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キャパオーバー

ぽと、と薄い茶器を思わず布団の上に取り落とした。わずかに残っていた茶が綺麗な白い布団に小さな染みを作っている。だが天尋(マヒロ)はそんなものに意識を向ける余裕もなかった。

何を言ってるんだこのイケメンは。この世界には恥ずかしいとかいう感情は欠落しているのか?デリカシーとかない世界?ここで私生きて行かなきゃなんないの?

「どうなんだ?‥‥そう言えばお前、名は何という?」

言われて初めて、まだ自分の名を名乗っていないことに気づいた。‥大概私も失礼だったわ。

鳴鳥天尋(ナキドリマヒロ)です。十八歳です」

「ナキドリマヒロ?‥さすがカベワタリ、名が長いな。ナキと呼べばいいか?」

何で名字呼び?と思ったが、名字の概念がないのかもしれないと思いついて応えた。

「まひろって呼んでください。そっちが名前なんで」

「マヒロか。十八とは、若いな」

「‥ハルタカさんだって若いでしょ。幾つなんですか」

「私は三百を少し超えたところだ。まあ、この帯壁内にいる龍人(タツト)の中では一番若いな」

マヒロは目を見開いた。‥三百歳越え‥?漫画じゃん。アニメの世界じゃん。

「この世界の人はみんなそんなに長生きなんですか?私のところは大体八十年くらいなんですけど‥」

今度はハルタカが驚く番だった。美しい金色の目を見開いてマヒロをじっと見る。

「‥短い生なのだな‥だが、お前の身体は少しずつ変わっていく。そのうちこの世界のヒトの身体とあまり変わらなくなるはずだ。そうすれば二百年近くは生きるだろう。ヒトの寿命は、大きな怪我や病にさえならなければおよそ百八十から二百年ほどだ。龍人(タツト)の寿命は‥まあ千年単位だと言われている。正直どれほど長く生きるかは判らん。生に飽いて自ら命を絶つものはいるがな」

‥異世界に来たら寿命が倍くらいになったらしい。喜んでいいんだろうかそれ。そして龍人(タツト)の寿命千年単位て。正直判らんって。もうそれ神じゃん。

「ハルタカさんって神様?」

「神と呼ばれるものはいるかどうかわからん。恐らくいるのだろうと長老は言っていたが。とりあえず私はただの龍人(タツト)だ」

ただの龍人(タツト)って‥全然「ただの」じゃないし‥。ん?そもそも‥

「あの、龍人(タツト)って寿命以外に何が人と違うんですか?」

面倒だ、と言い放った人物とは思えないほど、ハルタカは根気よく何度もマヒロの質問に答えてくれる。

「大きく違うのは寿命だが、先ほども言ったようにまず身体が違うな。龍人(タツト)には陰裂(レム)がない。そして子を産まない。番う時にはヒトと番う。そしてヒトに子を産んでもらうな。龍人(タツト)もその場合は子果を授かりに行く」

「そういえば、その、『しか』ってなんですか?」

「子果樹という木に生る実の事だ。こちらでは子が欲しい時に伴侶で子果樹に祈り子果を授かる。授かった子果を伴侶が同時に食して性交をする。大体一年くらいの間には伴侶の誰かに子ができる。龍人(タツト)は子を産まぬからヒトの伴侶が産むことになるな」

ええええ。マジか。じゃあマジで欲しい人にしか子どもができないんじゃん。避妊なしの世界か。

‥‥待ってちょっと待ってさっき私の身体もこの世界の人みたいになるって言ってたけどまさかと思うけど!

「‥‥‥あの‥私にも、‥‥そのうち、陰茎、が生えてくるんですか‥?」

「おそらくな」

マヒロはばたっと後ろに倒れ込んだ。そして両手で顔を覆う。

もうこれ以上の衝撃はお腹いっぱいだ。女として生きてきて十八年。まさか自分に男の人のあれが生えてくる羽目になろうとは。トイレとかどうすればいいの。まさか私、立って小さい方しなきゃいけなくなる‥?やだやだ男子トイレとか入れない!‥いや違うわ、男女の区別なかったんだった。あれ、じゃあ外のトイレって全員共通で使うもの?それはそれでなんかヤダ‥。

「トイレとかって‥全員共通で使うんですか‥?」

「?といれとは何だ」

あーまたこれね。このパターンね。

「食べたら排泄するでしょ。食べたものを出すところです。大便小便を出すところです!」

がばっと起き上がったマヒロはまたもやけくそ気味に叫んだ。だがハルタカは全くぴんと来ていないらしくまた首をかしげている。

「食べたら出す‥?なぜ出すんだ。食べる意味がないだろう」

‥ん?

「出さないの?食べたら、食べっぱなし?」

「それはそうだろう、そうでなければ食べたり飲んだりする意味がない。飲み食いをして初めて身体に栄養が行き渡るのだから」

‥‥排泄ない世界観らしい‥。トイレ、そもそもないんだ‥。そう言えば今も全然トイレ行きたくなんないわ。

「はあああ」

大きく息をついて、再びばたん、と後ろへ倒れ込む。柔らかい布団は優しくマヒロを受け止めてくれた。目の上を腕で覆いながら、ハルタカの方を見ずに言った。

「ごめんなさい、お世話になってる身で何なんですけど、ちょっともう衝撃がありすぎて疲れちゃって‥お話はまたあとで聞かせてもらっていいですか‥?」

そう呟くように言ったマヒロの傍に、ハルタカが歩いてきた気配がした。ぎし、と寝台が軋んだので腕をのけてみる。顔のすぐ近くにハルタカの美しい顔があった。「ひゃっ」と驚いて身をすくませたマヒロを見ると、ハルタカは顔を離した。

「‥とりあえず口づけは今はやめておくか」

そう言えば最初はそんな話だったっけ。もう話す気力もなくマヒロはただ頷いてもそもそ布団の中に潜った。

それを見届けてハルタカは部屋から出た。




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