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マジェスティア・アエラ ~希望したチートアイテムはレベル1から上がらない異世界でのんびり過ごせるブレスレットひとつだけ~  作者: 園之野希乃路


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101.集団転移なんてチートは絶対にいらない(5/5)

気分の問題だけど、目的地が近いと思っただけで、何となく大八車が軽く感じる。思わず口笛なんか吹きながら歩いてみた。


だけど、こういう時に口笛で吹く曲が思い浮かばず、リズム感の悪い三拍子の古いワルツになってしまった。右左右、左右左、右左右、左右左って、これじゃ足がもつれるよ。


カラオケなんて大嫌いだったから、最新のポップスを全く知らないのは仕方がないとしても、せめて行進曲みたいに勇壮な曲が思い浮かばないものだろうか。


いくら歩いても周囲の景色は全く変わらない。例えるなら、大きなルームランナーの上で歩いていて、自分は停止していて、足をぐいっと後ろに蹴ると、地面が後ろに動いていくみたいな、とても変な感覚だ。


このほとんど何も変化しない世界では、どうやって退屈しのぎをすればいいのかが、一番の問題だって痛切に感じてる。


小動物はみんな止まってるから、捕まえようとして追いかけるなんて遊びも出来ないし、たとえ食べられそうな鳥や兎みたいなのがいて簡単に捕まえられても、火が点けられないから食べられない。まさかワイルドに生きたままかぶりつくなんてできないし。


できることといったら、たまにゼリーみたいな変な感触の川で水遊びする程度だ。


そろそろご飯でも食べようかなと思い出したころに、小さな集落に到着した。お腹が空いてきたので、どこかの家の中で休憩させてもらって、いつもと変わらないパンに切った肉を挟んで食べよう。


街道から少し入ったところにある、このあたりじゃ珍しい、白い漆喰の壁の整った感じの家があったので、あそこの家なら清潔そうだから、あの家で休憩させてもらおう。


いつものように街道の真ん中に大八車を置き去りにして、お昼ご飯と水を抱えて、家の方に歩いて行った。家の中ならテーブルがあるから食べやすい。知らない人の家に勝手に入り込むのは少しだけ気が引けるけれど。


トイレは領都と違って水洗じゃないので、家の中や庭先にあるトイレを借りることはない。トイレだけは外の方が断然快適だ。


家に入ろうとしたら、何だか様子が変だ。普通の太刀より刃幅が広く、反りの強い大太刀を持った人相の悪い男達が、何人も庭先にいる。大太刀の刃は厚く、薪割り斧のように重そうだ。


しかもどう見ても必死の形相で庭から道路に逃げようとしている様子の女性もいて、よく見るとその女性の腕をわしづかみにして笑っている男もいる。


大きく開いた玄関の奥を、その男達の脇から覗いてみたら、家の中にも何人か大太刀を構えている男がいて、その切っ先を突きつけられて怯えたような顔の男の人や、老人の姿も見える。


ああ、やっぱりこれは押し込み強盗だね。


そんな光景を見ても、何となく舞台の上で芝居をしている途中の人を見ているようで実感がわかない。声を出して、大暴れしているわけじゃないから、まるで芝居小屋の前に、今日の演目を知らせる人形が飾られているみたいな、おかしな光景だ。


もう半月もこういう生活をしているんだよ。いい加減、周囲の時間が停止していることには、すっかり慣れたよ。今ではまるでこれが日常みたいに感じてるから、こういう光景を見て胸が騒ぐこともなくなってる。


本当はとんでもない場面に出くわしたんだろうから、以前の僕なら、泡をふいて逃げ出していたんだろうけど、今は冷静にこの場面を観察している自分がいて、恐怖とか驚きとか興奮とかいった人間の感情を、どこかで失ってしまったんじゃないかなと、ふと感じて、思わず顔に手を当てて、自分の今の表情を確認してしまった。


とりあえず、このまま「お取り込み中をお邪魔しました……」と帰ってしまう選択肢だけはないことは確かなので、どうしようかと、冷静に考えてみた。


僕が怪我をしたら危ないから、何を考えるにしても、まず最初に武器を下に置いてもらおうかな。


手に持った食べ物と水を近くに置いてから、大太刀を持った山賊の指を一本一本慎重に開いていった。慌てて開いて骨折させたりしたら大変だから、できるだけそっと開いて、持っていた大太刀を足元に置いた。


そうしておいて、大太刀がなくなった山賊を、よいしょと持ち上げると、邪魔なので家の前の道路に運んだ。


次の山賊からも同じように大太刀を取りあげ、先ほどの山賊の横へと運んだ。


手はまだ武器を振りかざしたままの位置に固まり、血走った目と歯をむき出しにした鬼の形相。


それなのに、倒れないように、互いの手を強引に握らせて並べてみたら、まるで仲良しこよしが手を取り合って散歩しているみたいになってしまい、思わず笑ってしまった。


次の山賊は右手に大太刀を持ったまま、左手で女性の腕を掴んでるから、女性に大太刀が触れて怪我しないよう慎重に取りあげてから、女性を掴んでいる腕の指も一本一本はずしていった。


その山賊を庭に運んでから、ちょっと持ち上げにくい態勢になっている女性を、仕方なしにお姫様抱っこして、道路のほうに運んだ。


「あとで分けるから、いまは山賊と並べて道路に置いちゃうけど我慢してね。」


庭先の山賊はもうひとり。ここで僕が大太刀にちょっとでも触れて怪我をしたりしたら、治療できる人がいないんだから慎重にやらなきゃ。


もっとも怪我をしたら緊急事態なので、ためらわずにブレスレットを戻して、治癒魔法の使えるエルヴィローネに助けてもらうけどね。


熱中症で倒れたとき、「大げさじゃないだろうか」なんて考えて救急車を呼ぶのをためらって、あとで医者に怒られた経験があるので、緊急時にはためらわないことって脳にインプットされてる。


やっとの思いで庭の山賊を全員道路に並べ終わったら、さあ次は家の中の山賊だ。狭い場所だから、より一層慎重にやらないとね。


ひとりの山賊の大太刀は、家の住人と思われる人の顔のすぐ近くに突きつけられているので、これは山賊ごと一旦家の外に連れ出してから大太刀を取りあげて、道路に運んだ。


他に家の中には二人の山賊がいて、ひとりは台所の鍋の蓋を開けてのぞき込んでいるところだった。僕も一緒にのぞき込んでみたら、美味しそうな煮物がちょうどいい具合に煮上がってるところで、思わずお腹が鳴った。


急いで二人も片づけて道路に連れ出すと、広くなった家の中のダイニングテーブルで、とりあえずお昼ご飯を食べさせてもらう事にした。あの鍋の料理、ちょっと食べてみたいな。


誘惑をぐっとこらえて、持ってきた物だけを食べ終わると、さてと、まずは外にいる女性だね。


再びお姫様抱っこで家の中に連れてきて床に横たえた。

手を引っ張られていたんだから、突然その手がなくなれば前のめりになるので、立たせておいたら転んで怪我をする。寝かせておけば大丈夫だろう。一瞬にして山賊がいなくなると、びっくりするだろうけど、襲われるよりいいんだから、勘弁してもらおう。


問題は山賊達だ。

これで何も悪いことはしていなかったことになってしまうので、縛り上げて放置しても、無罪放免になってしまうかもしれない。そうなったら家の人を再び襲うことになる。


「全部で七人か。どうしようこれ。」


とりあえず何か役に立つ物がないか、家の周りを確認してみたら、納屋に荷車が置いてあった。


「今の僕なら、行けるんじゃない?」


八人のクラン員を運んでみてわかったのは、それほど大変じゃないってことだったので、気合いを入れればあと二日くらいは、追加の七人も運べるような気がした。


「荷車と麻紐をお借りします。あとで返しに来ます。」とメモを残して、荷車を道路まで引っ張っていくと、こっちは荷車にぎゅうぎゅう詰めで全員を乗せてから、全員をまとめて麻紐でぐるぐる巻きにした。捕まえておくという意味じゃなくて、運んでる最中に落ちると怪我をするから。


連結した大八車の一番最後に麻紐で荷車をつないでみてから、先頭の大八車をよいしょと引っ張ってみた。


「おお、なんとか動くよ」


かなり重くはなったけれど、運べないほどじゃない。二日くらいなら休み休み移動すれば、頑張れそうな気がする。よく手入れされた荷車だったので車軸の回転が良いみたい。


こうして、四連の大八車に荷車がつながった奇妙な人力客車が、ゆっくりのんびり街道を行くことになった。


あの太くて重い大太刀は、持って行けないので、家の庭にまとめてきた。家の人がなんとかしてくれるだろう。


そこからまた何時間か歩いて行くと、こちらの街道とは別の南に延びる街道との合流地点にさしかかった。地図を広げて確認してみたら、確かに別の街道が合流する地点があって、前回地図で確認した場所からは、目的地点の半分くらいは歩いてきていたことがわかった。


目的地点が近いことで元気が出ているので、倍の人数を運んでいるのに、意外とペースダウンにはなっていなかったみたいでよかった。


合流地点付近は、少しだけ人通りがあった。目的地の西の方から荷車にたくさんの荷物を載せて、数人単位で歩いていて、僕が来た方の街道と違う、南の街道の方に歩いている。


ああ、多分これは蒼龍から逃れて南の方角に避難していく人達だね。いよいよ目的地が近いって証拠だ。緊張して避難する人達とは逆行して西に向かって大八車と荷車の連結を運んでいった。


それから、だいぶ歩いた先で、少しお腹が空いたのと、少しだけ疲れが出てきたので、民家を借りて、夕飯を食べ、空いてるベッドで休ませてもらった。


いつもより長く寝たような気がするのは、ひさびさに軟らかいベッドで寝られたせいかもしれない。体力も完全回復している実感があったので、庭の井戸水で手と顔を洗って朝ご飯を食べ、少し遠くの草むらでトイレを済ませてから、多分今日が最後の旅に出発した。


ほどなく、避難民でごった返している大きな村に到着した。ここが村人が多いので避難が遅れているという駅のある村だ。この混みようじゃ村を通り抜けるのは難しそうだから、迂回路はないだろうか。


見回してみたら村の外れの付近をぐるりと迂回しているらしい街道があって、そちらには誰もいなかったので、そちらに進んでみたら、大きく村を迂回することができた。


早く避難できるといいけど、たぶんアゼリアが来たからには蒼龍がこの村を襲うことはないと思うよ。みんな頑張ってね。避難の村人にエールを送る気持ちで、蒼龍が近づいている西村に向かって歩いて行った。


その後も、少し大きめな村をふたつ通り過ぎたけれど、両方の村は避難が完了しているのか、村人はひとりも見かけなかった。


そしていよいよ三つめの村に到着。ああ、この村が領界の守備隊の隊員が言っていた、そろそろ蒼龍に襲われそうな村か。でも西の方角を見ても蒼龍の姿は見えないから、どうやら僕達は間に合ったのかもしれない。


やっと目的を達成できたと思ったら、その場にへなへなと座り込んでしまった。


「長かった」


この十六日間の思いが全て詰まった、とっても重い言葉が僕の口からぽつりとこぼれた。泣きたいくらいの気持ちだったけれど、泣くことすら出来ないほどの安堵感に包まれていた。


それにしても長かったよ。十五泊十六日だよ。それを全部歩き通したんだからね。最後なんか山賊を連れて、倍に近い人数を運んだけれど、目的地が目の前と思ったから、歯を食いしばって頑張ったんだからね。


アゼリアのハグくらいのご褒美じゃ納得できないよ。……いや、ちょっと納得してもいいけど。


しばらく、達成した感動の余韻に浸っていた。このくらい感動を味わっていてもいいよね。まわりの時間は停止状態なんだし、好きなだけ味わっていたい。


でも、いつまでもこうしてもいられない。皆にも起きてもらわなきゃ。

さっそく半月ぶりにブレスレットを戻そう。あとの蒼龍討伐はみんなに任せて、僕はサリに頼んで、久しぶりに美味しいご飯を堪能したいな。


ブレスレットに手を伸ばしてから、ふと考えた。なんとなく、皆の恐怖の顔が気になる。

蒼龍だって、いきなり出てくるかもしれないから、できるだけゆっくりブレスレットの青いラインを回そうと考え、周囲を注意深く観察しながらゆっくり回しはじめた。


回すにつれて、止まっていた時間が動き出す。その瞬間、静止していた大八車の車輪が急に地面を噛み、反動で車体が前方に跳ね上がった。


あれっ、どうしたんだろう。さらに回すと、後ろの方から前方に向かって大きく跳ね上がるように持ち上がってきた。


これ以上は危ないので、大八車と荷車を押さえつけて地面に戻す。

しかし、しばらくすると再び車輪が地面を噛みはじめ、ゆっくりと持ち上がっていく。

押さえ込む動作を何度も繰り返しながら、慎重に青いラインを回していった。


全部回しきった瞬間、クラン員が一斉に悲鳴を上げた。

「ギャー」「ウォー」「オオオオ」など、色々な悲鳴。サリも「きゃーっ」と女の子らしい声を上げてアゼリアにしがみついている。けれど、アゼリアとエルヴィローネだけは「きゃはははは」と甲高い笑い声を響かせていた。


「うぉー、集団転移完了したのか!」


最初に大声を上げたのは長身のアルフェリードだった。他のメンバーは放心状態のように口をきくこともできないでいる。


少しの間だけ、誰もその場で動こうとしなかったけれど、ようやく落ち着いてきたのか、ひとりふたりと、大八車に縛り付けられていた紐を外して立ちあがった。


「私のテムリオちゃん、着いたの?」


アゼリアが、ちょっとだけ情けなさそうな声で聞いてきたので「着いたみたいだよ」と返事をした。


「こいつらは何だ?」


ヴァルッカが、ひとかたまりになって、縛られたまま、やっぱり放心状態になっている山賊を指さしたので、軽く答えた。


「ああ、途中で捕まえた山賊。押し込み強盗中だったのを捕まえたけど、どうしていいかわからなかったので、一緒に連れてきちゃった。」


サリの真似して、「てへ?」をつけておいた。


皆は放心状態で動くこともできないでいる山賊には全く興味がなさそうに、悲鳴を上げた理由を僕に教えてくれた。何でも大八車に乗った途端に大八車が飛ぶような勢いで街道を突っ走り始め、あまりの恐ろしさに悲鳴を上げてしまったのだとか。


ああ、そういうことか。完全に時間が止まるんじゃなくて、一日に一秒くらい進むから、皆はここまで十六秒間くらい、暴走する大八車の上に乗っていたわけで、ジェットコースターに乗ってるのと同じ状態だったわけだ。


女性はジェットコースターを怖がらないよね。アゼリアとエルヴィローネが楽しそうな顔をしていたはずだ。サリは楽しむ余裕がなかったみたいだけど。ほらまだわぁわぁ泣いてる。


だから目的地についてブレスレットの青いラインを戻したら、急ブレーキ状態になって大八車が跳ね上がったんだ。危なかったー。急いで戻していたら、皆どこかに吹っ飛んでいっちゃうところだったよ。


皆も揺れる大八車の上に縛られ続けていたけど、無事でよかった。

「お疲れ様でした。」

そう皆に笑いながら言ったけれど、本当に疲れたのは僕一人だけなんだけど。


みんなわかってるのだろうか。皆にとってはたったの十六秒間の出来事だから、わからないだろうな……。「集団転移」なんてチート能力は絶対にいらないよ。


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