マヒロの決意
マヒロは、ただルウェンの説明を聞いていた。
自分は危うく、ルウェンと関係を持たされるところだったと知った。しかも、ティルンの悪意によって。
そういう、実際に危害を加えるような悪意にあったのは、自分が覚えている限り初めてだったので思わず身体の震えを覚えた。たまらない嫌悪感も。
ティルンは、他人を傷つけてまで自分の恋を成就したかったのだろうか。他人を傷つけた上に成立する恋で、本当に幸せになれると思っていたのだろうか。
いくら考えても、マヒロにはわからない感覚だった。
更には、ルウェンの考えも。
アーセルのために、国のために、自分を無理にでもアーセルと関係を持たせようと考えていたと。‥しかもマヒロの記憶が確かなら、ルウェンはアーセルを愛しているのに。
自分やアーセルの気持ちを無視してそんな酷いことをルウェンが考えていた、というその事実がただ衝撃だった。そして何とも言えない無力感と失望に襲われた。
ルウェンの事を、いつの間にか近しいものとして、心から信頼していた。だが、その相手は自分の目的のために、マヒロを、そして愛しているはずのアーセルをもいいように利用しようと考えていたのだ。
異世界に来て、色々な常識や世の中の仕組みが違うことは、実際に話を聞いたり自分が経験したりしてある程度理解したつもりでいた。だが、全くそんな理解も追いつかないほど、この世界の仕組みは自分に現実というものを突き付けてくる。
いや、自分は子どもだったのだ。ヒトは、それぞれ自分の利益のために動く生き物なのだということを、自分の価値観は全てのヒトに当てはまるものではないということを、真のところではわかっていなかっただけなのだ。
自分にとって、都合のいい事実しか、目を向けられていなかったのだ。
ルウェンの話を聞きながら、マヒロはどんどん気持ちが昏くなるのを感じていた。
ハルタカの話を聞くまでは。
ハルタカは、マヒロの危機を察知してやってきてくれた。そして助けてくれた。
それなのに。
「‥百年‥?」
「はい、百年です」
「な、んで‥?」
「なぜ‥そうですね、ソウガイ様は、ハルタカ様が未熟な龍人だから、というように言っていたそうです」
未熟‥?
確かに、ハルタカは自分でもそう言っていた。でも、だからこそ自分を律しないといけないと言っていたし、ハルタカ自身も気をつけようとしていたのに。
どうして?
私を助けたから?
私を助ける事で、ヒトの世にいっぱい関わっちゃったから?
「‥本当に、百年も?百年も、眠れって‥?」
「‥ええ、間違いなく、百年、と言っていたそうです。百年ほど眠って眠りの中で龍人の役割と使命を考えろ、と」
何だよそれ!
なんで、ハルタカがそんな目に遭わないといけないんだよ!
私のせいじゃん!私が、甘ちゃんで、危機意識が薄くて変な目に遭っちゃったから、だからハルタカが助けてくれただけなのに!
くそ~~!最長老!なんで私が寝てる間に帰りやがったんだ!くそーくそーーー!
今目の前にいたら、ぶん殴ってやるのに‥!
「‥ねえ、ハルタカはどこで眠らされてるの‥?」
「場所は‥おそらくアツレンにほど近い高山にある龍人の住処ではないかと言っていました」
「私が、最初いたところかな」
「ああ、マヒロ様もおいでになったところですか。多分そこです」
「どうやったら、そこまで行けるかな」
「‥え?いや‥ちょっとヒトの足では近くにも寄れないと思います。そもそも道がありませんし」
道がないのは知ってる。確かにあの住処から伸びている道はなかった。
でも、ハルタカに会いたい。
百年も会えないなんて、冗談じゃない。
本当はその最長老とかにあってぶちくそ文句言ってやりたいけど、そいつがどこいるかは判んないし。
とにかく、ハルタカに会いたい。眠ってたら、私が起こす。絶対に叩き起こす。
「どうにか行ける道、ないかな」
「‥‥え?いや無理ですよ。無理です、本当に険しい山なんですよ?あそこの山に登ろうなんてもの好きはいません。大きな獣もいますし、気性の荒い飛竜もたまに飛んでいます」
「テンセイのこと?」
「いいえ、テンセイではない、野生の飛竜です」
「ふうん‥でも、何とか行きたい。ていうか、絶対に行く」
「無理です、無理だからいつもハルタカ様がテンセイに乗っていらしてたんですよ?ヒトの足でどうにかなるものではないんです」
「‥わかった。ちょっとどいて」
「マヒロ様?
マヒロ様ちょっと待ってください!マヒロ様!!」
マヒロはくらくらする身体を押して無理にも立ち上がり、アーセルの部屋に行くべく室内履きを素早く履いて、よろよろと部屋を出た。慌てふためいたルウェンが後ろから名前を呼びながら追いかけてくる。腕を取ろうとしたので、思い切り振り払った。
すると、息を呑み込んだような音がして、ルウェンの足音が止まった。だがマヒロはそれに気づきながらも構うことなく、よろめきながら屋敷内の廊下を歩いた。
しばらくして後ろからものすごく急いで走ってくる足音がしたが、無視して歩いた。
「マヒロ様!」
追いついてきたのはジャックだった。血相を変えて手に厚手のショールを握りしめている。
「何歩いてるんですか⁉まだお身体本調子じゃないんですよ?」
「うん、でもアーセルに話があるから。絶対話がしたいから」
ジャックはマヒロの顔を見つめ、はあと息をつくと手に握っていたショールをマヒロの身体に巻き付け、その手を取った。
「じゃあ僕もお供します。倒れちゃったら大変ですから」
「‥ありがと」
アーセルは執務室にいた。マヒロがノックをして部屋に入ると、驚いた顔をしてマヒロとジャックを交互に見た。ルウェンがいないことを不思議に思ったようだった。
「マヒロ様、話は」
「うん、大体聞いた。アーセル、私ハルタカの住処に行く。絶対に行くから、手を貸してほしい。行けたら、あとでちゃんと色々かかった費用とかなんとか働いて返すから」
「‥は?」
アーセルはぽかんとした顔でマヒロを見た。何を言われたのか、よくわからない、という感じだ。それに構わずマヒロは話を続けた。
「具体的には、アツレンの近くの高山に詳しい人を紹介してほしい。そいで山登りに必要な道具とか携帯用の食料とか売ってるところ教えて。そういうの準備できたら出発する。出来れば登山口に近いところまで送ってもらえると嬉しい、体力温存しときたいし。図々しくてごめんね、他に頼める人がいないから‥色々悪いんだけど」
「いや、マヒロ様、そんな、あの」
アーセルのこんなにあたふたしている顔を見たのは初めてだった。それくらい、自分は無茶なことを言っているんだなあと実感しながらも、マヒロは言葉を止めなかった。
「アーセル、私は絶対にハルタカのところに行く。決めたんだ」
皆様、連休はいかがお過ごしですか?私は気が抜けたようにぼんやりお菓子を食べています‥。
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