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過ぎ行く日々

そう言ってタムはひた、とマヒロを見据えた。

「ですから私はマヒロ様が行きたいのであれば途中までは案内は致します。ですが、目的地には絶対にたどり着けないこと、そしてここから先は無理だと判断したら山を下りること、この二つを納得していただけるのであれば、マヒロ様の気のすむまでご案内を致します。いかがされますか?」


タムの厳しい一言に、マヒロは沈黙した。


ハルタカに会いたい、できれば何とかしてハルタカを起こしたい。マヒロはそっとピアスに手をやった。指先でつるりとした石の表面を撫でる。出来るだけハルタカの近くに行って、このピアスを割るつもりだった。ひょっとしたら目を覚ましてくれるかもしれない。そして自分のところに来てくれるかもしれない。そんな望みを少しだけ持っていた。

もし、それが届かなかったとしてもマヒロはハルタカの傍に行きたかった。今までハルタカから受けたすべてのことに報いたかった。


この世界に突然連れてこられた自分に、色々教えてくれて、愛してくれたハルタカ。自分を助けるために行動したことで、最長老という龍人(タツト)の不興を買い眠らされてしまったハルタカ。

自分はまだ何も返せていない。ハルタカに不利益しかもたらしていない。


百年後、自分が生きているかもわからない。その間ずっと会えないなんて、考えられない。

会えないなら、この命があっても仕方がない。

マヒロはタムにゆっくりと頷いてみせながら、一人でもどうにかして登るという決意を心の中で新たにした。


タムはそんなマヒロの様子を注意深く見ていたが、ドアの方からティーワゴンを押す音が聞こえてきたのに気づき、何かの紙をマヒロに手渡した。

「一応、これにこれからの手順を書いています。またルウェン様からも連絡があるでしょう。今はまだ、寒さがとても厳しい。どんなに早くても出発は二か月後とします」

「わかった」




タムの訪問からひと月が過ぎた。『国王選抜』は残すところあとひと月半ほどだ。この段階で、候補は現在一位のアーセルと僅差の二位であるダンゾに絞られていた。ダンゾはここに来て急に重量を稼いできたのだ。何か不正を行っているのではと他の領主たちも疑ってはいたが、これといった証拠も見つからずダンゾ自身にも力がないわけではなかったので、誰もその事について言及できないままであった。


マヒロは室内で筋トレを行い、屋敷の敷地内を朝夕に走って体力をつけていた。そんなマヒロの振る舞いを見たアーセルは何か言いたそうにはしていた。だが、マヒロが何も言わないままなので、声をかけることはなかった。

マヒロが諦めていないのはわかっていた。そしておそらくルウェンがそれを手助けしていることも。マヒロに対して今ルウェンはかなり罪悪感を持っているはずだ。マヒロが満足する方に働こうとすることは簡単に予測できる。


ルウェンの処分は、結局身分の降格だけに留まった。違法薬物であるパルーリアの『所持』、しか実際に起きた罪はなかったからだ。ルウェン本人は騎士を除隊されても構わない、と言っていたのだが、他の騎士団幹部たちがそれには難色を示した。

ルウェンの有能さは、幹部たちも認めるところだったのだ。特に他の組織との折衝においてルウェンほど円滑に行えるものはなかなかいなかった、ということもある。


ルウェンはアーセルの傍らで仕事をすることはなくなり、アツレン郊外での巡回や書類仕事を主に請け負うようになっていた。その結果、アーセルはルウェンと顔を合わせないまま何日も過ぎる、ということが日常になっていた。

ルウェンは、これまで住んでいた屋敷の部屋も引き払ってしまい、騎士団本部横に併設されている寮に移っている。そういう事もあって、アーセルがルウェンの顔を見たいと思えばわざわざ会いに行かねばならない状態になっていた。


アーセルはこれまで、こんなに長い間ルウェンと離れたことはなかった。初めて出会った子ども時代から、基本学校、騎士養成所、そして騎士団と、いつでもアーセルの横にはルウェンがいて、何くれとなく手助けしてくれていたのだった。

別にいつもアーセルに迎合するばかりでもなく、時には厳しく、時には冗談めかしてアーセルを導いてくれたルウェンは、アーセルにとって信頼できる部下であり、有能な副官であり、気のおけない友であった。


そのルウェンがいないということが、こんなにも自分の精神に影響を与えていることに、アーセルは驚き、戸惑った。

そしてここまでルウェンに色々と助けられていた自分に気づき、このような自分が国王になどなっていいものだろうか、という迷いも生じてきていた。


アツレンの領主屋敷は、ルウェンの不在とマヒロの軟禁による影響で随分と雰囲気が昏くなって来つつあった。

ジャックは丸々ひと月全くマヒロに会えないままだった。新しくマヒロ付になったソイエに何度もマヒロの様子を尋ねていたが、ソイエは口が堅く必要以上の情報をジャックに与えなかった。家令のハウザもジャックがマヒロに近づくのを警戒していたので、ジャックがマヒロに近づける隙は無かった。

料理人のカッケンは、なぜマヒロが軟禁されねばならないのだ、と家令に食ってかかり、アーセルに呼び出された。アーセルから、マヒロがヒトでは絶対にたどり着けない高山の龍人(タツト)の住処に行こうとしているから、それを阻止するために軟禁しているのだ、と聞かされたカッケンは、アーセルの悲痛な表情を見て口を噤んだ。


時折、タムからの手紙を持ってナシュがマヒロのもとに「遊びに」来た。必要な道具を揃えていることや、どういう道を通るか、どこから出発するのがよいかなどの情報を手紙に書いてくれた。しかしマヒロはまだこの世界の文字を読むことができないので、ナシュに読んでもらってから自分でメモにするという手法を取っていた。

人懐っこいナシュは、領主屋敷の使用人達にも可愛がられ全く怪しまれていなかった。使用人たちの前ではナシュは上手に「天真爛漫な子ども」の様子を見せた。マヒロの前に来ると、それが演技であるかのようにしっかりとした大人びた対応をした。


ある時、ナシュはアツレンの武器屋ダルゴからの伝言を持ってきた。いつか工房を見せてほしいと約束していたのに、マヒロが行ける状況ではなくなってしまった。そこでお詫びの手紙をナシュに持って行ってもらったのだが、その返事だった。


『マヒロ様は無謀なことに挑むと伺いました。わしらでも手助けができるかもしれません。マヒロ様と親交があったというカルロの隊商会長と話す機会がありました。また連絡します』

という簡潔なものだった。


読んでいただいてありがとうございます。

昨日は更新できずすみません。

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