリは僕から剥がれ降り、食堂に行って戻ってきた。
気がつくと小皿に何か乗せて食べてる。
「何食べてるの?」
覗いてみたら、刻まれた白菜の漬け物みたいなのが乗ってた。
「それ、お店の物だろ。ダメだぞ、勝手に食べちゃ。」
そうは言ったけれど、ちょっと美味しそうだったので、一口つまんでみた。やっぱりこれは白菜の漬け物だ。塩が良く効いていてしょっぱすぎるけれど、適度に酸味もあって、悪くない味だ。
「うまいな。これに唐辛子を入れれば、完璧なキムチが作れるな。」
「唐辛子って?」
僕の話に興味を持ったらしく、唐辛子のことを聞いてきた。あの唐辛子農家のサーシンでさえ、栽培してる唐辛子の名前も使い方も知らなかったほどだから、いくらお城の副料理長やってたというサリでも知らないだろうな。
「オダルティ村でしか栽培されていない香辛料だ。強烈な辛さがあって、まるで口から火を吐くみたいな感じになる。どんな料理にも使える万能香辛料だ。たぶん来年になれば領都の市場でも買えるようになると思う。」
話を聞いているうちに、サリの目がギラギラしてきた。
強烈に興味を持ったらしく、僕の腕をつかんでオダルティ村に連れてってといいだした。
「だってさー、あれでピュッて行ってくりゃ超カンタンじゃん?」
いやいや、「あれ」で往復したら一ヶ月になるよ。ありえない。しかもその間ずっとサリをさっきみたいに抱っこしたままなんて、絶対に無理。
「無理だよ。それに、トラヴィスが言ってたろ、俺のアレは隠しておくんだって。ここにいる間は、話に出してもだめだから注意しろ。」
まあ、話に出すだけなら、こんな意味不明な会話は、誰に聞かれたって問題ないけどね。でも放っておくとサリは大騒ぎして連れて行けってうるさいから、言葉に出してもダメってことにしておこう。
しまったという顔して、ちょっとだけ口を押さえたサリが、一瞬だけ可愛く見えてしまった。うう、サリなのに……。
どれほど経ったろうか。サリが何回か追加で白菜の漬け物を持ってきていたけれど、それにも飽きた頃、西の方角から頭に頭巾をかぶった数人が走ってこちらに向かってくるのが見えた。
一目でクランパーティのメンバーじゃないことだけはわかった。逃げ遅れた難民だろうか。だいぶ近くまで近づいてきたとき、ようやくわかった。あれは避難民じゃない、強盗か何かだ。全員が手に長い剣を持っている。
思わずブレスレットに手をやって青いラインをぐいっと回した。物騒な剣を構えながら、こちらに向かって来ていた強盗団のような集団が、一斉にその場で止まった。少し考える時間が欲しかっただけで、あわてて逃げるわけじゃないよ。自分に言い訳しておいた。
ええと、僕はサリを背負って、周りの時間が止まっている間に、どこかに逃げればいいんだよね。それはわかってるんだけど、なにか引っかかっている。なんだろう。
そうだ、さっきサリに僕が言ったばかりだ。「のんびり過ごすことができる」というチートアイテムを持っていることは内緒だったんだ。この強盗団が、僕達を見ているというのに、目の前から移動してしまうと、この人達にとっては、僕とサリが「瞬間移動」をしたみたいに見えてしまうってことだよ。
それはまずい。だって、僕のことは絶対に知られてはいけない秘密だってアゼリア達は思っているんだよね。だったら、僕の秘密を知ってしまったこの強盗団の人達は、逃がすわけには行かなくなってしまう。しかもアゼリア達に捕まって大変な扱いを受けるはず。
あそこで縛られている押し込み強盗は、僕のことを知らないから、何が起きたのか全く理解できていないけれど、目の前の強盗団はそうはいかない。僕とサリがここからいなくなれば、「二人の子供が瞬間移動して消えた」と考えるだろうし、逆にこの人達を、あの押し込み強盗みたいにどこかに連れて行ったとしても、僕かサリのどちらかが、魔法を使ってそこまで飛ばしたと、やっぱり他人を瞬間移動させる魔法を使ったと感じるはず。
どっちにしてもまずいよね。ならどうしたらいいだろう。
長いこと、あれこれと考えた末に出した結論は、「ブレスレットを戻して逃げる」という選択だった。ちょっと危ないけれどね。弓を持ってる人がいないか気をつけないと。
計画通りにいけば、疑問を持たれずに逃げられるはず。
ゆっくりブレスレットの青いラインを戻していった。
強盗団がゆっくりと動き始めてこちらに向かってきた。たぶんあの連中の目的は僕らの誘拐だ。全員の目がしっかりと二人を見ているから間違いない。
まだ完全には戻しきっていないので、強盗団の動きは遅い。僕は、その動きに合わせて不自然じゃないようにゆっくりと立ち上がると、サリを強引に抱きかかえて、強盗団とは反対方向にゆっくりと逃げた。
チートアイテムを使っていることを悟られないように、早くてもいけないし、かといって遅くちゃ追いつかれるので、微妙に間隔を取りながら、食堂と隣の建物の隙間にある路地に向かって走った。
いきなり抱えられて驚いたような顔のサリが、ようやく強盗団が近づいてきていることに気づいたらしく、いつもの体制でしがみついてきてくれた。これで少しは走るのが楽になる。
ようやく路地の所まで到着したので振り返ってみたら、強盗団はまだ10mくらい先にいた。これなら何とかなる。
路地を曲がって、強盗団から僕達が見えなくなったところで、ふたたびブレスレットの青いラインを目一杯回して、周りの動きを止めた。
サリは、慣れたいつもの格好でしっかりと僕に抱きついてくれているので、振り落とす心配はない。
路地から通りに戻って、停止している強盗団の様子を確認してみた。強盗にしては服装が整っていて、まるで騎士団みたい。山賊や村を襲う強盗団とは明らかに雰囲気が違う。
それに、よく見たら同じ制服を着てるし。しかも剣を収める腰の鞘には、何かの紋様が描かれている。全員の剣の鞘が、そろって同じ紋様だけど何だろうこれは。よく整った組織のマークみたい。
いずれにしても、僕の秘密をこの人達に知られたら、ろくなことにならないのだけは確かだ。いや僕達が心配というんじゃなくて、この人達の方が心配。知らない方がこの人達には幸せだと感じる。
まずは小石がたくさんあった村の東外れのあたりに行って、両手に小石を持って強盗団の所に戻っていった。これで殴ろうなんて恐ろしいことは考えていないからね。
その石を強盗団のうちのふたりの、地面についている方の足の先に置いた。これを何往復かして、全員の足の先に置いたら、強盗団が向かっていった僕達が逃げ込んだ路地とは全く反対側の、食堂の向かい側にある建物に入って、その二階にのぼった。
魔灯のスイッチを入れてみたらついたので、部屋の中がよく見えた。ここは寝室だったようで、着の身着のままに逃げたのか、タンスから出したらしい服が乱雑に散らかっていた。
二階の窓から下を覗いたら、強盗団の後ろ姿がよく見えた。ここでブレスレットを戻すと、きっとサリが悲鳴をあげるので、女の子の手に口を当てて、あとでサリに怒られるのはいやなので、タンスから出ているタオルっぽいのを借りてサリの口にあててから、窓際に腰掛けて、ブレスレットの青いラインを戻した。
案の定、サリはタオルで口を塞がれたまま、悲鳴を上げた。でも全く声は漏れなかったので、強盗団のとこまでは聞こえないはず。
悲鳴をあげおわったサリの口からタオルをどけ、窓の下を指差した。強盗団が石に躓いて全員転けてるところだった。これで少し時間がかかるから、その間に路地の先に消えたとしても違和感はないはず。
「テムリオ兄さー、飛ぶなら飛ぶって先にゆっといてよね〜、ちびったぁ」
えっ、ギョッとして思わず下の方を覗き込んだら、思いっきり叩かれた。
あーびっくりした。「ちびった」は、サリのただの口癖だった。
強盗団は、僕達がまさか二階に飛んで行ったとは思わないから、振り返って上を見上げることはなかったけれど、念のために窓は小さく開けただけにしてある。魔灯も消しておいた。
「くそ、逃げられたか。蒼龍をおびき寄せる餌に丁度いい子供だったのに。どうせまだ遠くまでは逃げられないだろうから、探せ!」
「うわっ、あたしとかマズいし〜。テムリオ兄のほうがおいしいんだから、兄が捕まんなよ〜」
「やだよ、毎日あんな贅沢な料理食べてるんだもの、サリの方が絶対に旨いって。」
言い争いになってしまった。
「そうか、あの連中が蒼龍をここまで誘導してきた誘導者なんだ。子供を餌にするなんて、いくら領主同士の争いに翻弄されてるからって、どうしてそんなさもしい考えになるのか不思議だよ。……でも、俺の秘密を知ったら、あの人達こそ無事じゃ済まないだろうから、そっちの方が心配。」
ため息混じりに言ったけど、サリは僕にしがみついたまま口だけは達者で、「魔物の餌ならテムリオ兄のほうがおいしい」と、まだぶつぶつ言ってる。




