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案内人

許された時間は十分しかない。マヒロとルウェンは手早く話を詰めた。明日からはルウェンは騎士団本部の一般牢に入る。打ち合わせができるのは今日だけだ。勢い、話せることは全て今日話しておかねばと二人の気は焦った。

結局十五分ほども話し込んでいただろうか。遠慮がちにドアの外で警備をしていた騎士がノックをして、声をかけてきた。

「あの、ルウェン様すみません、もう時間を過ぎているので‥」

外からそう声をかけている騎士は、それでも五分ほどは目をつぶっていてくれたのだろう。ありがたい、と思いながらルウェンはマヒロと打ち合わせた紙を畳んで隠しへ入れた。マヒロはこの世界の文字はまだうまく読み書きできないので、二人はそれぞれ自分の書ける字で要点を書き記したものを持った。

「ではマヒロ様。一度くらいは何とか繋ぎがつけられると思います。とにかく今はお身体を大切にして、万全の状態にしてください」

「わかった、ありがとうルウェン。‥大変な時なのに、我儘を聞いてもらってごめんね。感謝してる」

そう言って寝台の上から深く頭を下げるマヒロに、ルウェンは苦笑した。

「俺は、マヒロ様に許されないことをしようとしたんですよ。俺なんかに頭を下げないでください。こんなことは罪滅ぼしにもならないくらいですから」

そう言って素早く部屋を出た。


本来ならこのまま真っ直ぐ騎士団本部に行くつもりだったが、予定を変える。まずはアツレンの街へ行かねばならない。

時間は今日一杯だ。遅くとも夜番の騎士に変わる頃までには騎士団本部についていないとまずいだろう。ルウェンは頭の中でどう動くのが一番効率的か、色々と思索し始めた。


ルウェンがまず向かったのは、市場の外れのカフェだった。以前この店の主人だったものが、ランガの実を取るために無謀な登山を何度もしていた話は有名だ。もし主人が存命ならその話を聞こうと思ったのである。

カフェはそこそこヒトが入って繁盛しているようだった。迷惑がられるかな、と思いながら中に入る。やってきた店員に、店主はいるか、と聞くと店員は薄く微笑んで自分が店主だと告げた。

「ああ、それは失礼した。私は退異騎士のルウェンだ。高山地帯に登山を試みていた店主というのは‥あなたの(シンシャ)か?」

「はい、そうですが‥(シンシャ)はもう亡くなっております。どういったご用向きでしたでしょうか?」

そう言われて少しルウェンは迷った。龍人(タツト)や『カベワタリ』の事を安易に告げていいものだろうか?しかしそこに触れなければ話は進まない。

「少し長い話になるかもしれぬのだが、今は忙しいのではないか?」

「ああ‥少しお待ちください」

店主はそう言って、一度奥に引っ込んだ。しばらくして別の店員を伴って出てくると、店主はお茶をのせた盆を持ってルウェンの席までやってきてお茶を置き、そのまま自分も座った。

「ちょうど休憩に入る時間でしたから。お話を伺います。店主のリーンです」

「リーンさん、休憩時間を取ってしまって申し訳ない。‥高山地帯に登りたいと言っている者がいる。無謀だと止めはしたのだが‥龍人(タツト)の住処にどうしても行きたいというのだ」

「ハルタカ様の‥?それは‥」

そう言ってリーンは眉を顰めた。ルウェンは店主リーンがハルタカの名前を知っていることに驚いた。

龍人(タツト)の名を知っているのか?交誼があるのか?」

リーンは少し答えるのに迷っている様子だった。ルウェンはその様子を見て、この慎重さがあるのであれば詳しく話しても大丈夫だろうと踏んだ。

「‥あまり他言しないでほしいのだが‥ハルタカ様は今眠りにつかれてしまっている。番い候補であるマヒロ様が、ハルタカ様に会うために住処のある高山に登りたいとおっしゃっておられるのだ。それで伝手を探してこちらを訪ねてきた」

リーンはそのルウェンの言葉を聞いて大きく目を見開いた。


いつだったか、珍しくハルタカがヒトを連れて店にやってきたことがある。華奢ななりをしたヨーリキシャの若者(ワクシャ)だった。確か名前をマヒロと言っていたのではないか。

「マヒロ様が、高山に登ろうとされているのですか?」

リーンの言葉に今度はルウェンが驚いた。

「マヒロ様をご存じか?」

「ええ、少し前にハルタカ様と一緒にこちらを訪ねてこられました。‥あんな、華奢な方が‥あの高山に登ろうとされているとは‥無謀だという話を差し上げたのに‥」

そう言うと、リーンはハルタカ達がやってきたときどのような会話をしたのか詳しく話した。ルウェンはそれを聞いて少し顔をゆがめる。‥ではある程度無謀だと知っていて、それでもマヒロは登ろうとしているのか。

「‥マヒロ様は、もし俺がうまく伝手を見つけられなければ、自分一人でも登ろうとするだろう。だからできるだけ、安全に登れるような方策を考えたいと思い、助言を求めてこちらに来たのだが‥」

ルウェンとリーンはお互いに俯いて考え込んだ。


そもそも龍人(タツト)の住処は、ヒトが行きつけないところにあるから「龍人の住処」なのだ。簡単に行きつけるようなところであれば、「龍人の住処」である理由がなくなる。龍人(タツト)とは、それほど普通のヒトとは隔絶されるべき存在なのだ。

しばらく二人の間に沈黙が横たわっていたが、リーンが何かを決心したように顔をあげた。

「‥‥ルウェン様。案内人に当てがあります。ですが、その案内人の事を一切詮索しないでいただきたい。その条件をお守りできるのであれば、ご紹介致します。また、ある程度の金銭保証をしてくださること、その者の子どもを安全なところで登山が終わるまで預かっていただけることをお約束していただけるなら‥ですが」

その言葉を聞き、ルウェンはぱっと顔をあげた。登山をしていた店主が他界していると聞いてどうすべきかと思っていたのに、思わぬところから伝手が転がってきた。

「無論だ!私の責任においてすべての条件を飲む!ただ、私に残された時間は今日しかないのだ。今日、その者を紹介していただくことは可能だろうか?」


リーンは少し考えてから「少々お待ちください」と言ってまた店奥に引っ込んだ。

十五分ほど待っていると、奥から戻ってきたリーンは一通の手紙と一枚の紙をを手にしていた。

「ルウェン様、こちらに案内できる者の住所があります。タムというシンリキシャです。シンリキはあまりありませんが高山を抜けてきた経験を持っています。思慮深い人物ですからきっとお役に立つでしょう。ただし、とても用心深い人物ですからこちらに仔細をしたためた書状を用意致しました。こちらをお渡しくださればきっとタムも話を聞いてくれるはずです。住所は少し町から外れたところになりますから今からすぐ向かわれた方がいいでしょう」

そう言ってリーンは手紙と紙切れをルウェンに手渡してくれた。

ルウェンは重ねて礼を言い、心づけも添えて代金を支払うと急いで紙に書かれた住所を目指した。そこは本当に町の外れで、急がねば時間が無くなってしまう可能性があった。


お読みいただきありがとうございます。

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