番いとなれば
「‥‥え」
「マヒロが望まないことはしたくない、が、番いにはっきりとなるためには性交することが前提条件だ」
はっきりとそう言われて、またマヒロは感情の行き所を失ってしまう。
ようやくハルタカの事を恋愛的にも好きかもしれない、と思い始めたばかりで、でもなかなかまだそれを受け入れられないのに、一足飛びにまた性交‥。男女交際歴皆無の自分には展開が早すぎるし重すぎる。
まあ、こちらの常識では性交してもすぐに子どもができるわけではないらしいからそこは心配しなくてもいいのかもしれないけど‥
逡巡の色を見せるマヒロに、ハルタカはもう少し言葉を継ぐ。
「‥‥もし番いであれば、性交をした後に龍鱗が出る。胸の中央よりやや左の、心臓の上に出るんだ。それが出れば、それが龍人の恩寵となり龍人と同じ時間を生きることができるようになる。番いの龍人が死ぬまでその命は絶えることがなくなるんだ」
「‥‥‥え?」
次々と新たな情報を出されて、マヒロは茫然とした。
番いになるのが性交をすること前提であることにもショックを受けていたのに、番いになったら寿命が龍人と同じになる、というのだ。
こちらに来ただけでも、寿命が倍になったと言われて衝撃を受けていたというのに、番いになれば何千年といわれる龍人と同じ寿命になってしまう、とは。
つい三日前まで、普通の高校三年生だった。
三年に進級して、志望大学も決まりこれから本腰を入れて勉強しなければ、と思っていた矢先。
今までの、何の変哲もない生活が続くことを欠片も疑っていなかったのに。
いきなり全く知らない世界に移動させられ、知らない世界の知らない常識を突き付けられ、自分の身の振り方さえままならない状況に置かれた。
その上、目の前の美青年と気持ちを通じ合わせるためには何千年ともいわれる寿命を受け入れなければならないという。
なかなか受け入れられない状況に、マヒロは恐る恐るハルタカに質問をした。
「番いって‥取り消したりできる‥?」
ハルタカはそうマヒロが言った瞬間、いきなり殴られたような衝撃を受けた顔をした。それを見て、マヒロは自分が酷いことを言ったのだ、と悟り身のすくむような気持ちになった。ハルタカはそんなマヒロの様子に気づいて、ふっと身体の力を抜き、立ち上がるとマヒロの傍に寄ってきて軽く頭を撫でてくれる。
「すまない。‥番いに一度なれば取り消すことはできない。龍人としても一度番いと決定してしまえば自分の傍から離すことはできないと思う。‥私は、なかなか難しいことをマヒロに要求しているな‥‥申し訳ない」
そう言ってハルタカは再び椅子に座った。そして言葉を続ける。
「マヒロは、帯壁を渡ってこの世界に来た。色々と戸惑う事やわからない事があるだろう。そんな時に、私の我儘で番いになることを強く要求してしまった‥困らせてしまっていたな」
そう言って自嘲するように嗤った。マヒロはどう言葉をかけていいかわからず、黙ったままうつむいていた。
「だが、マヒロを大事に思う気持ちには変わりはない。‥ともにいれば嬉しいと思うし、喜ぶ顔を見ればまた喜ばせたいと思う。‥‥マヒロの気持ちを、尊重したいとも思う」
「‥‥ありがと‥」
そう返事を絞り出せば、ハルタカは少しだけ目元を柔らかくしてマヒロを見てくれた。
「マヒロは優しいな。‥どうしても番いになることができないのなら、きちんとヒトの国へ、返す‥」
ハルタカは辛そうに言葉を続けた。そして席を立って部屋を出て行こうとする。思わず呼び留めようとしたマヒロは、だが何と言葉をかけていいのかわからず止まってしまう。
部屋の扉のところで立ち止まり、ハルタカは声をかけた。
「後で買ったものを持ってくる。マヒロは少し横になって休め。急にあちこちでかけたから負担がかかっているだろう。眠くなくても横になっていれば少しは休める」
そう言ってハルタカは部屋を出ていった。
マヒロは仕方なく、靴を脱いで寝台に上がった。
これから、どうすればいいのか。
ハルタカを好きになったと認めるにしても、番いになるためには性交が必要になる上、寿命が信じられないほど長くなってしまう。死ぬのは怖いけれど、そんな長い寿命をもって自分が耐えられるのかもわからない。
かといって、番いになることを断るならばこの龍人の住処にいつまでもいるわけにもいかない。とすれば、次にマヒロが行けそうなのは先ほどであった騎士たちのところだ。どうも不穏なものを感じるが、自分に与えられた選択肢は多くない。
だがその中から選ぶのが難しすぎる。
ため息をつきながら横になった。するととろりとした眠気が襲ってきて、本当に少し疲れていたのかもしれないと思った。目をつぶれば、とろとろとした眠気がはっきりしたものに変わっていき、程なくマヒロは眠ってしまった。
ハルタカはマヒロのために買った衣料品などを手に取ったが、そのまま動きを止めた。
なぜ、こんなにどうしようもなくマヒロが欲しいのだろう。
マヒロには「番いになれないのならヒトの国に返す」などと言ってしまったが、はっきりとマヒロにそう言われてしまったら実際に自分が大人しくマヒロをヒトの国に返せるか自信がない。
まだ出会ってからたったの三日しか経っていないというのに、マヒロが自分の手の届かないところに行ってしまうかもしれない、という考えはハルタカをひどく不安にさせた。
また、番いとなるための性交の事や龍人の恩寵のことなど、マヒロにとって喜ばしいことではない事ばかり耳に入れなければならないのも辛かった。
ヒトは、寿命が延びるのも喜ぶものばかりではないことをハルタカは知っている。伝聞ではあるが何百年か前、番いとなることを拒んだヒトの話を聞いたことがあった。
拒まれた龍人はその時、衝撃のあまり生命を返したということだった。寿命が千年を超えれば、龍人は生命を返す‥つまり自殺することができるようになるのだ。
逆を言えば、まだ三百二十年余りしか生きていないハルタカは、マヒロに拒まれたとしても自殺することは叶わないのである。
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