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誘い

「ねえ」

宴もたけなわとなり、色々なところで人々が酔いに任せて大声で談笑している様子が見受けられ、随分砕けた雰囲気になってきていた。

マヒロはそんな人々を眺めながら、ジャックやたまにはナシュや他の使用人たちとも話をして美味しい食事を少しずつ楽しんでいた。そんなとき、ふいに後ろからかけられた声に驚いた。

振りむけば予想通り、ティルンがそこに立っていた。その顔にはあまり感情が表れておらず、やや無表情に見える。しかしいつものような険はなかった。

「何?ティルン‥様も何か食べた?何でも美味しかったよ」

意外な人物に声をかけられ、どう話せばいいのかわからないまま返事をする。ティルンは少し顔をうつむけて、小声で話し出した。

「‥‥二人で、話がしたいんだけど。僕の部屋に来てくれる?」

その声を聞いて、横にいたジャックが眉をひそめた。そして何も言わず、マヒロの上衣の袖の端をきゅっと掴んだ。

マヒロは隣にいるジャックの顔を見て、自分を心配してくれているのだ、と悟ったが、初めてティルンの方から歩み寄りの姿勢を見せてくれたこの機会を逃すべきではないと考えた。今の王様の子どもだというし、きっと仲良くしておいた方が後々アーセルやここに住む人たちのためにもよいだろう。

「いいよ‥いいですよ。お部屋ってどっちでしたっけ?」

「ついてきて」

言葉少なにそう返事をして、ティルンはくるりと踵を返し歩き出した。ジャックは一緒に行こうとしたがマヒロがそれを制した。

「‥せっかく話したいって言ってるから‥大丈夫だよ」

小声でそういうマヒロに、ジャックは不安そうな顔を隠さない。ジャックの中にある何かがティルンは危ういと報せてくる。しかしこれ以上使用人の分際で踏み込むわけにもいかない。

「何かあったらすぐ逃げてください」

「大丈夫だって」

小声でそう警告するジャックの心配を振り払うように、マヒロは笑ってティルンの後ろを追いかけていってしまった。



客室が並んでいる廊下は広間から少し離れていて、宴会の喧騒はあまり響いてこない。扉の前でティルンは止まり、そこを開けて中に入るよう促した。勧められるままにマヒロは中に入る。

マヒロも客室をあてがわれているが、ティルンの住んでいる部屋からは遠い場所だったので間取りは少し違っている。ここは特に広い客室なのだろう。マヒロの体感で言うと二十畳近くありそうな居間とその奥にも大きな扉があり、奥が寝室なのだろうと見てとれた。客室内には様々な装飾品が飾られており、これらがティルンの持ち込んだ荷物だったのだろうと推測できた。アツレンの屋敷は基本的に装飾が少なく、武骨な室内だったのでこの部屋だけが違う屋敷のようにも見える。

「座って」

ぶっきらぼうにティルンはそういった。言われるままにマヒロは一人掛けの大きな椅子に座った。ティルンは壁際に設置されていた小机の上から、大きな水差しとグラスを持ってきた。

「‥‥これ、僕が作った、ルコの実の果実水だけど。‥飲む?」

「え、果実水作ったの?‥ですか?ありがとう、いただきます!」

どうも見た目が年下に見える(実際年下なのだが)ティルンに対しては敬語がなかなか出てこない。その気まずさをごまかすかのように、グラスを受け取った。中には薄紅色の美しい飲み物が満たされている。

「わ、ルコの実の香りがする!‥ん、美味しいね!」

飲んでみれば、意外にもかなり美味しい。少し酸味があって爽やかなのも後味がよかった。

「こういうの、お上手、なんですね!また作ってほしいなあ」

にこにこ笑いながらマヒロはそう言ってまた飲んだ。その様子を見ながら、ティルンはつっけんどんに答えた。

「‥滅多にやらないけど。気が向いたから。もっと飲んでもいいよ」

「ありがとう!ティルン様は色々食べましたか?何でも美味しくて、もうカッケンさんを尊敬しちゃった」

「そうだね」

ずっと宴会で色々なヒトと話していたせいか、喉の渇きを急に覚えごくごくとグラスに入っていた分を飲み干した。

グラスをテーブルにおいて、ティルンの方に向き直る。

「それで、話って何ですか?」

ティルンはまだ椅子には座らず立ったままマヒロを見下ろしている。無表情な顔の中で金色の瞳だけが光って見えた。

「お前、アーセル様と伴侶になるの」

「えっ、‥多分、ならないと思います‥」

急に飛んできた言葉に、マヒロはへどもどして答えた。その返事が気にくわなかったらしいティルンが、ぎろりと鋭い目でマヒロを睨みつける。

「多分て何?!何かのために、アーセル様のことも取っておこうとか思ってるの?!」

「あ、いやいや、ごめん、びっくりして変な言い方になっちゃったけど、うん、アーセルとは何、も‥」


急にどくん!と心臓の音がうるさくなった。身体の中がだんだん熱くなってくる。

「あ、れ‥?」

急に瞼が重くなり、目を開けていられない。揺れる身体を支えようと思わずテーブルに手をついた。その衝撃でガシャンとグラスが倒れた。

「なん、で」

ティルンはその様子を見下ろして冷たく言った。

「酒でも飲んだの」

「‥んで、ない、」

頭がくらくらする。これではここで寝てしまうかもしれない。渾身の力を振り絞り、大きな椅子の肘掛けに掴まりながらなんとかふらふらと立ち上がった。

「ご、めん、戻る、ね」

そう言ってよろめいたマヒロの腕を、ティルンががっと掴んだ。

「送る」

そう言ってふらつくマヒロの腕を自分の肩に回して部屋を出た。


瞼が重くて開けていられない。頭がふらふらする。急に風邪でも引いたかな‥思考能力が落ちてきているのを自分でも認めながら、何とか歩こうと足を踏ん張った。

暫くしてティルンが止まり、その部屋のドアを開けた。

あれ、カギ閉めてなかったかな?と一瞬マヒロは思ったが、次の瞬間には頭がぐらりと回り考えられなくなった。

「着いたよ。後は勝手に寝て」

ティルンは荒々しくそう言うと、ドン、とマヒロを部屋の中に突き飛ばした。急に支えをなくし突き飛ばされたマヒロはがくんと力なく床に転がった。

ばたん、とドアが閉まる音がして、その後なぜかズズズ、と重い音がした。

だがマヒロはもう何も考えられず、とにかく寝よう、と寝台に向かうことにして身体を起こした。

(あれ‥?)

重い瞼をこじ開けて部屋を見れば、どうも自分の部屋とは違うように思える。家具の位置やドアの位置、何より自分の見慣れたものが何一つない。

(部屋‥間違えた‥?)


立ち上がろうとするが、なかなか足に力が入らない。近くにあった長椅子までずるずると這って行き、その肘掛けに手をかけて立ち上がろうとした。


そのとき。


ぐん!と腕を引かれた。

そしてぐっと太い腕に抱きしめられた。

え、と驚いて顔をあげると、そこには、


顔を赤く染めて息を荒くしたルウェンがいた。



身体中がバッキバキでマッサージに行きたいと思ったのですが、ご近所はどこも予約でいっぱいでした。皆さん、年末年始を終えてお疲れなんですね‥。


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