舌戦
アーセルも顔は整っています。どちらかと言えばいかつめのイメージですが‥
ルウェンは顔だけ見れば、ちょっと優男のイメージで書いてます。
アーセルは冴え冴えとした声でそう言った。ハルタカは顔を顰めたまま、固くマヒロの肩を抱いている。アーセルはそのマヒロの肩に置かれたハルタカの手を見て、小さく舌打ちをした。
マヒロはただただ焦っていた。‥‥何だかすっごく空気が悪い、というか雰囲気が最悪だ。何でだ。とにかく、返事、そうだ私が早くが返事をしないからこんな空気に‥
「あの!全然大丈夫です!ハルタカはちゃんと抱えててくれましたし!大丈夫なんで!」
えへらえへらと愛想笑いを浮かべつつそう言ってアーセルを見た。アーセルは厳しい目でマヒロを見つめていたが、マヒロが焦りつつもにこにこ笑っているのを見て、ふっと力を抜いた。
「‥でしたらよかった。‥あんな事の後でしたから心配していました」
「あー‥ありがとうございます‥」
柔らかく笑うアーセルに少しドキリとする。最初の印象はよくなかったが、アーセルが一人でマヒロを助けてくれたのは確かだ。そしてその時のアーセルは武骨ながらとても優しくマヒロに接してくれた。
‥待て待て、私?‥好きなのはハルタカだよね?
うん、そう。‥好きなのはハルタカだ。さっきはちょっと、タイミング悪くて返事できなかったけど。
軽々しく他の男にときめくなんてよくない。うん、よくない。
マヒロは肩に置かれたハルタカの手に自分の手をそっと重ねた。ハルタカは少し驚いて、それから嬉しそうに笑った。
アーセルは、それを見て胸にナイフを突き入れられたような気がした。ぐっと唇を引き結ぶ。‥マヒロを手に入れるには、もう遅かったのか。
‥‥‥手に、入れる?
アーセルは胸の内の自分の言葉に驚いた。いつの間に、そんなにこの『カベワタリ』に心を奪われていたのだろう。龍人の腕の中にいる『カベワタリ』を見ていると胸が軋むように痛む。
そして、マヒロは今マヒロは今、龍人の手に‥手を重ねた。もう、この二人の気持ちは通じ合ってしまっているのだろうか‥。
知らず知らずのうちに顔をうつむけてしまったアーセルを見て、ルウェンが真面目な口調で話し出した。
「マヒロ様、まずは口書きを取っていいですか?攫われる前‥ツェラの店にあいつらが押し入ったところから覚えている限りのことを教えてください」
覚えている範囲での事をマヒロがルウェンに訥々と話している間、ハルタカとアーセルは無言で対峙していた。
いや、どちらかと言えば無表情に徹しようとしているアーセルにハルタカが焼き殺しそうな目で睨みつけている、と言った方が正しい。
ハルタカは、あからさまにマヒロへの好意を示すこの騎士が気に入らなかった。先日この詰所を訪れた時にはどちらかと言えば慇懃無礼な態度であったこの領主騎士が、なぜ急にマヒロに興味を示し始めたのか。
自分がマヒロの傍にいなかったわずかな間に、二人に何かあったのか。
マヒロから番いに関する返事をもらえていないだけに、ハルタカはじりじりと胸の内が焦げ付くような思いでマヒロを待ち、アーセルを睨んでいた。
アーセルはアーセルで、ハルタカの事を気にしないようにしようと心を落ち着かせようとしているのだが、先ほどのマヒロの態度やハルタカがべったりとマヒロから離れない様子などがギリギリと胸をしめつける。
マヒロはハルタカに肩を抱かれつつルウェンの質問に答えていたが、ハルタカとアーセルの二人が醸し出す不穏な空気が気になって仕方ない。そんなに仲が悪くなるようなことあったっけ?と考えてもマヒロにはさっぱりわからないのでなおさら気になる。
ひとまず、調書を書き終わったルウェンが、笑顔でマヒロに言った。
「はい、これで終わりです!ありがとうございますマヒロ様」
そして立ち上がって異常に愛想のいい笑顔をばらまきつつ言った。
「お疲れになったでしょう?いいお茶がありますから淹れて参ります。少しお待ちになって下さい」
そういってそそくさと部屋を出て行った。
残されたのは、無表情を装おうとするイカツイ騎士と不機嫌さと怒りを隠しもしない龍人。
気まずい、気まずすぎる!マヒロは内心焦りまくっていた。
一か月そこらとはいえ、しばらくヒトと触れあっていなかったせいでどう対応するのが正解かわからない。そもそも何でこんな険悪な雰囲気になっているのかわからない(無自覚かつ鈍感である)。二人の顔を交互に見ながら、あたふたと混乱したマヒロは唐突に核心をついてしまった。
「は、ハルタカさん何でそんなに不機嫌なんですか?」
ぴく、とハルタカの身体が跳ねた。
やばい、混乱して直球で訊いちゃった!オブラート、オブラートはどこで売ってますか⁉
「‥不機嫌‥」
小さな声でハルタカが繰り返している。うん?自覚なかった?
ハルタカはゆっくりとマヒロの顔を見つめてきた。あ~やっぱり美形。美しい。やばい。‥冷静に考えてこの美形の隣に並ぶの私でいいわけなくない‥?
思考の迷路に入り込みそうになっているマヒロに、ハルタカはゆっくりと話し出した。
「‥もし、私が今不機嫌なのだとしたら、それは目の前にいるこの男のせいだ」
今度はアーセルがぴく、と身体を震わせた。エライこと言うたぞ、と思ったマヒロは恐る恐るアーセルの方をちらりと見てみる。
先ほどまで努力の結果無表情を貫いていたアーセルの顔が、がっちり眉を顰めた怒り顔に変化していた。
ひえ、と口の中で悲鳴をあげたマヒロに構わず、ハルタカは話を続ける。
「先日は突然話があるとここに連れてきたような無礼を働いたものが、今日になって急にマヒロに気のあるようなそぶりをしているのが解せないし不快だ」
‥‥ん?
この、エライ領主様が私に気がある‥?
マヒロはもう一度アーセルの方を見た。
アーセルはあまり表情を変えていなかったが、怒りの雰囲気は少し和らいでいるように見える。パチ、とマヒロと目が合ったアーセルはわずかにマヒロに微笑んだ。
「‥ヒトを、好きになることに時間はいらぬのだと身を持って感じただけのことです」
‥‥‥んん?
肯定、された?
マヒロの頭はパニックになった。
待って待って待ってくれ。そんなモテ期の到来私の人生にある筈がない。だって私だよ?どう見ても平々凡々、取り立てて可愛くもきれいでもない、私だよ?
混乱とパニックで口がきけなくなっているマヒロをよそに、ハルタカとアーセルのにらみ合い、いや舌戦は鋭くなっていく。
「随分と都合のいいことを言う」
「それはあなたに言われることではないと思うが」
「マヒロは私の番いだ」
「‥まだ番いにはなっていないと聞き及んでおります」
「すぐに番いになる!」
「マヒロ様のご了承は?長い生とヒトの社会からの断絶を、マヒロ様は受け入れられると?まだこちらに渡ってこられてひと月余りしか経っていないというのに?性急にすぎませんか」
「お前には関係のないことだ」
「あります、私はフェンドラの領主ですし、その上マヒロ様に対して好意を持っている」
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