三者三様の思い
「私が想像してたパーティーとは違うっぽくてよかった!緊張しないですむかも」
マヒロがそう言ってほっと安堵の息をつくと、ルウェンが不思議そうにマヒロを見た。
「パーティーで何か緊張することってありますか?」
「いや、行ったことがないからわかんないと緊張するかなって‥でも、私は多分じっとしてご飯食べてればいい感じだよね?」
アーセルが少し眉を下げて困ったような表情を浮かべた。それから言葉を選びながらマヒロに話しかける。
「マヒロ様、申し訳ありませんがパーティーの間、どこかの機会で国王陛下に謁見していただきたいのです。目立たぬように、少し離れた部屋での謁見になるかと思うのですが‥」
マヒロはそれを聞いて初めてアーセルたちに会った時の事を思い出した。そう言えば国王が会いたがってるとか言ってたかもしれない。
「あの、でも、私あんまりちゃんとした礼儀作法なんて知らないんだけど‥失礼だー!って怒られたりしないかな?」
隣の席に座っていたハルタカがそっとマヒロの手の上に大きな掌をかぶせてきた。そして優しく言った。
「大丈夫だ、そんなことにならぬように私が傍についている」
ルウェンがちょっと嫌そうな顔をして、もの言いたげにアーセルの方を見た。アーセルは変わらず少し困ったような顔をして頷いた。
「‥まあ、龍人様にご一緒していただく方がいいかもしれませんね‥城内は必ずしも安全とは言い難いですし」
「え?」
マヒロは驚いてアーセルの方を見た。アーセルは困り顔のまま、だがマヒロを安心させるように力強く話し出した。
「マヒロ様を以前攫ったと思われる、ニュエレンからの者や他の領主たちも来ますからね‥基本的にニュエレンのダンゾとダーマス領のガルンには気をつけておいてください。私たちもマヒロ様をお一人には決してしないつもりですが、心構えがあった方がいいでしょう。‥‥龍人様もおいでになるようですし」
ハルタカはアーセルの顔を見ずにふん、と鼻を鳴らした。その様子を見てルウェンが横を向いて小さく舌を出している。アーセルは目顔でルウェンを軽く睨んでから、マヒロに向き直った。
「マヒロ様は是非楽しんでください。城は外観は武骨ですが、内装には色々と手をかけているところもありますからきっと面白いと思いますし」
「‥そうなんだ、じゃそれを楽しみにしてるね」
「領主よ、頼みがある」
いきなりハルタカがそう切り出した。何を言い出すのかとテーブルについていた全員がハルタカの方を見た。ハルタカはちらりと横にいるマヒロを見やってから話し始めた。
「マヒロが私の番いだということは、まだ公にしないでくれ。‥実際にはまだ番いではない。そこを何者かに狙われたりすると困る。マヒロに注目必要以上に集まるのは避けたい」
「‥‥じゃあ、龍人様がエスコートなんてしなきゃいいんじゃないですかね?アーセルが連れて歩く方がよほど注目を集めませんよ。龍人様だけでも十分目立つんですから」
ルウェンが面倒くさそうに視線を明後日の方に向けながらそう言い放つ。ハルタカはぎゅっと眉根を寄せて厳しい顔つきになった。それを見たマヒロは慌てて割って入った。
「あ、あのごめん、それは‥私がハルタカに頼んだから‥我儘になるんだったんだね、知らなくて‥ごめんなさい」
そう言って椅子から立ち上がり思い切りよく頭を下げた。全員がそれを見て驚き慌てた。ルウェンは急いで言葉を継ぐ。
「いや、マヒロ様のご希望、でしたら、大丈夫です!アーセルと一緒に行ってほしかったとは思いますが、また今度にでも」
「マヒロ様、おれの事は気になさらなくて大丈夫です」
「マヒロ、そんな事で頭を下げなくていい」
三者三様の言葉に思わず笑いがこぼれた。マヒロの笑い声でダイニングルームの雰囲気がやや明るくなる。
「‥じゃあ、ごめんね、ハルタカと一緒に参加させてもらうね。アーセルのお家にお世話になってるのにごめんなさい」
「いえ、それは俺たちがお願いしたことですから。マヒロ様がご無事で楽しんでくださればと思います」
アーセルはハルタカの射るような視線にも全く動じることなく、マヒロにそう言って微笑んだ。
アーセルはマヒロとハルタカの様子を見ながら、この二人の間に割って入るのはおそらく不可能なのだろうな、と悟っていた。マヒロはいつも明るく優しい。アーセルにも気安く話しかけてくれるし警戒している様子もない。
だがそこに色がのる気配を全く感じられなかった。確固としてマヒロの中にハルタカが存在しているのを、ハルタカがいなくてもアーセルは感じ取っていた。
マヒロを手に入れたい。自分だけをその黒い瞳に映してほしい。
その欲は相変わらずあるし、全く諦めてしまったという訳でもない。
だが、マヒロが元気で明るく笑っていてくれるなら、それでもいいか、と思ってしまう。ハルタカの隣にいるマヒロは、安心していつもより笑顔が多い気がする。
自分にはマヒロをそのようにさせることができないのだ、と認めるのは苦しかったが、それでもマヒロの笑顔を見ていられればアーセルは幸せだった。
あと六か月。
その期間にマヒロの気持ちをこちらに向けることは、おそらくできないだろう。
だが、その期間はマヒロとともにいられる。
アーセルは、今はその事だけを考えるようにした。
一方、ルウェンは迷っていた。
マヒロがいいヒトであることには疑いはない。アツレンでもカルロでも使用人たちには受けがいいし横柄な態度など取らない。アツレンの服飾商会と取引して、やらずともいい仕事を引き受けてちまちまと何やら作ったりもしているらしい。フェンドラ領主の紋章の意匠を、細かなレース編みで再現したものを見た時には正直驚いた。
働かずとも贅沢ができる環境にあるのに、贅沢を好まない。
どこからどう見ても、国王の伴侶として申し分なかった。
しかし、目の上のたんこぶともいうべき龍人が、しっかりと抱え込んでいてその手を離さない。先日揉めていたようだったので、ようやく好機到来か、と胸を躍らせたのに、今目の前にいる二人を見ていると元通りになってしまったことがわかった。
何しろアーセルが莫迦のように大人しい。龍人がいない時にでももっとぐいぐい行けばいいのに。
気は乗らないが、どこかの段階でパルーラ(性交幻覚剤)を使って無理やりにでも既成事実を作るしかない。
だが、マヒロの屈託のない笑顔を見ていると、周囲から散々腹黒と言われているルウェンでさえその実行がためらわれるのだった。
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