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【付録】 交換日記

 5月5日 森


 今⽇は、夫は、仕事は休みだ。でも、休みの⽇と⾔えども、休んでばかりは、いられないようで、ずっとパソコンに向かって、仕事をしている。


 あまり無理は、してほしくないのだが、私のために頑張ってくれていることが、わかっているだけに、余計な⼝出しができず、もどかしい。


 でも私には唯⼀、彼のためにできることがある……。





 実は私たちは、半年前に結婚したばかりの、新婚ほやほやである。夫とは、⼤学時代のバイト先である、個別指導塾で知り合った。


 同い年であるのだが、とある事情で私は留年し、夫とは学年が⼀つずれていた。


 そこで、夫がプログラマーとして、先に社会⼈になり、私の卒業に合わせて、彼がプロポーズをしてきたのだ。


 そして、1年後、結婚式をり⾏い、現在に⾄るわけである。


 私たちは、2⼈とも、軽い「こころの病」を患っており、2⼈とも、服薬しながら⽣活をしている。


 2⼈が「こころの病」にかかったきっかけは、私がやらかした、ある⼤事件なのだが、今となっては、あまりにも恥ずかしすぎて、他⼈(ひと)には⾔えない。


 みなさんのご想像に、お任せすることにしよう。





 さて、夫には、⼤好物のお菓⼦がある。それは、「ビターチョコクッキー」。もはや、中毒と⾔っていいレベルで、⾃分でも作るのだ。あんまり上⼿ではないんだけどね。


 でも、「ビターチョコクッキー」は、私たちを結び付けてくれた「キューピッド」でもある。


 ⼤学1回⽣の時の、ホワイトデーに夫がくれたのが、タッパーに⼊った、でこぼこの「ビターチョコクッキー」だった。


 夫が社会⼈になり、忙しくなった今となっては、「ビターチョコクッキー」は、圧倒的に私が作ることのほうが、多くなった。


 夫は、過労のため、たまに⼤きな「うつ状態」になって、寝込んでしまうことがある。そんなときも、夫は薬よりも、「ビターチョコクッキー」を欲しがるのだ。





 私は、書斎でパソコンに向かう夫の⼿元に、そっと「ビターチョコクッキー」を置く。これが、私に唯⼀できることである。


 夫は、こちらをふっと⾒て、またすぐに、パソコンの⽅に目をやる。私は何も⾔わずに振り返り、⼼のなかで、そっとつぶやく……。


「もう、相変わらず《素っ気ない》んだから。」





 5月6日 北川


 今⽇は、クラシック⾳楽のコンサートに⾏ってきた。前々から、楽しみにしていたコンサートで、チケットはもう半年も前に取っていた。


 演目はモツナベアルトの交響曲第3番「絶望」と、ゲテモノスキーのヴァイオリン協奏曲だ。


 演奏は、トシヤン指揮、ガブリンフィルハーモニー管弦楽団、ヴァイオリンは、⽇本⼈超⼀流ヴァイオリニストの⾼瀬次郎である。




 と、こうやって並べ⽴てても、みなさん、ちんぷんかんぷんかもしれないわね。ともかくも、超⼀流の演奏者が、超⼤作を演奏するのである。


 当然、チケット代は、目の⽟が⾶び出るくらいのものだったのだが、3年間貯めていた貯⾦をはたいて、思い切って買ったのだ。


 それくらい、実は私は、⼤のクラシック⾳楽好きなのである。




 会場は、ザ・ポリフォニーホール。もちろん、超⼀流のコンサートホールなのだが、幸いなことに、うちからは、そんなに遠くない距離にあるので助かった。


 ホールに着いた私は、中に⼊り、⾃分の座席を探す。すると、そばにいた案内係が、詳しく教えてくれたので、座席はすんなり⾒つかった。


 開演5分前。私は携帯の電源を切り、バッグにしまう。⼊り⼝でもらったプログラムに、ざっと目を通す。そして開演のブザーが鳴り、ライトが落ちた。





 演奏は圧巻だった。さすがは何もかもが超⼀流。⼗分、3年分の貯⾦に値する。私は、頭にまだ響いている演奏に、こころを傾けながら、帰路に着いた。





 5月7日 林


 すみません。どうしても⽇記を書く時間が、取れそうにないので、今⽇は少し前に書いた⽇記を、アップさせていただきます。





 今⽇は、僕の⼈⽣初の、ラジオ出演だった。実は少し前に、僕は北川美⾹さんという、ラジオパーソナリティと出会っている。


 彼⼥は僕と同じく「双極性障害」を患っていて、2⼈は出会うや否や、すっかり意気投合してしまったのである。


 僕らはそのまま、僕の⾏きつけのカフェに⼊り、話を続けるが、⼀向に話が尽きる気配がない。そこで、彼⼥はこんな提案をしてきた。


「私の番組に出演なさいませんか?」


 僕は少しためらったが、彼⼥の熱意に負けて、引き受けることにした。僕に、収録⽇時と待ち合わせ場所を告げた彼⼥は、⼤喜びではしゃいで帰っていった。




 そして、今⽇が、その本番当⽇だったわけである。最初は楽屋で待たされたが、間もなくブースに案内された。


 そして、番組はスタート。北川さんの番組は「こころのダイアローグ」という番組名で、毎回「こころ」に関連したゲストを迎えて、対談をするのだという。


 したがって、今⽇は、作家としての僕が呼ばれたのではなく、あくまで「精神障がい者」としての僕に、御⽤があったのである。


 もっとも、話の中には当然、作家としての話も出てきた。


 そして、番組もたけなわというところで、驚いたことに、彼⼥はいきなり「⼈⽣相談」を持ち掛けてきたのだ。


 なんでも、仕事は充実していて、満⾜しているが、友達ができなくて、困っているらしい。僕は喜んで、相談に乗って差し上げた。





 収録後は、打ち上げとして、例の⾏きつけのカフェに向かった。途中の⼣映えが、なんとも美しく感動的だった。


 カフェでは僕はアイスコーヒーを、彼⼥はホットカフェラテを頼んでいた。


 彼⼥は⼤変ラテが好きなようで、その余韻よいんひたっているかのようだった。


 カフェでは、また話が盛り上がってしまい、夜もかなりけてきたので、頃合いをみてお開きとした。この感じだと、また出演依頼が来そうな感じだ。





 5月8日 桝井


 今⽇は、実にたまげた! なんと、うちの社⻑が、俺にコクってきたのだ。なんでも、俺が、


「有能でありながら、どうしようもない弱点を持っている」


 というところに、かれたらしい。


 俺の弱点というのは、「こころの病」を患っているがゆえに、メンタル⾯が非常に弱いことである。これまで、そのせいで、何度も⽋勤・遅刻・早退を繰り返してきた。


 でも、ある時、なんか、同僚のみんなにおだてられて、⽕がついてしまって。おかげで最近は、おおむね出勤できている。


 それにしても、普通、社⻑が社員にコクるか! もちろん、気持ちはすごくうれしいけど、ほかの社員の建前、付き合っても⼤丈夫なんだろうか?


 しかも、社⻑、俺のために、サイトの運営を⼿放すって、⾔いだすし。本当は、サイトは俺に継いでほしいんだけど、そうすると、またメンタル⾯を崩すからって。


 俺は、それはダメだ! ってはっきり⾔った。メンタル⾯は、キミのために克服してみせる! なんて、かっこつけてしまった。


 しかし、社⻑が⾔うことももっともだ。果たして俺は、メンタル⾯を克服なんて、できるのだろうか? 可能性としては、確かに低い。ならば、どうするか。


 社⻑業を継ぐという形ではなく、仕事上の関係としては、あくまで現状維持にしておいて、


 恋⼈としての関係だけ、周囲に祝福してもらえるように、持っていったらいいのかもしれない。


 そのためには、どちらにしても、前のような⽋勤・遅刻・早退の、「ヘタレ三昧ざんまい」になっていたらダメだよな。


 まぁ、今回は⼤切な⼈のためっていうのが、できたわけだから、⼤丈夫か。そう簡単にメンタル⾯を、崩すことはないだろう。


 それに社⻑は、俺に「ダメなところがあるから好き」だと、⾔ってくれているわけだから、そんなにパーフェクトを、目指さなくてもいいんだな。


 周りのことはなんとかなるさ。





 5月12日 藤井


 みなさん、こんにちは!


 この交換⽇記のことが決まったとき、あたしは、仕事をお休みできませんでしたので、ミーティングには出席できませんでした。


 でも、あたしのいない間に、こんな素晴らしい企画が⽣まれていたなんて。⽉に2回のミーティングだけでは、物⾜りないと思っていたんですよね。


 でも、これ以上、みんなで都合をつけて、集まろうと思ったらなかなか⼤変。この交換⽇記なら、いつでもみんなに会えますよね。


 それから、なんでも、新しい⽅が⼊って来られたらしいですね。北川さんとおっしゃるのですね。あたしは藤井百海、28歳です。よろしくお願いします!




 さて、最初ですので、北川さんのために、⾃⼰紹介をします。ほかのみなさんも、改めて、あたしのプロフィールを思い出していただけたらと思います。


 あたしは、ある居酒屋で働いています。勤続は4年です。「障がい者雇⽤」で働かせていただいています。


 患っている病気は、「○○脳機能障害」という難しい名前の病気で、あたし⾃⾝も詳しいことはわかりません。


 その居酒屋には、お客として、もう何年も前から通っていて、常連だったんです。で、⼤将夫婦と仲良くなって、よく⼀緒に遊びに出かけたりしていました。


 そんなあるとき、あたし、お⾦にすごく困っていて、カウンターで求⼈情報誌をめくっていたのですけど、


 それを⾒ておられた⼤将が、あたしを勧誘して、雇ってくださったんです。それがあたしの突然の就職のいきさつでした。


 あれからもう4年。あたしもすっかり、居酒屋のお姉さんとして板についています。


 途中で⼤将の交代があって、初代⼤将の後を引き継がれたのが、現⼤将の2代目です。


 2代目は、あたしを雇ってくださった初代⼤将の息⼦さんですが、この⽅も、あたしのことを、非常に気にかけてくださっています。


 毎⽇、仕事のしやすい環境を整えてくださるので、あたしとしてはもう、毎⽇が楽しくて仕⽅ありません。できたら、⼀⽣ここで働きたいですね!




 さて、仕事⾯の⾃⼰紹介はこんな感じですが、プライベートはどうかといいますと、まず、彼⽒はいません(笑)!


 うーん、今、あたしは「仕事⼀筋」ですんで、彼⽒を作っている暇がないんですよね。


 え? いい年して⾏き遅れるよ、ですって? ほっといてください(笑)! あたし、お酒と仕事があれば、⼀⽣独⾝でもいいです!


 そうそう、お酒と⾔えば、あたしのプライベートの最⾼の楽しみは、⾃分の部屋で、⼤好きな⾳楽を聴きながら、⼤好きなお酒を飲むこと。


 それさえできたら、あとはなにも要りません!


 あ、でもみんなとは、⼀緒に過ごしたいですよ。それもすごく楽しみにしています!


 次のミーティングで会えるのが楽しみです!


 以上、のん兵衛の藤井百海でしたぁ!





 5月13日 牧口


 今⽇は、ある⼤学の学⽣に向けて、講演をした。講演といっても、通信制の⼤学であるため、オンラインによるテレ講演だった。


 この講演依頼は、うちのセミナー講師派遣事務所の所⻑を通して、いただいたものである。


 私が「理解啓発もの」の講演を得意としているため、特別に、仕事を取ってきてくださったのだ。





 ここで、私の「こころ」の状況について、触れておこう。私は特に今、⼤きな障がいがあるわけではないが、20年間の引きこもり経験者なのである。


 勤めていた精⾁⼯場で、パワーハラスメントを受けてしまったのがきっかけだ。したがって、私の病名は⼀応、「⾃閉症」ということになる。





 話を戻すが、私は、所⻑の思いにこたえるため、原稿作成に、多⼤な時間と労⼒をかけた。おかげで、今回は⾃分では、最⾼傑作とも⾔える原稿に、仕上がった。


 さて、朝、起きて、私はすぐさま、原稿の最終チェックを⾏った。よし、特に問題はない。あとは本番あるのみ。


 そして、朝⾷を済ませた私は、テレ講演の準備を始めた。


 こういう状況を予想して、いつでもテレ講演ができるように、ウェブカメラをはじめとする機器は、あらかじめ購⼊してあった。


 しかし、私はキカイ⾳痴であるため、機器の使い⽅は、前もって桝井さんに伝授していただいていた。


 私は、それらの機器をセッティング、微調整をして、⼤学側からのコンタクトを待った。


 そして、まもなくコンタクトがあり、お互いの送受信状況を確認したうえで、講演を始めた。


 講演は⼤成功だった。学⽣の中には、私の話を聴いて涙する者までいた。後⽇には、きっと所⻑のもとにも、朗報が届くだろう。

 









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