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アーセルとルウェン

ジャックはマヒロを部屋に入れるなり追い出されてしまった。マヒロは部屋の中に閉じ込められ、「お言いつけですので」とハウザに断られドア前に警備の騎士を配置されてしまった。

アツレンの街は寒いので、窓は二重になっていて外側の窓は嵌め殺しになっている。従って窓から外に出ることもできない。

マヒロは、すっかりくたびれた身体を寝台に横たえて目を瞑った。

(‥はあ‥)


情報量が多すぎる。

どうやって現状を打開すればいいのだろうか。


ハルタカに会いたい。

その気持ちと決意は揺るがない。

だが、その為にどうすればいいか、何が必要かなどの事柄が多すぎてどこから手を付けていいのかわからない。

しかも頼りのジャックとは引き離され、アーセルには同行を許可しないなら屋敷から出さない宣言をされてしまった。

『国王選抜』真っただ中のアーセルを同行させるなんてことができるはずもない。


どうすべきなのか考えねばならないのだが、マヒロの身体はまだ疲労が蓄積されていて思考に耐えられず、ずるずると眠りに引き込まれていってしまった。



「アーセル、いいか?」

「ルウェン」

執務室にノックの音とともに入って来たのはルウェンだった。アーセルは一つ息をついて立ち上がり、手ずからお茶の支度を始めた。ルウェンがやろうと横から手を出しかけたが、アーセルはそれを制して自分でお茶の支度を続けた。

茶葉を入れたポットにお湯を入れ、じっくりと蒸らす。お茶道具を見つめているアーセルの顔を、ルウェンはじっと見つめた。


この横顔を見つめて、もう二十年近い。五、六歳の頃からずっと、ルウェンの暮らしはアーセルとともにあった。

対異生物騎士団団長だったルウェンの(シンシャ)とアーセルの(シンシャ)が古い友人だったこともあり、気がつけば隣にアーセルがいた。幼い頃のアーセルは、可愛らしくルウェンは自分が守ってやらねば、と思っていたものだ。

ふわふわとした長い白髪と輝く黄色い目は、ルウェンの心を射抜いて離さなかった。

(俺の人生は、あの時にもう決まっていたのかもしれない)

ルウェンはぼんやりと考えた。

成長するにつれどんどんアーセルはたくましくなり、領主を目指す前に騎士になりたいと言い出した。そうなれば、ルウェンの生きる道も騎士にしかなかった。アーセルの隣に笑っていられる権利を得られるのならばなんでもしたかった。

アーセルが、なかなか恋愛感情を持ったことがないのをルウェンはよく知っていた。そして自分がそういう目でアーセルに見てもらえないこともよくわかっていた。


だから、自分の恋情は一生心の奥に閉じ込めて外に出すつもりはなかった。

アーセルが、幸せになってくれればいいと思っていた。


だが、『国王選抜』が行われることを知って欲が出た。

このヒトを、この国の頂に押し上げたい。

このヒトを王として仕え、一生を捧げたい。

そのためには、自分の知り得た情報を使って他を巻き込むことも辞さなかった。


たとえ、それが純朴な異界からの『カベワタリ』であったとしても。

たとえ、それが自分の恋を殺すことになるとしても。


そう考えていたのに。

自分の気持ちが、おそらく『カベワタリ』に知られてしまった。


アーセルの力を増幅させるという計画も崩れたが、それはマヒロの活躍により意外なところで解決された。

自分のような、腹黒な企みよりも純朴な『カベワタリ』の思いの方がアーセルには効果があるのだと言われたような気がした。


つまるところ、ルウェンはすっかり気が抜けてしまっていた。

自分の果たすべき役割が、もうなくなってしまったような気さえしていたのだ。


だがまだ、ルウェンにはやらねばならぬことがある。

マヒロには説明をした。マヒロがすぐさま出ていってしまったので謝罪はまだ済んではいないが、先にアーセルに事情を説明しなければならない。


きっと、アーセルの自分を見る目は変わるだろう。

もう、傍においてはもらえないかもしれない。

だが、計画のためパルーリアとパルーラを買った時に、いずれそういう日が来ると覚悟はしていたのだ。

ルウェンは、膝の上でぎゅっと拳を握りしめた。


アーセルはゆっくりとした手つきで白磁のカップにお茶を注いで、ルウェンの前に置いた。ルウェンはそれを手に取って口に含む。温かさと芳醇な香りが口内に広がった。

「美味い。‥ありがとう」

ルウェンはそう言って、カップをテーブルに置いた。そしてアーセルを見た。

アーセルはルウェンの正面の長椅子に座り、自分で淹れたお茶を喫している。

「マヒロ様にはもう説明したけど」

「ああ。‥後で説明するって言ってたな」

ルウェンは、すうっと息を吸った。そしてゆっくりと吐く。

「アーセルは知らなかったと思うけどさ‥。『カベワタリ』による能力増幅のために何が必要か、俺は知ってたんだ」

「そうなのか?‥なぜ、何も言わなかったんだ?」

素直に質問を返してくるアーセルの顔を見て、ルウェンは一瞬目をつぶった。そして目を開けてアーセルの顔を見た。

「増幅のためには、『カベワタリ』との性交が必要だったんだ。何度もすればするほど増幅される、と俺は聞いてる。‥だから最悪、俺はマヒロ様にパルーラかパルーリアを飲ませてお前には媚薬を飲ませようと思ってた」

アーセルは長椅子を蹴ってがたっと立ち上がった。ルウェンは、アーセルの足を見つめながら話し続ける。

「お前も‥マヒロ様の事を好きなのはわかってたから‥。結ばれてしまえば何とでもなると思ってた。俺は、何をしてでもお前に国王になってほしかった。国王になったお前に仕えたかったんだ」

「‥‥」

「でも、マヒロ様は結果的に、自分の力でお前の力を底上げしてくれた。‥俺の企みなんかなくても‥よかったんだ」

「‥ルウェン」

「それで持ってたパル―リアを、ティルン様に盗まれちまったんだな。何でティルン様が知ってたのかはわからないけど‥」


お読みいただき、ありがとうございます。

もしよろしかったら、評価などしていただけると嬉しいです‥

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