決意と変化
アーセルは暫く黙って立ち尽くしていたが、ルウェンの言葉が途切れて少し時間が過ぎた頃、また長椅子に腰かけた。
そして長く、息を吐いた。
「‥‥マヒロ様にも、それは打ち明けたのか」
「ああ。すぐにお前のところに行くために部屋を出ていかれたから、まだちゃんとした謝罪はできてないけどな‥」
「ルウェン、お前は犯罪に片足を突っ込んでたんだ。‥ダンゾの考えていたこととそう変わらないことだ。それは、わかっていたのか?」
「わかっていた。それでも俺は、もしお前が一位になれないならやり遂げるつもりだった」
アーセルは苦渋の表情でルウェンをじっと見据えた。
この幼馴染が、いつでも自分のためを思って行動していてくれていたことはアーセルにもわかっていた。
しかし、自分を国王にするために、まさかパルーラやましてあの悪名高いパルーリアにまで手を出そうとしていたとは。
領主としても絶対に見過ごすことのできないこの酷い薬物を、この友が使おうとまでした。‥それはひとえに自分の力量が不足していて不安に思わせていたからだ。あの時は対異生物用の剣の回路の不調は判っていなかったからどうしようもないことだったが、力量がないならないではっきりと国王になるつもりはないと伝えておけばよかったのだ。そうすればこの友は、ここまで追いつめられることはなかったのかもしれない。
領主としては決して許せない罪を犯そうとしたこの友を、アーセルはどうしても憎めなかったし厳罰に処する決断もできなかった。自分が真のところで『まだ甘い』と親に言われるのはこういう部分を持っているからだというのは自覚している。
アーセルは両の拳を握り合わせると机の上に肘を置いてそこに額をつけ、目を瞑った。何から話せばいいのか全くわからない。必死に頭の中を整理しようとするがうまくまとまらない。
そうやって逡巡しているアーセルの姿を見て、ルウェンは口を開いた。
「アーセル様。私がやったことは騎士の道にも悖りヒトとしても許されない行為です。どんな処罰が下っても喜んでお受けする所存です。とりあえず、騎士章をお返しし暫くは謹慎を致したいと思います。屋敷内での謹慎では甘い処分かと存じますので、騎士団本部内の一般牢にて謹慎致します。いかようなる処分でもお受け致しますので‥あまり悩まれませんように」
そう言ってルウェンは立ち上がり、隠しに入れていた騎士章を机に置いた。深く最敬礼をして部屋を出ようとした時、アーセルが声をかけた。
「‥本部に行く前に、マヒロ様に謝罪を。‥それから本部に行くように」
「ありがとうございます」
再び最敬礼をして、アーセルの顔を見ることなくそのまま部屋を出た。
軽く自室の整理をして平服に着替え、マヒロの部屋を訪れる。今まではいなかった警備の者がマヒロの部屋の前に立っていることに気づき、今回のことでアーセルが警戒したのか?と考えた。
「マヒロ様に面会をしたいのだが」
そう言うと、顔なじみの警備の騎士は、申し訳なさそうにルウェンの顔を見て言った。
「家令の指示で、マヒロ様への面会は十分までと言われているんですが‥それでも構いませんか?」
「構わないが‥急にどうしたんだ?マヒロ様の具合でもお悪く‥?」
心配になったルウェンが問うと、騎士は首をひねりながら答えた。
「家令によればアーセル様のご命令らしいんですが‥私も詳しくはわからないんですよ」
「そうか‥」
気にはなるが、とりあえずマヒロと話をしたい、と思いドアをノックした。が、応答がない。いつもであればジャックがすぐに応えてくれるのだが。
暫く待って、もう一度、少し強めにノックした。すると細い声で「どうぞ」と応答があったのでほっとしてドアを開ける。
「失礼します。ルウェンです」
そう言って後ろ手にドアを閉めれば、部屋の中にマヒロの姿はなかった。不審に思って辺りを見回していると、奥の寝室の方から声がする。
「ルウェン、ごめん‥こっちにいる」
「寝室ですか?‥俺が入っても大丈夫ですか?」
さすがにあの事件の後である。寝室に踏み入るのを躊躇してそう声をかけると、「いいから」と返事が来た。
仕方なくそっと寝室に繋がるドアを押し開けると、寝台に身体を起こしているマヒロがいた。顔色は、しばらく前に話をした時よりもずっと悪く見える。
「マヒロ様、お加減が悪いようでしたら俺の話は急ぎではないので‥」
そう尋ねたが、マヒロは首を横に振った。
「私もルウェンに話があるから大丈夫。でも先に聞くよ、何?」
「‥お詫びを。先ほどはきちんと謝罪ができていなかったと思いますので」
ルウェンがうつむいてそう言いかけると、マヒロは面倒くさそうに手を振ってルウェンの言葉を遮った。
「ああ、そういうのもう別にいいわ。もう終わったことだし、結果的にルウェンは私に何もしてないし。それより私の話を聞いて」
どう、謝罪すればいいだろうかと躊躇っていたルウェンの気持ちを蹴飛ばすかのようにマヒロはそう言った。一瞬唖然としてマヒロを見つめてしまう。するとマヒロは自分の話を聞いてくれると思ったのか、早口に話し始めた。
「ハルタカのところに行きたいんだけど、アーセルが自分も一緒じゃなきゃ行かせないって言っててさ。でもアーセルはまだ三か月近くも『国王選抜』残ってるじゃん?だからアーセルとは一緒に行けないって言ったの。そしたら私に監視をつけて自由に歩かせないって!ジャックも離されちゃって、身動き取れないのよ。ルウェン、協力してくれない?」
一気に話すマヒロの剣幕に押され、またその話の内容に驚かされてルウェンはすぐには返事ができなかった。
アーセルは、本当に優先順位がマヒロになってしまったのだ。『国王選抜』はアーセルにとって途中で放棄してもいいものになってしまっているのだ、とルウェンは実感した。と、ともに自分はどうするのが一番いいのか、を考えた。
マヒロは、青白い顔で頬だけを少し紅潮させてルウェンを見つめている。この屋敷内で拘束されてしまえば、マヒロが自分で動くことは難しいだろう。
正直、マヒロが龍人の住処へ行ったからといってどうにかできる事態ではない、ということはルウェンにもわかっている。龍人最長老といわれる人物がハルタカを眠りにつかせた、というのであれば、おそらくそれはその人物の言った通り百年眠り続けることになるのだろう。いくら『カベワタリ』であるとはいえ、基本的にヒトでしかないマヒロにそれをどうこうできる力があるとは思えない。
だが、体調も万全でない中こうしてルウェンに縋るような目をしているマヒロを見れば、全く諦めておらず自分がどうにかしようと強い決意を持っていることが窺えた。
それは、ルウェンがこれまで持つことのなかった決意であり、勇気だった。
「わかりました」
思わず、ルウェンはそう口にしていた。
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