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救出

パルーリアを十回分買った、ということは『カベワタリ』を()()()()()()で連れ去ったと考えられる。だが、『カベワタリ』を手に入れたいのはダンゾで間違いないだろうから、まだ投与はされていない筈だ。使うとしたらダンゾの目の前でであろうから。

ただ、シンリキシャのダシルがいるということから『カベワタリ』が正気を保っているとは思えない。中に入れば三人を相手に『カベワタリ』を確保しながら戦う必要がある。

しばらく思案した後、崩れかけた一軒家の周りに動きがないことを確認したアーセルは背に負った長剣を抜きはらい、静かに近寄っていった。


一軒家の中では、マリキシャのジータ、シンリキシャのダシル、そしてキリキシャのオルルが静かに話していた。マヒロは意識が朦朧とした状態で、部屋の片隅にあるぼろぼろの長椅子に座らされていた。目の前にいる男三人がよくない者たちだというのは頭のどこかでわかているのだが、それ以上の思考が思考が重なっていかない。思考するための道を塞がれているような感触だった。

ダシルはマヒロを見やって言った。

「別に『カベワタリ』だから格別に美しい、という訳でもないんだなあ。普通の若者(ワクシャ)に見える」

するとジータはにやりと笑って応えた。

「そうか?俺はなかなかの玉だと思うがな。顔立ちも珍しいし、何しろあの目がいい」

ジータは自分を見上げた時のマヒロの顔を思い出した。あの輝く黒い目の中には恐れと戸惑いの中に、確かに怒りがあった。

ニュエレンの退異騎士団の中でも、諜報やそれにかかわる荒事に引っ張られがちなジータはヒトに恐れられることには慣れていた。誰もが畏怖の目でジータを見たし好意なんてものは滅多に向けられることはない。まして怒りの感情を向けてくるような愚か者はニュエレンにはいなかった。

だがこの『カベワタリ』は、自分が襲われているのが確実なあの状況で確かに怒りを持ってジータを見たのだ。面白い、とジータは思った。

「ダンゾ様に差し上げるのがもったいねえな、と思うほどには俺はいいと思うぜ」

そういうジータにオルルがぎょっとした。オルルはジータと組むのは初めてだったがこの男の噂はかねがね聞き及んでいる。

「おい、まさか本気じゃないだろうな?」

焦ってそう問いかけてくるオルルに目をくれて、ふふんと不遜に笑う。

「本気じゃねえとも。‥心配すんなよ」

虚ろな目をして虚空を見つめる『カベワタリ』の方を見る。

オルルは貧民街でパルーリアを買っていた。先ほどちらりと見た感じでは十回分ほどもあっただろうか。おそらくここにダンゾが来てから使うつもりなのだろう。あれを十回も使われたら、精神に重大な影響が出るに違いない。‥ダンゾはそれでもいいと考えているということだ。

ジータは胸の中に苦いものが走るのを感じた。それを押し流すかのようにごくっと水を飲んだ。

ダシルが何の気なしにオルルに尋ねた。

「ダンゾ様はいつ頃こちらに来る予定なんだ?」

「転移のできるキリキシャが今ニュエレンにはいないからな。傭兵かなんかで探してるっては聞いてる。見つかり次第来られるんじゃねえかな」

ジータはその言葉を聞きながら、ではまだ猶予はあるんだな、と考えていた。

これまで攫ってきた人物に憐みの心や同情心など抱いたことはなかったのに、なぜ自分はそんなことを考えているのだろうとジータは苦々しく思った。

怒りを表されたから、なんてガキじゃあるめえし。

ふっと短く息を吐き出してジータが椅子の上で目をつぶった時。

ドゴン!と、何か爆発したかのような音がした。


アーセルは一軒家の周りを慎重に歩き、およその広さを測って間取りの見当をつけた。そして広い面積で破壊しても崩れ落ちない部分はどこかを探る。アーセルのレイリキは、異生物への攻撃と物質の破壊に特化されたものだった。破壊の程度を自分で調整できるようになるまではかなりの期間と訓練を要したのだったが。

ここだ、という場所を見極めると、破壊した後の手順を頭の中で考える。そして思いきり長剣を壁に向かって叩きつけた。長剣からレイリキが迸った。

ドゴン!と大きな爆発のような音がして、目の前の壁は崩れ落ちた。舞い上がる土埃の中、少し向こうにヒトの影が見えた。

一番厄介なのはジータで間違いない。アーセルは黒髪を目指して跳躍した。土埃の上に身体が飛べばはっきりとヒトの形が見えた。

『カベワタリ』は力なく長椅子にかけている。まだ椅子に座ったままのジータ、立っているダシル、そしてこちらも椅子にかけたままのキリキシャ。

アーセルは着地とともに重い長剣の面でジータの頭部を殴りつけた。ガン、と鈍い音がしてジータが崩れ落ちる。意識を失ったのを確認してから振り下ろしていた剣をそのままキリキシャの方に向かって振り上げる。今度は長剣の刃を立てた。

「ぐあ!」

下から斬り上げられたキリキシャは鮮血を振りまきながら倒れ込んだ。振り上げたまま剣を構え逃げる体勢になっていたダシルの背を追う。何歩か駆け寄って上から長剣を振り下ろす。ダシルの背中がばっくりと斬り裂かれ、そのままそこに崩れ落ちた。

時間にすれば、一分にも満たない剣戟だった。

斬られた傷に呻いている二人に見向きもせず、アーセルは腰につけていた捕縛縄で身動きのできないようジータを縛り上げた。その後、信号弾をあげた。信号弾はぱしゅっと音を立てて赤い煙を一筋拭き上げながら空高く登って行った。

そこまで確認してから、長椅子に座らされた『カベワタリ』を見る。目隠しは取り去られ、黒い目が露わになっていたがそこに輝きはなかった。

「やはりシンリキをかけられていたか」

そう呟いてアーセルは『カベワタリ』の前に跪いた。小さな顔を両手で挟んで黒い目を覗き込む。

(確か‥)

先日のやり取りを思い出し、アーセルは言った。

「マヒロ!しっかりしろ、マヒロ!」


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