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1大地よ、かの者に祝福を。



「門を破壊せよ!」

「杖を捨てろ!」

「降伏するのだ!」


 怒号と混乱の中、ヒストリアはただ静かに瞼を下ろしていた。

 足元には事切れたこの国の王──夫が横たわっている。小一時間ほど前、彼はヒストリアの前で死んだ。


 魔法大国『アロージア』の王として君臨していた男であったが、今は身につける豪奢な衣装以外にそれを判別できるものはない。


「哀れなものね」


 萎れた花のように枯れ落ちた姿。

 長く続いた圧政の末、国民に反乱を起こされた男の終わりは、こんなにも呆気ないのかとヒストリアは思わず嘲笑する。


「包囲せよ!」


 ついに玉座の間と扉が破壊された。再び瞼を開けたヒストリアは、薄紫の瞳でゆっくりと確認する。

 同時になだれ込んで来たのは、アロージア革命軍と、隣の帝国『リヴァイアス』の援軍だ。



「裏切り公女、ヒストリア……!」



 誰かがヒストリアの姿を目にして言った。

 怒気を孕んだ声音は、リヴァイアス帝国軍のものである。


 そしてその場の全員の視線が、無言を貫くヒストリアの足元に注がれる。


 もしや、と。

 周囲に動揺が広がる中、黒髪の男が前に出た。

 手には煌々と輝きを放つ剣が握られており、無感情だったヒストリアの瞳がほんのりと揺れた。


「我が名は、シュバルツ・ガリレイ・リヴァイアス。この国を、救済に来た。これ以上の無益な抵抗は止めていただきたい、ヒストリア妃」

「…………」


 ヒストリアは両手を後頭部に持っていき、そっと身を低くした。


 その男──リヴァイアス帝国皇帝・シュバルツは、この状況下で素知らぬ顔をするヒストリアの様子に眉をひそめた。

 

「王妃。その横たわっている者は?」

「エルダン王でございます」


 さらりと答えたヒストリアに、周囲に動揺が広がった。


「王は、死んだのか」

「ええ。つい先ほど、聖天へと召されました」

「白々しいなにが聖天だ! 裏切り者の貴様も、王も、魂の堕ちる先は獄界に決まっている!!」


 ふたりの問答に割り込んだ帝国兵士は憤った。


 シュバルツはそれを片手で制止し、ゆっくりとエルダン王の亡骸に近づいた。青白い首筋に手を置くと、確実に息の根が止まっていることを確認する。瞬間、目にも止まらぬ早さでシュバルツの淡光を纏う剣の切っ先がヒストリアの喉元を捉えた。


「選べ、ヒストリア妃。貴殿に残された道は二つ。今ここで聖なる剣の裁きを受けるか、降伏を宣言した後に赦しを──」

「今ここで、裁きを受けます」


 言い切ったヒストリアの顔に迷いはなかった。

 包囲する兵士らからも思わず戸惑いの声がもれる。


 一切の命乞いもせず、死を簡単に受け入れ、自分から生の終わりを告げたヒストリア。

 それは精霊を信仰し、彼らの祝福を受けた聖者が集う国・聖リヴァイアス帝国の教えに反していたからである。


「なぜだ」

「自死では、我が祖国の教えを完全に冒涜してしまいますから」

「審議に立たず、この瞬間に命を放棄することは冒涜にならないのか」

「…………」

「そこまでして、その男と添い遂げたいと願うのか」


 口を閉ざしたヒストリアに、シュバルツは一瞬だけ苛立だしげな言葉をこぼした。


 ほんのりと見え隠れしたシュバルツの複雑な感情。すぐさまシュバルツはハッとした面持ちで唇を引き結んだ。彼自身も、今の自分の発言に困惑しているようだった。

 

 ヒストリアは、そんな彼に向かって手を伸ばしかけていた。


(……どうして)


 わからない。

 心の奥に燻りを感じる理由が。なぜシュバルツから目を逸らしたくないと思うのか。なぜこんなにも彼を強く見つめてしまうのか。

 どうしてもヒストリアには、理解できなかった。


 彼女にとってシュバルツとは祖国であり、敵国の皇帝。

 しかし以前の自分の立場から見た彼は、一応、婚約者だった。

 だからこそ、情が残っているのかもしれない。でも、あまり彼とは関わりがなかったはずだ。情が移るもなにも、その情すらなかったはずなのに。


(やめよう)


 もうどうでもいいことだ。自分はここで死に、すべてが終わる。長らく圧政を強いていた王はいなくなり、残された者たちによって新たな時代が切り開かれていく。


 ヒストリアはそっと目を閉じた。

 瞼の先でシュバルツの気配を感じる。ぐっと堪えるような息づかい。布と布が擦れる音。柄を握り直したようだ。


 ただその時をじっと待った。

 じっと、動かず、ひたすらに待つ。

 首をスパンと斬られるか、はたまた心臓を一突きいかれるかもしれない。わからないので少し体が強ばった。

 


 …………それにしても遅い。


 いつまで経ってもやってこない死の瞬間に、ヒストリアはそろりと片目を軽く動かす。

 わずかな隙間から飛び込んできたのは、強い光。ヒストリアは驚愕し目を剥いた。


「聖剣の、選定だと」


 瞠目したシュバルツの声が震える。


 神々しく輝く聖剣。異様な気配を放つ剣の表面には、黄金の紋様が浮かび上がっていた。

 人々は言葉を失った。特に聖リヴァイアス帝国の兵士らの衝撃と言ったらない。

 

 ガリレイの聖剣。初代聖リヴァイアス皇帝が精霊から賜った国宝である。

 代々皇帝に受け継がれてきた聖剣には、精霊の祈りと祝福が込められており、意思があるとされていた。


 意思ある聖剣は、稀に所持者である皇帝の伴侶を選定する。

 いついかなる状況で選定されるのかは誰も分からない。

 しかしどの時代においても、聖剣の選定は絶対であり、否応なしに受け入れるのが通例であった。


「う、嘘だ。裏切りの者が、伴侶に選ばれたのか……?」


 信じられない。

 なにかの間違いだ。

 こんな悪夢はない。


 混乱に埋もれた玉座の間。それでも聖剣の光はお構い無しに、まるでヒストリアを指し示すように強く輝いている。


 その時だった。


「「おかあさまぁ!」」


 重なるふたつの声。玉座の後ろに隠された扉が開かれ、現れたのは顔のよく似た幼い男女の双子だった。


「アダム、ノエル……! どうしてここにっ!」


 これまで頑なに平静を保っていたヒストリアの顔色ががらりと変わる。

 アダム、ノエルと呼ばれた幼い双子の子供たちは、涙をこぼしながらヒストリアの胸に飛び込んだ。


 驚愕を通り越し深い沈黙が周囲を包む。

 混乱すらも静止してしまうくらいに、突然現れた双子に皆が目を奪われた。


「おかあさま、いやだよ。ぼくたちだけ逃げたくないっ」

「おねがい、わたしたちと一緒にいて、おかあさまっ」


 艶やかな黒髪、透き通る薄紫の瞳。

 幼いながらに麗しく端正な風貌は、あきらかに似ていた。


 ゆえに、周囲の視線が左右に忙しなく行き来した。


 やはり似ている。ヒストリアと、シュバルツに。

 髪の色。瞳の色。目鼻立ち。

 驚くことに謎の双子の男女は、ふたりの容姿を掛け合わせたような姿をしていた。





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