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マジェスティア・アエラ ~希望したチートアイテムはレベル1から上がらない異世界でのんびり過ごせるブレスレットひとつだけ~  作者: 園之野希乃路


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100.集団転移なんてチートは絶対にいらない(4/5)

疲れた自覚はなかったけれど、目覚めると体がずいぶん軽くなっていた。一日中、四連の大八車を引いて歩き続けたんだから、疲れて当然だ。


それにしても10歳の回復力はすごい。23歳だった頃も体力には自信があったけれど、今思えば、けっこう無理してた気がする。


なにより違うのは、朝の目覚めの体調だ。元の世界では、運動の翌朝は節々が痛んで、柔軟体操でほぐすのが日課だった。肩こりはなかったけど、肩の筋肉は思った以上にこわばっていたのを覚えている。


でも今はそんなことは全くない。このまま勢いよくそのへんを走り回りたいほど体力が回復している。それで実際ちょっとだけ走ってブナの林の奥の方まで行ってみた。まあ、早い話、用を足したくなったんだけどね。スライムの皮も、いっぱい持ってきて良かった。家のトイレに入るまで、必需品だって全く気がつかなかった。


さてさっぱりしたので皆の所に戻ろうと振り返った瞬間、あぶなく自分が用を足したところに転んでしまいそうになるほど驚いた。


だって目の前に黄色に黒の縞模様の大きな哺乳類が普通にいるんだもの、これは驚くよ。時間停止状態で生き物の気配が感じられないから気がつかなかった。


悲鳴を上げないだけ勇敢だよ僕は。

……恐ろしさのあまり声も出せずに立ちすくんだだけなんだけど。


「これってトラじゃない?」


もっとも実際のトラを動物園で見た記憶がないから、知っていたのは、あの野球チームのマスコットと似ていたからかもしれない。


でもトラはどう猛な捕食動物だから、人間なんて美味しい餌にしか見えないはず。大八車の皆が襲われて大変な事になるんじゃない? みんな大八車に縛り付けてあって動けないんだから。どうしたらいいんだろう。


そう考えたのは一瞬だけ。まわりの時間が停止していることに、いつになっても脳がついていっていないみたい。追いかけてくるわけじゃないんだから、放置しておいても全く困らないんだよね。


かなり怖いけど、試しに背中をなでてみたら、想像以上に硬い毛でゴワゴワしてる。

ダガーでちょっとつついてみようかなと、腰に手をやって、あわててやめた。ゴブリンを、ちょっと叩いたら砂になってしまったトラウマを思い出したから。トラウマを増やしてどうするの。トラは放置して、皆の所に戻った。


聞いてくれてるわけじゃないけれど、皆の近くに腰を下ろすと、少し向こうでトラを見かけたって話をしながら、家から持ってきたパンに、少しだけ台所から持ってきたラズベリージャムをつけて朝ご飯を食べ始めた。


飲み物が水だけというのもさみしいな。毎朝お母さんは牛乳を出してくれた。牛乳が飲みたい……。


あれっ?

どうしたんだろう、何だか寂しさのあまり涙がこぼれてしまった。

だってさ、僕が一所懸命に、驚くような話題を見つけてきて話しても、八人もいるのに、だれも相槌すら打ってくれないんだよ。


サリでさえ、お馬鹿さんみたいな反応をしてくれない。それどころか、さっき顔を覗いてみたら、恐怖に怯えているような顔で固まってた。あれはどうしてなんだろう。


元の世界じゃ就職してすぐに一人暮らしを始めたので、話相手が誰もいない朝なんて普通のことだったのに、この異世界に転生してからは、ほとんど毎日、朝ご飯の時間には笑顔の絶えない家族がそばにいて賑やかだったり、出先で迎えた朝でも、宿の女将さんの豪快な笑い声が聞こえていたり、クランのメンバーの、メチャクチャいい加減な話で盛り上がっていたり、いつでも賑やかな朝になっていて、今ではそれが普通の生活になっていた。


でも今は誰も何も話をしてくれない。人間が口まねしているみたいに「ぴいぴい」と鳴く鳥の鳴き声も、森の中から聞こえてくる狼の遠吠えも、小川のせせらぎの音すら聞こえてこない。


僕はそういう静かな生活が望みのはずだったけれど、実際にそうなってみたら、こんなにも耐えがたいなんて。「のんびり過ごすことができる」というこのチートアイテムの能力って、案外つまらないものなのかもしれないな。


ラズベリージャムの酸っぱい甘さが、やけに胸に染みてくる。

何も言わずにまたパンをかじると、僕はこんな感傷的な男じゃないはずなのに、ふたたび、涙がぽろりと落ちた。あまりに静かすぎて、僕の気持ちだけがどこかに置いてけぼりだった。


パンを食べ終えると、深呼吸してから、立ち上がった。

「さて、出発しようか」

自分にだけ聞こえる声で言って、大八車の取っ手をつかんだ。


どのくらい歩いただろう、時々ポツンポツンと現れる集落のひとつに到着した。駅馬車のルートじゃないので駅はなかったけれど、馬屋があって、旅の商人の荷馬車のようなのが置いてあったから、そこそこ繁盛している宿場町みたいだ。


通りのど真ん中に大八車を放置して、お店を探した。そろそろ食料が尽きるから、買い出ししなきゃ。もっともお店の人と話ができるわけじゃないので、欲しいものがあったら、その場所に代金を置いて勝手に持って帰るだけ。


元の世界で、趣味の軽登山で田舎に行くと野菜などを無人販売で売っているところがあって、料金箱にお金を入れてトマトを一袋もらい、途中の渓流で洗って、山頂で丸かじりすると、とても旨かったのを思い出す。


しばらくして小さな市場を見つけた。食べ物もたくさん売られていて、これはラッキーだったかも。いままでの小さな集落じゃ、こういう市場はなかったので、あきらめて通り過ぎていたからね。


腰のダガーは、僕にとってはただの包丁なので、これを使って、野菜でも果物でも肉でも簡単に調理するんだ。早速そのままでもサラダにして美味しそうな野菜をいくつか買った。


野菜でも果物でも、小皿に高く積まれて、ひと山いくらで売られている。おおよその相場感覚は身についたので、値札がなくても「ああこの一山が1Gって意味だね」とだいたいわかるようになっていた。


正確な値段を聞けないので、大体これが相場かなと思う金額の倍額を入れておいた。不公平にならないよう値札があった場合もその倍額を払った。


お肉屋さんでは、豚肉を縛って茹で上げたみたいな、チャーシューかローストポークのような塊があったので、これは少し多めに買った。吊ってあるウインナーが美味しそうだったのでこちらも少し買っておいた。


お肉屋さんは量り売りだったので、自分で量ってお金を払った。棒天秤はかりなんて初めて使ったけれど、反対側に分銅を吊るして量るのって、けっこう難しい。


パン屋さんでは値札があって助かった。だって僕が予想した半分くらいの値段だったからね。


計算した代金を、ちょうどいい額に繰り上げてパンが置いてあった場所に置いた。だっておつりがもらえないんだからしょうがない。払う代金は全部切り上げ計算だよ。太っ腹だね、僕は。


必要な食料はそろったので、大八車に戻って買った物を縛り付けると、家から持ってきたパンの残りと、先ほどの肉屋で買ったウィンナーを一切れ持って、目の前の居酒屋の空いてる席で食べた。


カウンターの向こうにミックスジュースの瓶があったので、適当に多めの代金を払って一杯飲ませてもらった。


「ああ、甘くて美味しいな。気分が滅入っているときは、こういう飲み物がいいね。」


食べ物が調達できて、お腹もいっぱいになったので、気分転換にこの集落の見物を兼ねて、集落の名前を探すことにした。名前がわかれば、地図で探して、いまどのあたりにいるのか確認できるからね。


でも誰かに聞くというのができないので、自分で探すのは予想以上に大変だった。

駅馬車が通るところなら、大抵、集落の入り口にウェルカム看板が建っているけれど、いまのところそういう看板のある集落には一度も出合っていない。


感覚がつかめないから、一体自分がどの辺りを歩いているのかさっぱりわからないので、位置特定はどうしてもしておきたい。ここまで七回寝ているから、七泊八日の旅をしていることになる。位置がわかれば、そこから計算してあと何泊で目的地に着くのかもおおよそわかるからね。僕の士気に関わることなので、何としてもこの集落の名前を探そう。


食事した居酒屋は二階が宿泊施設になっている。たいていそういう宿は集落の名前が宿の名前になってるのだけれど看板はなかった。


集落の中に役所のような施設はないのかなと探してみたけれど、そういうのは見当たらなかった。役所なら書類をちょっと覗かせてもらえばわかると思ったのに。


大きな地主が集落を仕切っていて、そういう対応は地主の家でやってるなんて集落もありそうだから、必ずしも領都の出張所みたいなのがあるとは限らない。


とうとう、ここが何という村なのかわからなかった。


どうしよう、このまま西に進んでいっていいのだろうか。目印の地点に向かっていると思っていたのが、少しずつどっちかにずれていて、気がついたらまったく違う場所に来てました、なんてことになったら困るな。


でも今はどうすることもできない。西に向かっている街道が、正しいと信じてひたすら西に移動するしかない。


どうせ間違っていたことに気づいたら、時間は進まないんだから、正しい道に戻ればいいだけ。僕が大変な思いをするだけなんだから誰にも文句は言われないだろう……。


ちょっと情けない気分だけれど、それでいいやということにして、このまま進むことにした。


そこからは、また同じような景色の繰り返しだった。これはいいと思えたのは、ずっと天気が安定していたことだ。時間は止まっているのと一緒だから、天気が良ければずっといい。雨ならずっと雨だったので、天気が良かったのはずいぶんと助かった。


そうやって食べて寝て引いての繰り返しが何日も繰り返した後、小川が流れる川沿いの道に出た。地図を広げたけれど、こんな小さな川は何処にも書かれていなかった。


とりあえず、みんなを道ばたに残して、全裸になって川の中で行水をした。


川の水は流れていなくて、川の中に入ると柔らかいゼリー状で、振り返ると通ってきた川の中の水が左右にどいて通路ができている。水の中なのに、ゼリーの中のようであまり気持ちいい感じがしない。へんなの。


持ってきたタオル状の布で全身をこすって、沐浴っぽいことをしてから川からあがった。


さてここからは楽しみな時間だ。服を着ながら、少しだけワクワクしていた。なぜならこの河原でバーベキューもどきをやろうって計画してたから。


よく燃えそうな燃し木や、お肉や野菜を載せる網も、あの市場で買ってきてたんだよね。


小石をかまどっぽく並べて、そこに燃し木を置いて、その上に網を置くと、早速マッチを擦って火をおこすことにした。


シュッシュッと、マッチを擦った。

「あれ?」

もう一度シュッシュッとやってみた。でも、いくら擦ってもマッチは燃え出さない。


どうしたんだろう、湿気たのかな。でも湿気た感触はないんだけどな。


「あっつい!」


どうしたんだろうと思ってマッチの先端を触ってみたら、もの凄い熱さで指先をやけどしてしまった。火は付いてる。ということは……


「火も時間停止して燃えないんだ!」


とんでもないことに気がついて、ぼう然としてしまった。


「うわーっ、これどうしたらいいんだろう。ワクワクした気持ちを返してセシルフォリアさん。これじゃ、ちっとものんびり過ごせないよ。」


つまり火が付かないんじゃなくて、マッチを擦ってから火が付くまでの時間が長すぎて、今の僕には火は役に立たないってことだよ。


一日がだいたい一秒だって言ってたから、擦ってから火が付くまで三日くらいはかかるってことじゃない!


しばらくして気を取り直すと、「マッチはこのあと燃え出すんだから、危ないので川の中に捨てておこう」などとつぶやきながら、肉の塊の紐を外し、ダガーでスライスしながら火のない網の上に並べていった。


野菜もいくつか網の上に並べ、こういうときに歌う何か歌があったような気がするけど、などといいつつ、変な作り歌を歌って、バーベキューっぽい雰囲気を出し、火のない網に乗ったお肉を食べ始めた。


それからもまた、同じ景色の連続の日が続いて、ついに十四泊目になってしまった。二週間だよ。いくら何でも、まだ到着しないっておかしくない?


やがて、今まで見た集落と、どこも違わない、ありふれた集落が目の前に現れた。ここは少し大きめな集落だけれど、どうせまた村の名前は何処にも書かれていないんだろうから素通りしようかな。


集落が途切れるあたりまで歩いていったら、そこには広い墓地があった。

「あっ、あった。」

ちょっと豪華そうな、円墳みたいなお墓があったので、近づいてみたら、この村の村長の家のお墓らしく、板状の石碑に村の名前が刻まれて、そこの村長だったと書かれてあった。


「なんだ、村の名前は、お墓で調べればよかったんだ。盲点だったなぁ。」


早速持ってきた地図をお墓の前で広げて、探してみたら、確かに小さな字だったけれど、この村の名前が地図の西のはずれのほうに書かれていた。


「うわっ、バツ印のすぐ近くじゃない! もうすぐゴールだよ。」


驚いた。まさかゴール地点のすぐ近くまで来ていたとは。そうはいっても全体の十分の一くらいの距離は残っているけど、この距離なら遅くてもあと二日で到着できる距離だ。


僕は感謝の気持ちを込めて、神殿で家族がやっていたのと同じ方法で、墓参りの挨拶をしてから、大八車の所に戻った。


「みんなもうじき到着だよ」


聞こえないかもしれないけれど、皆にもちゃんと報告したかった。こんなに長いこと、狭い大八車の上で、本当によく我慢してくれた。ああ、長い時間と感じるのは僕だけだった。でも、そう言いたかった。だって普通は最悪だよ。半月も大八車に縛り付けられたまま旅をするなんて。


ひとりひとりの顔を覗いたら、なぜかみんなサリみたいに恐怖の顔をしてる。どうしたんだろう。アゼリアとエルヴィローネの二人だけは、逆にとても楽しそうな顔だ。最初からみんなこんな顔してたっけ?


サリなんか、隣に縛りつけてあるアゼリアにしがみついてるよ。

でも布団の下などを念のために確認してみたけれど、特に異常はなさそうなので、首をかしげながらも、出発することにした。


こういうときに、話ができれば「どうしたの体調が悪い?」って聞けるのに。生まれたばかりの幼児が、なんで火がついたように泣いているのかわからずにオロオロしてる、新米お母さんの気持ちがわかったような気がする。


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