「視察」
急遽決まったお出かけに、ジャックが外出のための衣服をコーディネートしてくれた。王都カルロはそこまで寒くないので、上着は少し薄手のカーディガンコートみたいなものを羽織った。下にはお尻まで覆うチュニックのようなものに細身のパンツ、ショートブーツである。
「ヨシ!可愛いです!」
と謎のジャックからのお墨付きをもらって玄関口までくれば、既にアーセルが仕度を整えて待っていた。今日は騎士服ではなく。黒い詰襟の上着に濃い緑のスラックス、ハーフブーツを履いて肩には深い茶色のマント型のコートを羽織っている。長く白い髪はハーフアップのように編まれていて、少し年齢より幼く見えた。
「ごめん、待たせちゃったかな」
「‥すみません、マヒロ様。急に俺の都合につき合わせてしまって‥」
アーセルは申し訳なさそうに目を伏せる。いつもきりりと引き締まった端正な顔立ちが、髪形や表情も相まってかわいらしく見える。
マヒロは小声で尋ねた。
「あの‥失礼だったらごめんなんだけど、アーセルってあのティルンていうヒトあんまり得意じゃない‥?」
アーセルは片手で口元を覆ってうつむいた。そして本当に小さな声で返事をした。
「‥‥俺の伴侶にしてくれ、ということを全く隠さないで来られますので‥どうしていいかわからず‥」
「あー‥確かに押しが強そうではあるよね‥」
そして謎に自分は嫌われているようだ。
何でだ‥?と考えているマヒロに、アーセルは申し訳なさそうな顔で重ねて言った。
「‥思い返せば俺もマヒロ様に同じようなことをしていたのではないかと、反省しました」
「え?全然そんなことないよ、アーセルはすごく私の気持ちとか尊重してくれてるし、自分の気持ちを押しつけたりしないじゃん。‥そこに私は甘えまくってるからホントごめんなんだけど‥」
と、マヒロがあたふたとアーセルに応えていると、斜め後ろからドン!と何かがぶつかってきた。予想もしていなかった衝撃に思わず前にたたらを踏む。
それを見てアーセルがさっとマヒロの腕を掴んで支えてくれる。「ありがとう」と言ってしっかり立ち、後ろを振り返ればティルンがいた。そしてアーセルがマヒロを掴んだままの手をぐいと握ってマヒロからもぎ離す。
「アーセル様、お待たせしました!行きましょう!」
そうか、お前、徹底的に私のこと無視する方向なんだな?そういう喧嘩の売り方なんだな?よっしゃ買ってやろう!
「ティルンさん?でしたっけ?気をつけないと街の中に行くともっといっぱい人がいますからぶつかっちゃいますよ~危ないですよ~」
マヒロは正面からばっちりティルンの顔を見てそう言ってやった。ティルンは憎々し気にマヒロを睨んでいたが、全く返事をすることなくアーセルの腕に絡みついて引っ張った。
「行きましょうアーセル様!小型機工車に乗りますか?」
「‥乗りません。歩いていきますが、ティルン様、離れてください」
やや冷たくアーセルにそう言われても、ティルンはめげることなくぎゅうっとアーセルの腕にしがみつく。
「え~どうしてですか?僕、久しぶりだからアーセル様に甘えたいです」
「‥えぐ‥」
ぶっりぶりにあざとい感じのティルンに思わずマヒロは心の声が洩れた。ティルンはキッとマヒロを睨んだが、何も言わずアーセルにくっついたままだ。
アーセルは黙ってぐいっとティルンを引き剥がした。「あ」と声を上げたティルンに構わずマヒロに微笑みかけ、「行きましょう」と言う。
無論、またティルンは恐ろしい顔をしてマヒロを睨んできた。
面倒くさくなってきたマヒロは、はーとため息をついてティルンに向き直った。
「ティルンさん、私のことが嫌いなのは十分わかりましたけど、そんなに睨まないでくれます?なんか嫌だし‥同じように私も睨んだ方がいいですか?睨んでばっかりいると、その可愛いお顔が歪んじゃいますよ」
ティルンは一瞬、ぐっと唇を噛みしめ灼き殺さんばかりの視線をマヒロに向けていたが、すぐにアーセルに向き直りまた性懲りもなくその身体に抱きついた。
「やだ、アーセル様このヒト怖いです!僕、何にもしてないのに‥」
「‥‥そっすね、何にも『して』はいないですねえ‥」
今までマヒロの周りにこんなめんどくさい人はいなかったので、もうどうでもいいやという気持ちになってきた。「行きましょか」と軽くアーセルに声をかけ、街の方向に向かってすたすたと歩きだす。
後ろでアーセルがついてこようとしながらティルンを離そうと必死になっている、ような気配がしたが、出かける前からすでに疲れてしまったマヒロは無視して歩き続けた。
もともと何かの予定があった外出ではないのでどこに行ってもいいんだろう、と思ったマヒロはこの機会に行ってみたかったところに行こう、と好き勝手に歩いた。
ジャックが言っていたスキンケア用品の店では、その材料や精製についても店主が詳しく教えてくれてかなり勉強になった。店主の伴侶がヨーリキシャで、ヨーリキで行う鑑定や解析の方法についても詳しく聞けたことはかなりの収穫だった。
次に武器・防具屋に行く。マヒロは日本でもゲームなどをする方ではなかったので、武器防具に関しては知らないものがたくさんあり、一度詳しく話を聞いてみたかったのだ。少し大きめの店舗に入るとそこは王都でも一、二を争う武具防具隊商会だったらしく、会長の息子という人物が出てきて、色々とマヒロの質問に答えてくれた。
「え、異生物相手の武器と対人・獣の武器って同じなんですか?」
「ええ。異生物相手の場合には武器に力を流すだけですから。大体はレイリキかマリキですけど、その回路を組み込んでおけばいいんです。ですから店頭に置いてあるものは普通の武器で、異生物退治にお使いのお客様には別で回路を埋め込みます」
「知らなかった‥回路ってどうやってつけるんですか?」
「基本的には武器を作った者がヨーリキを使って武器の中に回路を書き込んでいく感じですね。時々別のリキシャがやっている場合もありますが、力を使って書き込むのは一緒です」
「へえ、じゃあ私でもできますか?」
会長の息子は、曖昧な笑顔を浮かべた。
「理論的には可能ですが‥普通はヨーリキシャでも十年以上は修練を積んだものしか書き込めないと言われています」
「あっ、そうなんですね‥そうですよね、修行が要りますよね」
あはは~と恥ずかしさを隠して愛想笑いをした。息子は何も言わずに静かに微笑んでいた。
どこに行ってもマヒロが色々質問ばかりしているので、心の中で(あれ、これアーセルの視察っていう名目だった気がするけど、私ばっかり話してていいのかな?)と思ったが、アーセルはティルンから身を離そうということにしか意識が向いていなさそうだったので、まあいいか、と考えるのをやめた。
それにしても、あからさまにアーセルはティルンを嫌がっているのに、ティルンは一向に諦めずぐいぐいとアーセルに迫っている。あそこまで行くと逆にいっそすがすがしいな、とマヒロはだんだん感心してきていた。
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