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【第125回】 分かち合いのトーク

「さて、今⽇も、ウォーミングアップから始めましょうか。今⽇は好きな⾷べ物について、簡単にお話しいただきましょう。順番は僕から時計回りで⾏きます。」


 私が、この「センチMENTALクラブ」に所属し、ミーティングに参加するようになって、もう1年近くになる。


 このかん、だいたい⽉2回のペースで、ミーティングが開催され、みんなと様々なことを、話し合ってきた。


 私は、もうすっかり、みんなと打ち解けている。きずなも深くなり、⼀緒にいろんなことをやってきた。


 今⽇は、出席者が少なめである。百海ちゃんと牧⼝さんがお休みだ。


 百海ちゃんは、相変わらず仕事⼀筋だから、仕事を休むのが下⼿なのよね。


 牧⼝さんはなんか、今、講演依頼が殺到しておられるとかで、⼤変らしいわ。





 そうそう、私、あれから「当たって砕けろ!」をどんどん実⾏して、メンバー全員と、連絡先交換をさせていただいたのよ。


 メンバーとは主に、例のSNSアプリ「サイン」でやり取りをさせていただいている。


 このアプリは、メッセージのやり取りだけでなく、⾳声通話やビデオ通話もできるから、これ⼀つで⼗分なのよね。





 て、こんなことを考えていたら、みんなの話、全然聞いてなかった……。しまった。そして、もう私の番が回ってきた。今⽇は、私が⼀番最後なのだ。


「えっと、私の好きな⾷べ物は、ベタですが、カレーライスですね。しかも、お店のカレーよりも、レトルトカレーにってましてね。


 うちのキッチンは、レトルトカレーであふれかえってます。以上です。」


 パチパチパチ。





「ありがとうございます。では、今⽇の議題に、移りたいところなんですが、今⽇は、⼈数が少なめですので、決め事はやめておきます。


 代わりに《分かち合いのトーク》の時間にします。」


「分かち合いのトーク」は、私たちのミーティングではもう、おなじみのコーナーだ。


 たいていの場合、誰かひとりの悩み相談となることが多く、その⼈の気持ちを、みんなで分かち合おう、という感じである。


 今⽇は、誰の相談に乗ることになるのだろう。


「あの。」


 と、森さんが切りだされた。


「実は、私、今、家計のことで、非常に悩んでいまして。この《分かち合いのトーク》で、テーマとして、取り上げていただけませんでしょうか?」


「なるほど。みなさん、いかがですか?」


 私も桝井さんも、うんうんうなずいた。お⾦の問題は、私もいっつも切実だから、ちょうどいいかもね。


「みなさん、賛成のようですね。では、家計をテーマとして、森さんのお悩みをお聴きして、話を進めていきましょう。


 それでは、森さん、詳しくお話しいただけますか?」


「はい。実は、今回の悩みは、単に家計にとどまるものではないのです。


 夫は、《こころの病》を抱えつつ、プログラマーの仕事をしていますが、かなり過酷な仕事でして。休みの⽇も⼀⽇中、パソコンに向かっている有様でして。」


「なるほど、でもそれでしたら、稼ぎは⼗分におありなのではありませんか? 家計が苦しくなられる理由が、よくわからないのですが。」


 と桝井さん。確かに。旦那さんが、そこまで無理なさって、働いておられて、家計が苦しくなられるのなら、原因は別にあると考えるべきよね。


「普通はおっしゃる通りです。ところが、夫は、過酷な労働のストレスから、ギャンブルに⼿を出してしまったんです。


 今はまだ、家計が破綻はたんするレベルではありませんが、このままいくといずれは……。」


「なるほど。」


 そういうことか。私が想像していたのとは、だいぶ違うわね。でも、そういうことなら、節約とか副収⼊とかで、解決できる問題ではないわね。


 そう思ったのでそれを、森さんにお告げすると……。


「そうなんです。ギャンブルをやめさせればいいだけだ、ということはわかっているんです。


 でも、その元は仕事のストレスですので、ギャンブルをやめさせるには、仕事もやめさせなければならない。そうしたら私たちは、路頭をさまようことになる。」


 うーん。まさに、⼋⽅ふさがりってわけね。どうしたらいいんだろう。


 すると、それまで黙っておられた林先⽣が話し出される。


「ゼロか百かではなく、中間を取ることはできませんか? ご主⼈のお仕事を、半分に減らすことはできませんか?」


「はい、それも夫に提案してみましたが、夫は、そんなことをしたら⾷べていけなくなるだろう、と⾔って聞きません。」


「なるほど。」


 完全に、悪循環になっておられるわけね。なんとかならないかしら。私には名案はないわね。桝井さんはどうだろう。


 と、またもや、隣の桝井さんは、カタカタキーボードを叩いているではないか! こんな時に何をしているの! プログラムなんて、何の役にも⽴たないでしょ!


 すると、桝井さんは、


「森さん、今ちょっといろいろ調べてみました。」


 なんだ、調べものをしていたのか。


「その状況を打開する策が、⼀つだけあるかもしれません。念のために確認しますが、今、ご家庭のご収⼊源は、旦那さんのご収⼊のみなんですよね?」


「はい、そうです。」


「それから、変なことをお訊きしますが、各種年金保険料は、これまでずっと⽀払って来られましたか?」


「はい、2⼈とも、ひと⽉も⽋かしておりません。」


 なるほど。あれか。あれがあれば、確かに何とかなるかもしれない。


「林先⽣と北川さんは、すでにご存じ、あるいは、すでにご利⽤なさっておられるかと思いますが、《障害年⾦》という制度が、世の中にはあるのです。


 そんなに⾼額をもらえるわけではありませんが、ないよりはかなりよいはずです。」


「《障害年⾦》ですか。」


「はい。⼿続きと取得までがかなり⼤変ですが、受給できるようになれば、かなり負担が減るはずです。それから……。」


「それから?」


 ん? 障害年⾦だけじゃだめなのかな?


「それから、旦那さんのお仕事の⽅ですが、もうその会社に、おしがみつきにならなくても、よくなるかもしれません。」


「と申しますと?」


「《就労継続支援A型事業所》というのがありましてね。そこでは、普通にお給料がいただけながら、障がいに対しても、ある程度、配慮していただけるんです。


 確か、林先⽣も昔、利⽤しておられたのでは?」


「そうです。よくご存じで。では、ここからは、僕が代弁しましょう。


《A型事業所》は、さすがに、プログラマーの仕事はなかなかないと思いますが、パソコンのスキルを活かせる仕事は、結構あります。


 ただ、労働時間があまり⻑くはありませんので、お給料もそんなに多くはないのです。そこで、桝井君が提案したいのは、おそらく……?」


「そうです、お察しの通りです。森さん、あなたも《A型事業所》で働くのです。


《A型事業所》の仕事は、もちろん⼥性の⽅でもできますし、よくお探しになれば、いろんな仕事がありますので、俺は是非お勧めします。


 お2⼈で《障害年⾦》をお受けになり、お2⼈で《A型事業所》でお働きになれば、かなり余裕のある⽣活が、おできになると思うのですが、いかがですか?」


 なーるーほーどー! この2⼈はやっぱすごいわ。よくそんなことを考え付く。


 森さんは何やら考え込んでおられる様⼦。それはそうね。⼈⽣をガラッと変えてしまう決断をなさらないといけないんだから。


 それに、それを旦那さんに、どう説得なさるかっていう問題もあるわね。


 そう思った私は、桝井さんに訊いてみた。


「桝井さん、森さんが決断おできになったとしても、旦那さんはすんなりうんっておっしゃいますかね?」


「それは、簡単にはいかないだろうな。だから、そこに関しても、ちゃんと⼿は考えてある。」


「え?」


「旦那さんをここへお連れするんだ。あるいは、俺たちが旦那さんのところを訪ねてもいい。6⼈全員で、時間をかけて説得するんだ。」


 なーるーほーどー。こいつ、何枚も上⼿(うわて)だわ。勝てないわ。


「でも、私のために、皆さんのお⼿をわずらわせてしまってよろしいんですか?」


 と、森さん。桝井さんは、


「何を⽔臭いことをおっしゃってるんですか。俺たちの仲でしょう。北川さんも⼀緒だよな?」


「あ、はい。」


「林先⽣も。」


「もちろんです。」


「そして、ここにいない2⼈もきっと同じはずです。だから、遠慮なく俺たちを頼ってください。」


 森さんは⼤声をあげて、泣き出してしまわれた。私ももらい泣きをしてしまったが、男2⼈はさすがに泣かないわね。


「ありがとうございます! ⽇程は、有休を取らせるなりして、都合をつけて、夫を引っ張り出してきます。それくらいはさせてください。」


「わかりました。では、このミーティングに、旦那さんをお迎えしてみんなで説得しましょう。」


 と林先⽣。


「さあ、今⽇はもうお開きにしましょう。森さんは、早くお帰りになって、旦那さんのお帰りをお待ちください。」


「わかりました!」




 こうして、今⽇の「分かち合いのトーク」、およびミーティングは終わりを迎えた。


 私は、実は、「センチMENTALミーティング」のコーナーの中では、この「分かち合いのトーク」が⼀番好きだ。⼀番、みんなとの⼀体感を感じられるからだ。


 私は、分かち合いの感動を胸に、カフェを後にした。




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