龍人と高校生
天槍で異生物の身体を突き破り、完全に息が絶えたのを確認してからハルタカは息を鎮めた。手に掴んでいた天槍をぶんっと振って背中の槍掛けに収める。そして腰に下げていた袋から鋭利な短刀を取り出し、異生物の遺骸に向かう。熊のようなものの口を大きく開かせ、その中に短刀を突き刺し中に潜んでいたものを抉り取った。
コロ、と転がり出たのは少しいびつな形の灰青色の玉だった。短刀を口に咥え、袋の中からもう一つ真っ黒な生地で作られた小さめの袋の中にその玉を落とし込んで二重にしまう。
もう一度ふう、と息をついてから異生物の遺骸の横に転がっているものに目が止まった。
ヒトの足、のようなものが見える。
急いで来たつもりだったが犠牲が出た後だったか。ハルタカは秀麗な眉を少し寄せた。仕方がない。この森の奥にでも葬ってやらねばなるまい。
転がっている足の方へ回れば、足だけではなく身体もついていた。見慣れない衣服を着た若者のようだ。下衣が大きくめくれ、股間を覆う下着まで丸見えの状態だった。だがこのような様式の下着は見たことがない。随分と布地の少ないものだ。
珍しさにハルタカは顔を寄せてじっと若者の股間を見つめた。‥やはりどの国でも見たことがないものだ。
しかし死んだものの股間を見つめているのはよくない。とりあえず下衣をかぶせよう。とはいえどうもこの下衣は短すぎて心もとない気はするが。
ハルタカが下衣に手をかけた時、若者は「う‥」と身じろぎをしてうっすらと目を開けた。
「生きていたか」
ハルタカはそう呟くと、若者の頬をぱちぱちと叩いた。
「え‥食べ、られて、ない‥?」
「異生物はヒトを喰うわけではないが」
「‥え?」
天尋はようやく意識をはっきりと取り戻し、目の前に現れた人物を見た。そこには怖ろしいほどに容貌の整った青年がいた。
真っ直ぐな銀色の髪は長く背中まで伸ばされており、顔周りには少し短いそれが幾筋かはらりとかかっている。瞳は輝く金色で、力強い光を宿している。銀色にやや黒がかった眉に少し吊り上がったアーモンド形の目、細くすっと通った鼻筋。少し赤らんでいる頬に唇は薄い桜色できゅっと引き結ばれている。
「い、イケメンだ‥」
「いけめん?」
ハルタカは初めて聞く言葉だ、と思った。だが今はこの若者が生きていたことの方が重要だ。
「おい、怪我はないか」
「え?‥痛っ」
身体を起こそうとした天尋は全身を貫く痛みに思わずまた地面にうずくまった。その様子を見てまたハルタカは眉を寄せた。
「‥面倒だな。‥だがここに放置するわけにもいくまい」
ハルタカは天尋の身体をさっと抱き上げた。全く優しさの感じられない事務的な動きで、それによって再び天尋の身体に激痛が走った。
「いったあ!ちょっと、乱暴じゃない?」
「‥助けてもらう分際で文句の多いヒトだな」
ハルタカが眉を寄せたままぼそりと呟いた。その声に天尋はムカッとした。確かに、あの化け物はどうやらそこでもう動いてない様子ではあるし、自分を助けようとしてこのイケメンは抱き上げてくれたのかもしれないが、それにしても扱いが雑だ。
「かりにも女子に対してその態度はなくない?しかも私怪我しててめっちゃ痛いんですけど!」
「‥元気そうだな」
そう言って天尋を下ろそうとするハルタカに、ぎょっとしてその腕にしがみついた。
「待って待って、元気なわけないじゃん!身体中どこもかしこも全身が痛くてたまんないの!この辺何もないしせめてお兄さんが病院に連れてってよ」
「‥‥おにいさん?びょういん?‥お前の言う事はよくわからんな」
ハルタカはぎゃんぎゃんうるさい若者に関わってしまったことを後悔していた。だからヒトとは関わりたくないのだ。いつも何かしらの問題を引き起こし、ハルタカ達龍人の邪魔をしてくる。
「いっっ、たああ、うぅ」
思わず大声でまくし立てたことが身体に響いてしまったのか、話すのをやめるとまた身体中をじんじんとした痛みが襲い、息が苦しくなってくる。ああ、どっちにしろ怪我でこのまま死ぬのかもしれない。
不愛想で乱暴だけど、最期にこんな超絶イケメンの顔を見れただけでもよかったのかも‥やば‥マジで身体中が痛くて、息が、苦しくなってきた。
「ひゅ、う、ふ‥」
急に息苦しそうな呼吸音を立て始めた天尋を見て、ハルタカはちっと舌打ちをした。
「あばらでも折れて内臓を傷つけたか。‥まずいな」
そう呟くと天尋を抱え上げたまま飛竜の傍まで走り、そのままだんっと飛竜の鞍まで飛び上がった。その衝撃に天尋はぐっと肺を圧迫され、かふっと変な呼吸音を最後にがくりと首を垂れた。
ハルタカはその様子を見てまた舌打ちをしたが、すぐさま天尋の顔を上げさせ深く口づけた。呼吸とタツリキを少しずつ流し入れていく。そして唇を離し様子をうかがった。「けふっ」という音とともに天尋の呼吸が浅く戻ってきた。それを確認して片手で竜綱を握りぐんっと引いた。
飛竜がアオオオオと啼く。
「テンセイ、住処に一度戻る、飛べ!」
飛竜はばさっと大きな翼をはばたかせぐんぐんと空に上昇していく。上昇するにつれ気温が下がるのだが、そのせいか急激に腕の中に抱えている若者の身体が冷えてくるのを感じた。
「テンセイ、もう少し低く飛べ!住処の近くに来たら上昇しろ」
再び飛竜がアオオオオと啼いて高度を下げる。そして山間を縫うように凄まじい速度で飛んでいった。
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