タムとナシュと
「ええ、友人が譲ってくれたんです」
タムはそう言いながら甘くて香ばしい香りのお茶の入ったカップを二人の前に置いた。カップは武骨な陶器の大きなもので、普段タムとナシュが使っているのだろうと思われる。
マヒロはそっとカップを取って手で包み込んだ。朝の寒さでかじかんだ手がじわじわとぬくもってくる。ゆっくり啜ると、香ばしい中にも柔らかな甘みのある、深い味わいがした。
「おいしい」
「ありがとうございます」
タムが微笑む。隣で同じように茶を飲んでいるハルタカが付け足すように言った。
「マヒロ、これは少し南の国のサッカン十二部族国で取れる珍しい茶だ。なかなかカルカロアで飲めるものではない」
マヒロはびっくりして思わずカップから口を離し、まじまじと黄金色の液体を見つめた。自分がそんな珍しいものを飲ませてもらって大丈夫だったのだろうか。
「タムさん、すみません珍しいものを‥」
「タムとお呼びください。構いません、私が差し上げたかったんです」
タムは柔らかく笑う。特別に整った顔という訳ではないのだが、タㇺの笑顔はとても優しく見ているものをほっとさせる雰囲気を持っていた。
暖炉で手を温めていたナシュが元気よくタㇺに言った。
「タム、マヒロにピルカを食べさせてやって!俺の作った団子食べてもらいたい!」
そう言われてタムはちょっとためらう様子を見せた。ハルタカの方を見やりながらおずおずと訊いてきた。
「あの、もしお腹に余裕があるようでしたら、召し上がっていただけますか?」
「え!嬉しい、ありがとうございます!」
マヒロは素直に喜んだ。ハルタカは何も言わず、そんなマヒロをじっと見つめている。タムは竈のある台所部分に移動して、何やら鍋をかき混ぜ始めた。その横にはナシュがくっついてタムの手元をじっと見ている。
しばらくするとタムに渡された容器をもってナシュが二人のところにやってきた。味噌汁椀くらいの大きさの容器を二つ、テーブルに置く。
「俺がさっき練ったばかりの団子だよ!」
マヒロは容器を手に取った。湯気が上がっていて温かそうだ。中を見ればとろりとした白い汁の中に団子が浮いている。
スプーンですくって口に入れれば、爽やかな甘みとほんの少しの塩味が口の中に広がる。団子はナシュが自慢するだけあって柔らかく、美味かった。ほんの少しの塩味があることで、甘さがくどくなく食べ進められる。
「美味しいよ、ナシュ!お団子上手だね。あと、この味も美味しい」
そう言って食べているマヒロをナシュは嬉しそうに見つめていた。隣でハルタカも黙々と食べている。
マヒロはあっという間に食べてしまって、ナシュに容器を返した。代金を払った方がいいのではないか、と思ってハルタカを見れば、察したように隠しからコインを出してナシュに差し出している。
「ナシュ、ピルカの代金だ」
「いいえ、これはいただけません。私たちは家に来たお客人をもてなしただけですから」
タムがきっぱりとそう言った。ナシュも横でにこにこと頷いている。そしてナシュが言った。
「それより、またアツレンに来たらうちに寄ってくれよ!俺マヒロと話すの好きだ」
「ナシュ、龍人様のお連れ様に失礼ですよ」
たしなめるタㇺにマヒロは恐縮した。
「いえ、別にわたしは何も偉くもすごくもないので!ナシュにそう言ってもらうと嬉しいです。‥ハルタカ、またここに来てもいい‥?」
ハルタカはほんの少し思案する様子を見せたが、鷹揚に頷いた。ほっとしてマヒロはナシュに向き直って言った。
「ナシュ、私知らないことがたくさんあるんだ。またここに来たら色々教えてくれる?お団子の作り方とかも教えてほしいな」
そう言ってナシュの顔の傍にマヒロは顔を寄せた。ナシュはマヒロからいい匂いがする、と思ってどきどきした。目隠しで顔が少しわからないけど、マヒロの声や話し方が好きだと思った。
「うん、いいぜ!でも団子の作り方は他の奴には教えるなよ」
「ふふ、企業秘密なんだね!わかった」
キギョウヒミツが何かはわからなかったが、マヒロが嬉しそうにしているのでまあいいか、とナシュは思った。
ハルタカが立ち上がり、タムに礼を言う。
「馳走になった。改めて礼をする。それは受け取ってくれ」
「‥ありがとうございます」
タムは少し硬い顔でそう答えた。ナシュは、タムがこんな声を出すのは珍しいな、と思ったが、すぐに忘れてしまった。
「普通のヒトってみんなああいう家に住んでるの?ちょっと寒そうだったね」
暖炉に火が入っていても、床から這うように寒さが襲ってきていたナシュの家の事を思い出しながら、マヒロはハルタカに尋ねた。
「うむ‥少し貧しいものの家だな。もう少し収入があればドアや壁の隙間を塞いだ家にできるはずだ」
「そうなんだ‥だからナシュは一生懸命手伝ってるんだね」
「一人親のようだから余計にそうするのだろう」
シングルペアレントの子どもが大変なのは、日本でも異世界でも変わらないのか、とマヒロは思った。
「大変なんだね、一人親って」
「収入が一人分しかないからな。‥あの者たちはよそから越してきたようだったからあまり貯えもないのだろう」
そう言ってハルタカは手を出してきた。
「朝市が立っているところを通る。はぐれないように手を掴んでいろ」
「‥‥うん」
テンセイに乗っている時も、久しぶりにハルタカの胸の中に抱き込まれて顔が真っ赤になっていたであろう自分をマヒロは思い出した。ものすごくどきどきして、空の移動による緊張を味わう暇もなかった。そしてここに来ての手つなぎ‥。
つくづく、一か月前の自分よくあの接触に耐えていたな、と思った。今は無理だ。ハルタカへの気持ちがしっかりと育ってしまって、意識してしまう。
そっとハルタカの指先を握ったら、ぐっと掌全体を包み込むように握られた。
はぐれないように、かもしれないが、その事がマヒロはとても嬉しく感じた。
子どもの描写を書くのは結構好きですが、何を言い出すかわからない部分がありますね‥。
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