タツリキとヨーリキシャ
ぐすぐすと鼻を鳴らし、泣いた事によって引き起こされた頭痛に頭を抱えていると、ふわりといい匂いがした。
「マヒロ」
ハルタカの声がする。気のせいかもしれないが、今まで聞いた声の中で一番優しいように聞こえる。かちゃっという音がした後、ハルタカが寝台の傍に寄ってきたのがわかった。
布団の中でだんごになっているマヒロを、布団の上からぽんぽんと優しくなでる。
「私に怒っていてもいいから、食べろ。昨日から何も口にしていないだろう?」
その優しい声に、マヒロはそうっと布団から顔を出した。ハルタカが笑顔でこちらを見ている。破壊力抜群の美しさだ。
「さあ、起きられるか?この椅子に座るといい」
そう言って手を引いて身体を起こしてくれ、椅子の方に導いてくれる。机の上には何やら入っている白っぽいスープが盛られた椀があった。
匙をとってマヒロの手に渡してくれる。「ん」と促され、椀を手に取ればいい匂いが鼻をくすぐる。くう、とお腹が鳴った。確かにかなり、空腹だった。
ハルタカが見守る中、恐る恐る匙で掬って口に運んだ。するとえもいわれぬ滋味が口の中に広がった。美味しい。
「おいしい・・」
「よかった、口に合ったな。滋養のあるキノコがたくさん入っている。もっと食べろ」
そう言うとハルタカは立ち上がって部屋を出て行こうとする。
「‥どこ、行くの?」
「私がおらぬ方が安心して食べられるだろう」
そう言ってハルタカは出ていきドアを閉めた。
なんだよ。
気遣いも、できるんじゃん‥。
家主なのに、部屋を出てくって‥。悪い人じゃない、よね。多分。
言い過ぎちゃったかな‥。だってびっくりしたんだもん。急に、性交してみるかなんてさ。
‥でも‥それって本当はこっちの世界では普通だったのかな。
やっぱ‥悪いことしちゃった、かも‥。
キノコのスープは何とも複雑な優しい味で、とてもおいしかった。
食べ終わって一息つく。さっき投げつけた茶器にまた新しいお茶が入れてある。それをそっと取って飲んだ。昨日飲んだお茶だ。爽やかで甘みがある。
ふと寝台の方を見れば、やはり自分が寝たせいでシーツに土汚れが何か所かついている。これは責任を持って洗うべきだろう。そう思って大きな寝台から苦労してシーツを引っぺがした。
そしてシーツをくるくると丸めて抱え、ドアを開けて外に出てみる。ドアの外はすぐ庭に繋がっていて廊下に当たる部分に屋根がついている。きょろきょろと井戸か水道がないかと探してみるがどこにも見当たらない。
廊下沿いにいくつかドアはあるが、片っ端から開けて回る気にはならない。大きなシーツはずっと抱えているとだんだん重くなってきた。忘れていたが、あの化け物に巻きつかれた足の痛みもじんじんぶり返してきた。
これは引き下がるしかないか、と思っていたら、外廊下を歩くハルタカの姿が目に入った。ハルタカもこちらに気づいたようで、駆け寄ってくる。マヒロが持っていたシーツの塊をひょいと取り上げていぶかしげにマヒロを見る。
「何をしているんだ、こんなところで。歩いても平気なのか?」
「いや、あの、シーツ汚しちゃったみたいだから、洗おうかと‥お水の出るところってどこ?」
痛む足をばれないように気をつけながらマヒロは訊いた。ハルタカはちょっと眉根を寄せた。
「そんなことはしなくていい。‥水場はない、水は私がタツリキで引き寄せるからな」
水場、ないんだ。‥タツリキってすごいな。
「ハルタカさんは何でもタツリキで解決しちゃうんですか?タツリキって何でもできる?」
素朴に疑問に思ったのでそのまま尋ねてみる。ハルタカは無造作にシーツの塊を廊下に置くと、マヒロに部屋に戻るように促した。
そう言われてしぶしぶ部屋に戻る。寝台のシーツ引っぺがしちゃったけど、と思っていると部屋の中の引き出しから新しいシーツをハルタカが取り出した。交換するのを手伝おうとしたらまた止められた。
「お前、まだ回復はしてないんだぞ。無理をするな。‥‥口づけはしてほしくないんだろ?」
そういうハルタカの声が、ちょっと低くなっているように感じ、マヒロは(あれ、結構傷つけちゃったのかも‥)と少し申し訳なく思った。
多少‥だいぶマヒロの常識から外れてはいるが、結局マヒロを助けて世話をしてくれているのはハルタカなのだ。
変に怒ったりせず、最後までちゃんと話を聞くべきなのかもしれない。
そう思って椅子に落ち着いた。マヒロが座ったのを確認して、ハルタカは手早くシーツの交歓を終える。淀みのない動きだった。
「ハルタカさんて、何でもできるんですね」
「ここには私しか住んでいないからな。自分でやるしかない」
さっきの廊下の様子や建物の感じは結構広く見えたけど‥一人なんだ‥
ハルタカはマヒロの正面に座って、話し出した。
「タツリキは龍人にしか使えない力だ。まあ、結構何でもできるな。異生物も倒せるし、物を引き寄せることもできるし、温度を変えることも雷を呼ぶこともできる。ヒトの間ではゴリキシャと呼ばれることもある」
「ゴリキシャ?」
「ゴリキ・・五つの力を全て備えているという意味だ。ゴリキとはヒトが持つ力の事だ」
ハルタカはマヒロの髪を指さした。ふと見ればマヒロの髪はもはやほとんどが赤で、黒い毛はわずかに見えるだけになっていた。たった一日しか経っていないのに、もうこんなに変わっていることに驚く。まるでウィッグのような鮮やかな赤にマヒロは戸惑った。
「こんなになっちゃった‥」
「赤毛だからマヒロはおそらくヨーリキシャだ」
「‥何ですかそれ」
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