ボディタッチとピアス
翌日は空も高くよく晴れていた。窓から差し込む薄い光でそれを察する。マヒロは起きようとして、また異変に気付いた。
「ハルタカ‥」
昨夜は確かに、自分が長椅子で寝ると主張するマヒロを制して長椅子で寝るハルタカを見たはずなのに、今ベッドの上にいるマヒロの身体にはハルタカのたくましい腕ががっちりと回されている。そしてマヒロの身体はすっかりハルタカの中におさまってしまっていた。
「腕、重い‥」
今日は背中から抱きこまれているので、起き抜けに恐ろしい美貌を眺めるという羽目にはならずにすんだ。だが、鍛え上げられたたくましい腕が身体にのっているのは結構重く、息苦しい。
マヒロは自分を囲い込んでいる腕を、強めにどんどん叩いた。後ろでハルタカが身じろぎした気配がする。
「‥マヒロ」
「ハルタカ、重いです、腕」
顔は見えないが、多分今むっすり顔してるんだろうな、というのが雰囲気でわかった。だが当然の要求だと思って待っている。ふう、というため息がマヒロの髪を揺らしてちょっとぴくっとしたが、ハルタカはそれに構わずゆっくりと腕を開いた。身体の窮屈さが取れたマヒロはよいしょ、とベッドに手をついて起き上がる。そしてハルタカの方を見れば、予想通りむっすり顔だった。
「おはよう、ハルタカ」
「おはよう‥私はなぜ、またここに寝ているのだ‥」
うん、ごめん。それ、私が一番聞きたい。
「あの、さ、ベッ‥寝台って高い?もう一つ買うとか。無理?」
そう言うマヒロを見て、むっすり顔のハルタカの眉がもっとぎゅっと寄せられた。うわーそんな顔でも綺麗ってなんかさあ。すごいわ。
「買うのは、造作もない。‥私は長椅子で寝たと思っているのだが、朝になるとマヒロを抱いて寝ているな。‥寝台を買えば、そういうこともなくなるのか‥」
ぶつぶつと言いながら考えているハルタカをじっと見つめる。こちらを見ないでいてくれたら、ゆっくり顔を眺められるから目の保養になるのだな、と思った。三日目になるが今のところこの美貌に飽きる気はしていない。
そうやってじっと見つめていたらハルタカがさっとマヒロの顔を見た。こっそり凝視していた後ろめたさから思わずマヒロは顔をそむけた。
「‥マヒロは、私が朝お前を抱いているのが嫌なのか」
「っ、だから言い方‥!嫌、っていうか重いです、ハルタカの腕。太いから‥」
上半身だけ起こして座っているマヒロを少し下から見上げる形になっているハルタカの顔は、やっぱり綺麗で。自分はこんな綺麗な人に何を言っているんだろうと混乱する。するとハルタカがぐいっとマヒロの腕を掴んで自分の胸に引き寄せた。そのままぎゅっと抱きしめてくる。ハルタカからいい香りがして、それは自分も同じ香りのはずなのにハルタカからか追ってくるそれは全然違うもののように感じた。厚い胸板にぎゅっと抱き込められるとどうしていいかわからない。
「マヒロは私が抱きしめるとすぐに逃げ出す。‥少しくらいは私に抱きしめさせてくれ。‥落ち着くんだ」
そう言って抱き込んだマヒロの頭に顔を寄せている気配がした。よかった、昨日髪洗ってて。
「らって、緊張するんでふ」
顔ごとぎゅうと抱きこまれているから鼻が潰れて変な話し方になってしまった。それを聞いたハルタカがふっと笑って腕を緩めてくれた。はーと大きく息を吐いて吸う。
「なぜ緊張するんだ」
「‥‥ハルタカみたいな綺麗な人に、今まで会ったことも触れたこともないので」
ハルタカはそれを聞くと、顔をすっとマヒロの前に寄せた。マヒロは至近距離にやってきた美しい顔に息が止まる。
「マヒロは、綺麗な顔が好きか?」
「ソ、ソウデスネ‥ミンナスキジャナイノカナ‥」
「話し方が変だぞ」
ふふっと笑ってハルタカはすり、とマヒロの頬を撫でた。また顔が熱くなるのを感じる。なぜこの人はすぐにそういうボディタッチをするのだ!
「だから、あんまりふいに触らないでください!」
くくっと笑いながらハルタカは身体を起こし、そのついでにマヒロの身体も起こしてくれた。笑顔は五割増で美しく見える。
「すまん。‥だが触らないという約束はできないな」
「えー‥」
心臓、もたないかも。
本気でそう思った。
「今日行く街は、カルカロア王国の街だ。北部では一番大きいがそこまで栄えているわけではない。カルカロア王国は、レイリキシャとマリキシャがやや多いな。だから白髪と黒髪が多い。お前の髪と目の色をごまかすことは難しいから、これをつけていけ」
そう言ってハルタカが出してくれたのは、薄い生地の細やかなレースに編まれた幅広の目隠しのようなものだった。レース編みがとても細かくて美しい。ちょうど目の下に当たるところには雫型の赤い石がぶら下がっていて、目隠しがめくれないようになっている。ハルタカが自らマヒロの目の上につけてくれた。レース編みの隙間から外は困らない程度には見える。
「これは、カルカロアの少数民族が昔つけていたものだ。魔よけの意味合いがあるから勝手に取り上げられることはないだろう。まあ、私の傍にいれば特に案ずることもない。離れないように注意することだ」
「う、うん、」
万が一、ハルタカと離れてしまったら、と考えるとマヒロは恐ろしさで身がすくんだ。昨日は出かけられることだけに浮かれてしまっていたが、携帯もないこの世界で万が一ハルタカと離れてしまったら、マヒロには探すすべがない。何としてもハルタカから離れないようにしなければ、と思うと緊張からか手に汗がじっとりと滲んできた。
そんなマヒロを見て、ハルタカは優しくその頭を撫でてやった。
「もし、私の姿が見えなくなったら大声で叫べ。‥そうだな‥」
どうしても不安をぬぐいきれない様子のマヒロを見て、少しハルタカは思案していたが思いついたように顔を上げた。腰に下げていた剣を少しさやから出して、その刀身に親指を押し付ける。すっと皮膚が切れて傷からぷくりと赤い血の玉が盛り上がってきた。
そこに切っていない方の手をかざす。血の玉はそのまま固まり、ころりとした赤い石になった。そしてハルタカの胸元に挿していた飾りピンを外し、そこにも手をかざすとピンの部分が少し短くなる。そこからとった金属を、血の玉につけたようだった。
「マヒロ、耳に穴をあけていいか」
「え!?」
ハルタカが手に持った赤い血の玉に目を奪われていたマヒロは驚いてハルタカを見上げた。
「これは私の血で出来た硬玉のピアスだ。お前の耳につけておくから、困った時にこれを外して割れ。そうすればお前の傍に私はすぐにやってくるから」
そう言ってマヒロの前に血の硬玉を見せる。まるで血赤珊瑚のように美しい玉になっていた。
マヒロは恐る恐る尋ねた。
「い、痛くない‥?」
「痛くないようにする」
「じゃあ、お願いします‥」
マヒロがうなずくと、ハルタカはマヒロの左耳にそのピアスを近づけた。マヒロの方からは見えないが、タツリキを流して耳朶を少し麻痺させピンで穴をあけてピアスを通してやる。
「できたぞ」
と言われて触ってみると、全く痛みもなく丸い玉が耳元についているのがわかった。
「これで少しは安心できたか?」
そう言って頬をなでてくれるハルタカに、マヒロは胸が熱くなってくるのを覚えた。
(‥私、意外にちょろい、のかも‥)
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