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揺れる

覚えておけ、と言われても正直マヒロはどのように対応すればいいのかわからなかったが、とりあえず少し注意していよう、と思うにとどめた。

帰りの小型機工車の中では、アーセルが珍しくぐったりとした様子を見せていた。思わずマヒロが「大丈夫?」と声をかけると、アーセルはそれでも笑ってみせた。

「すみません、だらしないところを‥少し気疲れしてしまいました」

「アーセルっていつもきりっとしてて強そうだけど、やっぱり疲れることもあるんだねえ」

そうマヒロがしみじみと言えば、アーセルはじっとマヒロの目を見つめていった。

「そんなふうに思っていただけるのは嬉しいです。が、俺はそんなに強いヒトではありません‥選抜をどう切り抜けるか、考えるのはやはり億劫です」

マヒロは騎士団でのアーセルの鍛錬の様子などもしばしば見かけていた。マヒロからすれば信じられないような苦しそうな鍛錬でも、アーセルは騎士たちと混じってこなしていたし、模擬戦ではだれもアーセルに敵う者はなかった。

それでもこのように不安に思う、ということは、他の領主たちはよほど優秀なのだろうか。


そもそも異生物の討伐、というのをマヒロは直に見たことがない。

最初にこの世界にやってきたときに遭遇した異生物は、マヒロが意識朦朧としている間にハルタカが退治してしまっていたのでその時も見ていない。

一度、異生物の発生現場に行ってみたいと申し出てみたのだが、ルウェンとアーセルの両名に恐ろしい顔で反対された。

異生物は、どれも一定の姿や能力を持っているわけではないので遭遇してみないとその危険度がわからない。そんなところに非戦闘員であるマヒロを連れて行くことはできない、と強く言われた。

足手まといになっても迷惑なので、それ以降申し出たことはない。

「アーセル、強いと思うんだけど‥そんなに他の領主は強いの?」

と問いかけたマヒロに、ルウェンが珍しく厳しい顔をして言った。

「‥正直、アーセルの障害となりそうなのはニュエレンのダンゾとターマスのガルンです。特にニュエレンのダンゾは強い。一人で楽々と異生物を狩れるほどのマリキシャです。あれで人格に難がなければよかったんですが‥」

「私を攫おうとした人だよね?そんなことするくらいだから弱いのかと思ってた」

そういうマヒロに、顔を顰めて答える。

「豪胆な戦い方に似合わず慎重で狡猾なヒトなんですよ。‥万が一にも『カベワタリ』を他の者に渡したくなかったんでしょう。‥まだ、マヒロ様のことは諦めていないと思いますからくれぐれも気をつけてください。絶対に一人で出歩かないように」

「うん、わかってる。迷惑になることはしない」

自分が好奇心で勝手な行動をすれば、多くのヒトに迷惑がかかることをのみこんでいるマヒロははっきりとそう答えた。

ルウェンはそんなマヒロの顔を見て、少しだけ表情を緩めた。

「あとはできるだけアーセルと時を過ごしてやって下さい。マヒロ様の力が伝わるように」

「ルウェン、そういうことはいい」

アーセルがルウェンの肩に手をかけて制した。ルウェンは不承不承口を閉ざす。マヒロは何といっていいかわからず、視線を下げて黙り込んだ。ハルタカがいないのが心細い。

アーセルはそっとマヒロの手に手を重ねた。相変わらず柔らかい触れ方だ。

「マヒロ様、気になさらず。‥所詮は我が国の問題です。俺は俺のできることを精一杯やるだけですから」

「うん‥なんか、あまり役に立てなくてごめんね」

「いえ、そんな。‥マヒロ様が俺の傍にいてくださるだけでも心強いです」

アーセルはそっと触れていた手の指で、マヒロの指をきゅっと握った。そこから伝わる温もりにドキッとする。

(‥何でドキドキしちゃうんだよ‥私が好きなのはハルタカなのに)

どこまでも優しく、マヒロの気持ちを最優先にしてくれるアーセルを、マヒロはどんな顔をしてみていいかわからなかった。ずっとうつむいていると、アーセルがまた言った。

「‥今日の衣装のマヒロ様はとても美しかったです。俺が隣で支えたかった‥今度は俺が選んだ衣装を着てみせてください」

「‥‥‥うん、ありがとう」

そう言えば、パーティーのための衣装も買ってもらっていたのに、急にこの衣装を着ることになったことをアーセルに断っていなかった。それを思い出して、申し訳ない気持ちになる。

「ごめんね、アーセルにも素敵な衣装買ってもらってたのに‥」

「いえ、また次の機会があるということですから。楽しみにしています」

アーセルはマヒロの指を握ったまま、ふわりと笑った。またマヒロの胸がどきりとした。



領主邸に着くと、ハルタカが先に着いて待っていた。小型機工車から降りてきたマヒロをすぐに抱き上げる。急に高く持ち上げられて、マヒロはひゃあっと声を上げた。

「うわ、怖いよハルタカ」

「マヒロ」

思わずしがみついたマヒロをぎゅっと抱きしめて、ハルタカは耳元で囁いた。

「今日のお前は一番美しかった。隣に立てて良かった」

「え、あ、うん‥ありがと」

急に耳元でいい声を聞き、マヒロはカッと顔が赤くなるのを感じた。絶対自分よりも綺麗なヒトがいっぱいいたけどな‥と思ったが、それは言わないでおいた。

そんなマヒロの後頭部にハルタカは手を当て、ぎゅっと胸の中に閉じ込める。がっしりとしたハルタカに抱き込まれながら、マヒロは自分の感情がわからなくなっていた。


ハルタカを見れば好きだと思うし安心する。

だが、アーセルの優しさに触れても胸の動悸が早まる。


ハルタカを好きだと思っているし、例えばハルタカを措いてアーセルとキスしたい、などとは思ったことはない。だから自分の一番はハルタカなのだ、と思うのだが、アーセルに対する気持ちが何なのかもわからない。

本当はこんないい加減な気持ちでアーセルの傍にいるのはよくないのだろう。自分がいるからと言って何かが急激に変わるわけでもないようだから。

だが、アーセルの顔を見ると少しでも傍にいてあげたいと思ってしまうのだ。


そう考えてしまう自分が、何だか卑怯な気がしてマヒロは自分に対して嫌悪感がぬぐえなかった。

それを振り払うかのように、ハルタカにしがみつく。ハルタカは嬉しそうにマヒロを抱きかかえ、邸内に入っていった。

アーセルは、少し疲れたような微笑みを顔に浮かべてその後ろ姿を眺めていた。


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