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宴会で

帰ってきた隊員たちや後から詰めかけてきた騎士たちを迎え、屋敷はごった返していた。そう広くもない厨房は普段にない忙しさでヒトがくるくると入れ替わりながら働いている。タムをはじめとしたアツレンからやってきた料理人や給仕なども、色々と元からいる使用人に尋ねながら何とか仕事を回している状態だ。

料理がとにかく間に合っておらず、厨房に近い裏庭にも竈を仕立ててそこでも調理を行っていた。

厨房の真ん中にある大きな台には、今日使う料理の食材や客人たちが持ち寄ってきた食材・料理などが所狭しと並べられており、それを取り捌くのもひと仕事である。


そこにふらりと入って来たのはティルンだった。厨房で働く元々の使用人たちはティルンの顔を知っているが、この二、三日ばかり手伝いに来た者たちはもちろんその顔を知らない。着ているものなどから、おそらく身分のあるものなのだろうとは察して邪険にはしなかったが、時に注意も払わなかった。

ティルンは様々な食材がこれでもかと盛られている大きな台を見つめた。そこには艶やかな赤いルコの実の籠盛もあった。

ティルンはその籠を手に取って、カッケンの姿を探した。カッケンは鬼気迫る勢いで鍋を振ったり何やら刻んだりしていたが、ティルンの姿を認めて手を止めた。

「ティルン様、如何されました?お腹空きましたか?」

ティルンは首を横に振って柔らかく微笑んだ。

「ううん、カッケン、このルコの実って僕が使っても構わない?」

「へ?‥まあ、構いませんが、お召し上がりになるので?」

正直、ルコの実でマヒロの好きなショートケーキを作ろうと思っていたカッケンは心の中で困りつつそう返した。

「ううん、城で最近飲んだ果実水が美味しくて。ルコの実を使ってるって言ってたから、僕作ってみたいんだ。厨房は使わなくてもできるから‥だめかな?」

ティルンはそう言って微笑み、小首をかしげてカッケンを見た。


ティルンはシンリキが少ないとはいえ、ヒトに好感を持たせるシンリキシャである。カッケンの心のほんの少しあった拒否感は霧散していった。そして知らぬ間に快諾の返事をしてしまっていた。

「構いませんよ。他に必要な材料がありましたら勝手に取って行ってください」

「ありがとう」

もう一度、ティルンはそう言ってにっこりと微笑んだ。そして大きな水差しや砂糖、他の果物などをもって厨房を去っていった。

(珍しいこともあるもんだな‥まあ、ずっと部屋に閉じこもっていなすったから、賑やかな時になんかしたくなったんかな?)

カッケンはそんなことを一瞬考えたが、すぐに料理の方へ心を向け、ティルンの事は忘れてしまった。



宴会は、中庭と広間の二か所で行われていた。中庭には主に騎士たちや戻ってきた隊員たち、その家族、そしてダルゴの工房の者たちが、広間には騎士の小隊長たちや何人かの退異師、そしてアーセル、ルウェン、マヒロがいた。

『国王選抜』もおよそ半分の日程を消化している。今のところアーセルは結構な差をつけて一位の座を保持したままだ。だからここにいる一同の顔も明るかった。

鑑定人たちもこの宴会に誘われていたが、公平を期す観点からそういった催しには参加できないので、という断りが入っていた。


珍しく、アーセルとルウェンも少し酒を飲んでいた。アーセルはそうでもないが、実はルウェンはかなりの酒好きらしい。だが普段は騎士の任務や領の仕事もあるので控えているとのことだった。

だからこそアーセルはルウェンに酒を勧めていた。

「ルウェン、今回は本当に苦労をかけた。しばらく休みでも構わないから好きなだけ飲んでくれ」

「いやいや、俺はいない間の仕事も溜まってるだろうし‥おい、アーセル、そんなにつぐな、つぐなって」

「じゃあこの一杯で終わりでもいいから、ほら」

アーセルが大声をあげて笑いながらルウェンのグラスに酒をなみなみと満たしていく。そんなふうにはしゃいでいるアーセルの姿を見たのはマヒロは初めてで、本当によかったな、と考えていた。


今まで何の役にも立たなかった自分だが、ここに来て初めて少しは役に立てた気がする。もう少し対異生物用の武器について勉強もしておきたい。先ほど中庭の方に行って、ダルゴやイルサとも話をした。ヨーリキの使い方や付与について、色々と教えてもらう約束も取りつけられたのでマヒロは満足していた。ここで頑張れば、もっと何か役に立てることもあるかもしれない。

マヒロも久しぶりに、心から笑い、この宴会を楽しんでいた。


アーセルに散々飲まされて、ルウェンはかなり酔ってきたと感じていた。最近ほとんど酒を口にしていなかったから酔いが回るのも早かったのかもしれない。少しふらつく足を自覚して、もう飲むのをやめようと、小隊長と話し込んでいたアーセルに声をかけた。

「アーセル、俺けっこう酔ったから‥もう寝るわ。明日報告書は上げますんで」

アーセルは、ルウェンの背を叩いて応じた。

「わかった、俺も飲ませすぎたかな‥歩けるか?」

「ん、まあ大丈夫だ」

そこに、今まで姿を見なかったティルンが近寄ってきた。

「アーセル様、よかったら僕がルウェンを部屋まで送りますよ。アーセル様はまだお客様のお相手をしなくてはならないでしょう?」

アーセルは少し驚いてティルンを見た。まさかティルンがそのようなことを申し出てくれるとは思いもしなかった。

だが、特に断る理由もない。

「では、お願いできますか?ご面倒をおかけしますが」

「いいえ、大丈夫です。‥ほらルウェン、よかったら僕の肩につかまって」

ルウェンは怪訝そうな顔でティルンを見やった。どう考えてもティルンは自分に好意を持っていない筈だがどういった風の吹き回しなのか。じいっとティルンの目を見つめたまま動かないルウェンに、ティルンが噴き出した。

「何をそんなに警戒してるの?部屋に送るだけだよ?」

「‥一人でも大丈夫です」

「じゃあ、部屋に入るまで見届けるだけにするから。ほら、歩いて」

そこまで言われれば断るのも面倒だ。思考があまり回らなくなってきているルウェンは素直に自室に向かって歩き出した。ティルンはその後を追うようにして歩いていく。


アーセルは少し気になって二人の姿を目で追っていたが、別の退異師に話しかけられてその相手をするために目を離さざるを得なかった。


ルウェンが部屋に入ると明かりがなく真っ暗だった。明用石を探すが、うまく手が動かない。

「明かり?つけるよ」

ティルンがそう言ってドア近くにあった明用石を取り上げ、明るくしてランプの中に入れた。

「‥ありがとうございます‥」

ルウェンはそう言って、ソファに身を投げ出した。そのままずるずると身体が横たわってしまうのが自分でもわかったが、もう動くのが面倒だった。

「寝るなら寝台の方がいいんじゃないの?‥ほら隣が寝室じゃない。立ったら?」

「‥‥とりあえずここでいいので‥もう、ほっといていいですよ‥」

返事を返すのさえ億劫だ。ルウェンは腕を枕にしてそっと目を閉じた。


「‥まあ、どこでもいいか‥」

ティルンはそう小声でつぶやくと、ドア近くの小机に置いていたグラスを手に取った。薄紅色の飲み物が満たされている。それを持ってルウェンの傍まで行き、横に跪いた。

「ルウェン、ほらこれ飲んで。僕が作った果実水だよ。お酒飲んだ後はお水飲んだ方がいいでしょ」

そう言って口元に寄せられる。ルウェンは重い瞼をこじ開けてティルンの方を見た。正直、もう何もしたくなかったが、ティルンのいうことを訊かないとここから出ていってくれないような気がしたので、仕方なく重い身体を起こした。

ティルンからグラスを受け取り、口に含む。甘さの中にも少し爽やかな風味があって味は良かった。

「ほら、全部。全部飲んで」

そう言ってティルンはグラスの底を押し上げるようにしてきた。うるせえな、と心の中では思ったが、水分が身体に沁みわっていく感じは快かったので言われるままに全部飲みほした。

「‥飲んだね」

ティルンはそう言って立ち上がった。そしてそのまま部屋を出ていく気配がした。

ルウェンはばたりとソファに仰向けになって目を閉じた。今度こそ眠れそうだ、と思った。


ちょっとバタバタしています。一応、明日も12時更新を目指しますが‥


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