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決行

『国王選抜』の期間は残りひと月となった。今もアーセルが一位のままだ。ダンゾもアーセルに肉薄しており、まだまだわからない状況が続いている。


タムと話をしてからふた月が経過した。そろそろ高山へ出発する時期だ。アツレンの街からも雪が減り始め、早春に咲く花がちらほら開花しつつあった。

ナシュは相変わらず三、四日おきにマヒロを訪ねてきていた。その間にダルゴとも書簡を交わし、山を登るのにいい道具の開発を頼んでいた。靴につけて岩肌に突き刺して登れる後付けのスパイクのようなものや、掌に装着できる爪、また真水を生成できる水生石など、何度も行きかう書簡の中で色々なものを開発した。

マヒロの身体も随分体力がつき、おそらくよく走っていたころくらいには戻れたのではないかと考えていた。


必要な荷物はルウェンやタムが揃えてくれている。後は、屋敷をどうやって抜け出すかだけだ。

タムに相談して、抜け出す日の食事に眠り薬を混ぜ見張りの騎士を眠らせることにした。これにはジャックにも一肌脱いでくれることになっている。

ジャックはどうにかしてマヒロと連絡を取ろうとし、洗濯物に手紙を紛れ込ませることに成功したのだ。その後は花瓶の底や差し入れの本などに紛れて手紙をやり取りした。少しずつマヒロもこちらの文字が書けるようになってきたのでごく簡単なものであれば自分でも文字を書いた。込み入った内容の時にはナシュに助けてもらっていた。


抜け出す日は、ナシュが気分が悪くなって泊まらせてもらう、という手はずになっていた。空いている使用人部屋で休ませてもらったナシュが、夜になって見張りの騎士が飲む水に眠り薬を入れた。

マヒロの部屋の前と屋敷の出入り口にいる騎士たちが眠り込んだのを確認して、ナシュがマヒロの部屋に呼びに来る。ジャックも一緒に来て、しばらくマヒロの代わりに部屋で寝たふりをすることになっていた。

ジャックは涙を浮かべながら「元気で帰ってこなかったら許しませんから」と言ってくれた。無謀な試みであることはわかっている。しかし、マヒロの気持ちがわかるジャックは止めることはしなかった。


愛する者のために何かをしたい。たとえそれが自分の身体や命を危険にさらすことであっても、後悔しないためにはそれをやり通したい。


ジャックにはそういうマヒロの気持ちが痛いほどよくわかったのだ。

マヒロが「ありがとう」と返してジャックに笑ってみせた。自分の顔を、笑顔で覚えていてほしかった。

そして、マヒロはナシュとともに夜闇に紛れ屋敷を抜け出た。

しばらく道を進むと道の端に小型機工車が停まっていた。中にはルウェンの姿があった。

「アツレンの外れにある小屋に一度行って泊まります。明日の朝早く出発します」

マヒロはその言葉に少し違和感を覚えた。

「‥まさかルウェン、一緒に行く気‥?」

「勿論です、タムさんだけにマヒロ様をお任せするような無責任なことはできませんから」

何でもないようなことのようにルウェンは答えた。

「ルウェン、こないだ処分受けたばっかりなのにまた私につき合って仕事休んだりしたら‥だめだよ、アーセルだって心配するよ!」

マヒロがそう言ってやめさせようとするが、ルウェンは薄く笑うだけで返事をしない。ナシュは「ルウェンは絶対行くと思うけどな」と呟いてマヒロを見た。


結局自分一人では高山に登ることも屋敷から抜け出すこともできない。

自分がやりたいことのために、誰かを犠牲にしているのではという気持ちが抑えられないマヒロは、もう一度ルウェンに言った。

「ルウェン、色々私の登山のためにやってくれてありがたいと思ってる。もう十分だよ。これ以上ルウェンに甘えられない。だからついてくるのはやめてほしい」

そう真剣に話すマヒロを、ルウェンはちらっと見て微笑んだ。


「マヒロ様はアーセルの大事なヒトです。俺にはアーセルが大事だから、マヒロ様も大事にしたい。俺のためにやることです」

アーセルへのルウェンの想いを、思いがけない形で知ってしまったマヒロはすぐに返事ができなかった。

アーセルに対するあの愛している、ずっと傍にいる、という苦しそうなルウェンの呟きを、マヒロは鮮明に覚えていた。きっと普段からそういう気持ちを抑え込んで、アーセルのために色々と頑張っていただろうルウェンの気持ちが、今の言葉にも含まれているような気がして咄嗟に返事ができない。

ルウェンはそのまま黙って機工車を走らせ、アツレンの街外れの小屋についた。そこにはタムとダルゴが待っていた。


「マヒロ様、お待ちしておりました」

「マヒロ様、頼まれていたものをここに持参しました。後で使い方や注意点を説明します」

「二人ともありがとう。ナシュも遅い時間までごめんね、もう寝ていいよ」

既にかなり眠そうにしていたナシュをタムに預けて、小屋の中でダルゴと話をする。登山のための道具の説明に加えて、アーセルの武器にもう一つ鉱石を付与してみたらどうか、という話もした。異生物の素材などを色々とカルロで見せてもらっていた時に話をしていた内容だったのだ。


思わずダルゴとの話に熱が入り、眠りについたのは明け方に近い時間だった。結局その日マヒロは疲れて昼過ぎまで眠ってしまい、出発はその次の日に延期された。


ルウェンは何度マヒロが言っても帰ろうとはしなかった。アーセルが心配する、と何度も伝えたが、「手紙が届くようにしてあります」と言ってルウェンは意に介さなかった。

そして出発の日。ナシュはダルゴの工房に預けられた。あらかじめ用意していた荷物を背負い防寒具をしっかり着込む。

山の中腹まで機工車で登り、そこから徒歩で登り始めた。


高山は四つの山からなっている。一番高い山は、タムもその途中までしか道を知らない。だがおそらく、ハルタカがいるのはその一番高い山の頂上に近い部分だった。

アツレンの街ではほとんど雪が消えていたが、山に少しのぼると積雪がまだかなり残っていた。しっかりとした防寒素材の衣服を準備していたので、途中まではそこまで寒さに悩まされなかった。


順調に三つ目の山の中腹まで着いたのは、出発から十日余り経ったころだった。険しい山道を日々何時間も登っているので、体力はかなり削られてきていた。食料はそれぞれ三十日分しか携帯していない。降りることを考えるならあと五日しか猶予はない。

しかし、一番険しい四つ目の尾根にはまだ到達していなかった。


タムはマヒロの体力的にもそろそろ限界だと思っていた。マヒロには言っていなかったが、この時期この山の辺りには異生物が発生することがある。ここで発生する異生物はほとんどが植物型で、そこまで攻撃性は強くはない。しかし足場の悪いところで急に異生物に襲われれば、喰われずとも滑落して大怪我をしたり命を落としたりすることもある。退異騎士のルウェンがついているとはいえ、ほぼ丸腰の二人を抱えての闘いは圧倒的に不利になる。


あと三日。タムの中ではそう期限が決まっていた。


ちょっと忙しくなってきたので更新が不定期になるかもしれません。出来るだけ毎日を目指したいとは思いますが‥。


いつもお読みいただいてありがとうございます。

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