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高山にて 上空

砂利や石だらけの斜面を身体がものすごい速度で転がり滑り落ちていく。幾つかの荷物がはじけ飛んでいった。必死に地面や何かを掴もうとするが、あまりの速度に指先が徒に傷つくだけだった。

マヒロは必死で手足を動かし、目の前の斜面に縋りつこうとするのだが、落下速度の速さにどうしようもない。

そのまま体感で二十秒ほども転がり滑っていただろうか、マヒロの転がっている進路にやや大きな岩の突起があった。やばい、と思って身体の向きを変えようとねじったがうまくいかず、次の瞬間側頭部がガン、という強い衝撃を受けた。


そしてマヒロは意識を失った。



次にマヒロが意識を取り戻した時、右側頭部の怖ろしい痛みに襲われた。身体全体が吹雪に包まれているような寒さを感じている。側頭部の激しい痛みになかなか目が開けられない。身体の周りをすさまじい勢いで風が吹き荒れているのを感じる。

どこまで落ちたのだろう。これからまた登って行かねばならないのに、この痛みを押して登れるだろうか。


ハルタカ。ハルタカの顔が見たい。

開けられない目から涙が滲む。じわりと温かいそれは睫毛にかかった瞬間に凍り付いていく。恐ろしいほどの寒さだ。防寒着もどこか破れてしまったのか、身体が冷えている。


側頭部の鈍い痛みを何とかこらえながらマヒロは重たい瞼をこじ開けた。身体の感覚が寒さ以外あまりない。薄く目を開けてみると、辺り一面真っ青だった。

(え?)

そしてその景色を目に入れた途端に身体に感じた浮遊感。

マヒロはもっと目を押し開け、自分の身体をよく見た。


浮いている。

そして今まで感覚がなくてわからなかったが、背中から腹にかけて何かに掴まれている。

耳の感覚もあまりなく、辺りの音は聞こえないが浮遊感は間違いなくある。痛む頭と首を押して上を向くと、銀色に輝く大きな身体があった。


(テンセイ!)


そこにいたのはハルタカの愛騎、騎竜のテンセイだった。大きな翼をひらめかせてマヒロを足で掴み、運んでくれている。

どうしてテンセイが?テンセイを呼べる何かなんて持っていないのに。

マヒロは混乱したが、次の瞬間、これはテンセイではなく別の野生の飛竜ではないかと思いつき、青くなった。

自分はひょっとしたら「餌」として運ばれている途中ではないか。

もしそうだとしても、今は上空何百メートルかもわからない高所だ。何もできない。腰に下げた袋の中にある筈の小さな短剣を確認する。


最後まで諦めない、生きる努力をするとタムに約束した。

震える手を叱咤しつつ、何とか短剣を取り出して手に握る。巣に着いたらどうにかして隙を突き、逃げ出そう。

そう考えるマヒロを掴んだまま、飛竜はどんどんと飛んでいった。



しばらく飛竜は空を飛んでいき、マヒロの身体は完全に冷え切ってしまった。一度握っていた短剣も握り続けられなくなり袋に戻した。側頭部の痛みより、寒さの方が強くマヒロの身体を襲う。そのせいでどんどん眠くなってくる。

(寝ちゃ、だめ、だよね)

寝たら死ぬぞー!とふざけているお笑いのネタを思い出す。ああいう、ってことは本当に寝るとやばいのかもしれない。そう思って必死に意識を保つようにするが、目を開け続けることはできなかった。

どのくらい飛んでいたのか、マヒロにはわからなかったが飛竜は羽搏き方を変えた。マヒロは自分の身体が草地に置かれたのを感じる。

目の周りに凍り付いていた涙を払い落とし、目を開ける。


そこは、ハルタカの住処にある竜舎近くの草地だった。


飛竜は軽く何度か羽搏いてマヒロの傍に立った。

「‥テ、ンセ‥」

上手く声が出ない。顔をねじって飛竜の方を見れば、黒々とした丸い瞳と目が合う。ルルルル、とテンセイが鳴いた。

テンセイだった。

テンセイが助けに来てくれたのだ。

マヒロは嬉しくなってまた波が滲むのがわかった。


ハルタカのところにまで来れた。


「テンセ、イ、ありがと」

かじかんだ身体を何とか起こし、そう言ってテンセイの足元を撫でた。ルルルルル、とまたテンセイが鳴いた。


住処は高山よりも少し寒さや空気の濃さがマシなように感じた。普段からそのようにハルタカが整えていたのかもしれない。マヒロは何度か深呼吸をして、一度水筒を取り出し水を飲んだ。息を整えて立ち上がり、よろよろと屋敷の方へ向かう。


懐かしいハルタカの屋敷。ここにいたのが随分と昔のような気さえする。初めてここに来た時はここにしかマヒロの世界はなかったのに。


寝台のある部屋までたどり着き、扉を開けた。

寝台の上には、ハルタカが横たわっていた。


ハルタカ。


マヒロは、重い荷物をすべてそこに放り出してハルタカの傍ににじり寄った。

ハルタカは少し白い顔で目を閉じ、横たわっている。呼吸はしっかりしているようで本当に眠っているのがわかった。


マヒロは着ていた一番分厚い防寒具を脱いだ。腕にあるハルタカの銀の輪をさすりながら呼びかける。

「ハルタカ、わた、し、来た、よ」

マヒロはそう言って寝台によじ登り、ハルタカの隣に身を横たえた。すり、とハルタカの身体に身を寄せればほんわりとした温かさを感じる。

よかった、ちゃんと生きてる。

安心するとまた涙が浮かんできた。腕輪をさすりながら呼びかける。

「ハル、タカ、ハルタカ、私、だよ、マヒロ、」

ハルタカの顔に変化はない。ハルタカの顔の前に自分の顔を近づけ、頬をすり寄せた。温かい。でも反応はない。

「ハルタカ」

マヒロは泣きながら何度もハルタカの名を呼んだ。



お読みくださってありがとうございます。

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