102.蒼龍と誘導者(1)
僕が十六日間どれほど大変だったかという話を言いそびれているうちに、皆はテキパキと蒼龍討伐の準備にとりかかっていった。
「偵察隊出発。蒼龍またはその痕跡を発見次第、各自の方法にて合図。合図があり次第、前方の小川に架かる橋に一旦全員集合。」
今日はアゼリアじゃなくてサブリーダーのトラヴィスが指揮してる。これってどういうシステムなんだろうね。ダンジョンの時はアゼリア一人が指揮してたけど。輪番でもあるのかな。
『私のテムリオちゃん、素敵だったわ』とかいってハグしてもらえるかもって、淡い期待をしてたけど、全然そんな雰囲気じゃない。まるで僕の存在なんてなかったかのように、トラヴィスの合図で、無人の村から西の方角に皆バラバラに散っていってしまった。
サリは、わぁわぁ泣いても、誰も相手にしてくれないまま、全員どこかにいなくなってしまったものだから、残った僕の方をチラッとみて、すっと泣き止んだ。「あ、この子に向かって泣いても意味ない」って顔だ。嘘泣きしてたの?
僕とサリと、未だに放心状態の山賊だけが村に残った。
サリは、「ほけ」なんて、意味のわからない言葉をつぶやいてから、自分の荷物を大八車から降ろして、すぐ近くにあった居酒屋風のお店の方に歩いていった。
「テムリオ兄って、マジすごいんだけど」
つぶやくように言った。おお、ようやくわかってくれたよ。サリだけど。
「そうだぞ、大変だったんだぞ。サリもそう思うだろ?」
しみじみとつぶやいたら、「だって、今の絶対チョー早着替えじゃん!」と、感心したように振り返って尊敬の眼差しで僕の服を指差した。
そこかーっ。確かに出発してから何度か服を洗っては着替えしてたから、自分じゃもう忘れたけど、出発したときとは違う服を着てるかもしれない。確かにサリからみたら、たった数秒で全身着替えるなんて、驚異的な早業に見えるかもね。
力が抜けてしまったので、残ったパンでも食べようかな。力が抜けた途端に、ラストスパートは頑張ってたから何も食べてないことに気がついて、急にお腹が空いてきた。少しだけ残ったピーナッツバターと水を持つと、サリの後をついて居酒屋風の建物に入っていった。サリも何か食べるのかな。
建物の中に入ったら、普通の大衆食堂だった。外から居酒屋風に見えたのは、扉が観音開きで、中に入ると勝手に締まるあの西部劇の居酒屋シーンに出てくる、サルーンドアみたいだったからだ。
冒険者ギルドのドアも観音開きだったから、初めてギルドに行ったとき、あれも西部劇のドアを連想したけれど、あのドアよりも、こっちのほうが本物っぽい。
中に入ると、テーブル席に座ったサリが、底の浅い四角いケースを片手に、何か顔をパタパタやってる。ファンデーションのつもりなのかな……。女の子のおしゃれはよくわからないから、少し離れた席に座ってパンを食べ始めた。
「え、テムリオ兄、また食べんの~?」
カラカラ笑う声が聞こえてきた。そうか、お昼食べた直後に出かけてきたんだから、サリにとっては食べたばかりだ。言っても理解できそうにないから黙って食べよう。
もしかしたらサリが何か料理を作ってくれるのかもしれないと、期待して後をついてきたのは間違いだったみたいだ。
……と思ったら、突然パタパタの手を止めたサリが、「ちょっと、まっとき」といって、お店の厨房に行ったと思うと、すぐに戻ってきて「はい、テムリオ兄」と、お皿に載った食べ物をだしてくれた。料理を運んできたときのメイドモードのサリは、いつも思うけれど、口調が真面目になる。
乱雑に刻んだピーマンにスライス肉があえてあって、白ごまが混じったごまタレみたいなのがかけてある。
「今作ったの?」
驚いて聞くと、そうだと言う。洒落た花模様が入った宮廷用みたいなフォークが添えてあるので、手に取って一口食べてみた。これは本物のごまダレだ。ごまを使った料理って、もしかしたら異世界に来て初めてかもしれない。
「おいしいね。このごまは市場に売ってるの?」
すると、逆に僕がごまを知ってたことに驚いて、何処で知ったのかとしつこく聞いてきた。とっても貴重で珍しい物みたいだ。そういう貴重な食材を使って、僕にさりげなく差し入れするサリって、すごくない?
食べ終わってのんびりしていたら、突然ピューっと口笛が聞こえてきた。ああ、あれは集合の合図だね。とうとう蒼龍が出たんだろうか。きっと集合する中に僕も入ってるよね。戦力外でも、行ったほうがいいんだろうな。
「サリ、ご馳走様。サリは危ないからここで待っていた方がいいよ。じゃあちょっと行ってくる。」
早口で伝えると、返事も聞かずに村外れにあった橋の所に向かった。
すでにほぼ全員が集まっていて、やはりここでもトラヴィスが指揮を執っていた。
「アルフェリードが木の上から、蒼龍の足でおよそ半日先に黒煙が上がっているのを発見した。多分蒼龍の火炎魔法だろう。村を焼かれる前に対応するので、この先にある広場に誘導することにする。各自自分の持ち場を作れ。」
「しかし、少し腑に落ちないことがある。あれほど一直線にこっちに向かってるのは不自然ではないか。村人も全て避難してしまっている。避難民も安全な所に移動しただろう。人を襲うのが目的なら、逆方向に行くと思うんだが。」
アルフェリードがそう言うと、全員が首をかしげ始めた。
「蒼龍を挑発してこちらの領土内に誘導してきた者がいるんじゃないのか。デュランディエ公領の手のものならやりかねないと思うぞ。」
ヴァルッカが手の中でハンマーで自分の手のひらをポンポンと叩きながら言った。普通の人があれを真似したら手のひらを骨折しそうだ。
「そんな危険なことをするかな。もしそうだとしたら、命を捨てる覚悟でやってることになるな。」
アゼリアが危険なことという程なんだから、よっぽど危険な行為なんだろうな。
「ほんなら、その誘導しょーる奴つかまえたら、蒼龍はダンジョンに帰って行くじゃろ? うちらも危ないことせんで済むじゃろうが。」
エルヴィローネに賛成!
蒼龍退治なんて危ないことはやめようよ。川トカゲで退治方法を知った今は、それがどれほど危険なことなのかよくわかる。一発勝負で最後のとどめをさす役のアゼリアが、ほんの数センチ急所を外したら、メンバー全員命がないよ。
でも、見習いの僕は、口出しは禁物だ。僕が戦いに参加するわけじゃないんだからね。
「よし、では半日後に広場で迎え撃つという作戦に変更はないが、その前に、デュランディエ公領の誘導者がいないか、早急に確認に行こう。これも全員だ。あえて蒼龍に向かうのだから、細心の注意を払って、万一誘導者を発見したら、ただちに全員捕縛。見つからなかったら最低でも一時間後には広場の持ち場に移動。作戦はこれでいいかアゼリア。」
ああ、やっぱり最終決断をするのはアゼリアなんだ。やっぱり部下の判断に責任を持つのがリーダーの仕事だよね。
「よし、そういうことなら、これから真っ直ぐ蒼龍のところまで走り、100m手前で誘導者を探す。見つけたなら、何としても捕縛する。」
かなり危険な作戦が決まったみたいだ。気がついたら横にサリがいた。
「どうしたのサリ、村の中で待っていた方が安全だと思うよ。」
「いやだ、ひとりとかムリ。変なおじさんいっぱい縛られてんじゃん〜。」
ああ、そう言われればそうか。僕だってあの村の中にはいたくないかも。
「あのー」
恐る恐る手を上げてみた。
「なんだテムリオ。お前も正規メンバーなんだから、意見はちゃんと言ってみろ。」
まあ、それはそうなんだけどねトラヴィス。そもそもなんで僕がここにいなければならないのか、本当はそこから聞きたいくらいなんだよ。
「ブレスレットのチートアイテムを使えば、今すぐに蒼龍のところまで行けると思うけれど、使わなくていいの?」
「ああそれか、ここはデュランディエ公領の目の前だ。どこにデュランディエの手のものが潜んでいるかわからないので、極力テムリオの威圧の能力は隠しておきたい。だからここから先はテムリオの威力を封印して隠すことにしていた。」
ああ、それって助かるよ。どうせ頼るつもりなんだろう、なんて思ってしまったことを強く反省して謝りたい。
村の中にいなくてもいいけれど、サリを守るのが僕の今回のミッションと言われて、僕は蒼龍のところに行くのを免除された。ダンジョンの討伐の時も、僕の役目はサリを守ることだったから、毎回同じパターンで定着しそうだ。
「しょうがないな、じゃあ抱っこしてあげるよサリ。」
ダンジョンの時と一緒なら、サリはずっと僕に抱っこされていたから、試しに両手を広げて言ってみた。喜んで飛びついてくるかもね。
すると意に反してサリは突如不快そうなしかめっ面をして、ひとこと「キモッ」と言った。うわあ、これって男が傷つく女性からの言葉トップテン一位の言葉だよ。
もしこれが告白だったとしたら、たぶん大抵の男が一生立ち直れなくなる。告白しなくて良かった……じゃないよ、誰がサリになんか告白するか!
サリの言葉なんてたいした意味はないのに、ちょっと動揺した。




