初めてのヨーリキ
そう言えば赤毛だからヨーリキシャだろうと言われたのは覚えているが、実際にどんな力があるのかは聞いていなかった。
「ヨーリキって何ができるんですか?」
「ヨーリキシャが全員、ヨーリキをよく使えるわけではない。リキシャといえるほど力を使えるのは‥そうだな、全体の三割くらいだ。だからマヒロが使えるかどうかはわからないが、試す価値はあるだろう」
そう言いながらハルタカはマヒロの両手を取って指先を挟むようにした。
「ヨーリキは惑の力、状態によく干渉する。ものの在りようや仕組みを解析することが得意なものが多い。解析師がよくみられる職業だ。こうして私のタツリキを少し流す‥」
指先から、ふおん、と温かい何かが伝わってくるのが感じられる。これがタツリキなのだろうか。ふわふわして温かくてとても心地いい。
「‥‥マヒロの‥ヨーリキ‥」
何か探るようにその温かい力が身体の内側をめぐっていくのがわかる。次第に、身体の中心で何か重いものが持ち上がるようなざわりとした感覚が生まれた。
「‥掴んだ、これがマヒロのヨーリキだ‥大きいな」
タツリキに引っ張られてその重いものが少しずつ身体の中をめぐりまわっていく。じんじんと身体中が熱くなり、くらくらする。身体が浮き上がるような感覚に襲われ、上下左右がわからなくなる。
「あ、ああ、待って、こ、こわい」
「大丈夫」
ハルタカがマヒロの両手を掌全体でぎゅっと握りしめた。重かったヨーリキの流れがふっと軽くなる。ハルタカはマヒロの両手を片手にまとめ、空いた左手でマヒロのスマートフォンを探って持ち上げた。そしてそれをそのままマヒロの左手に持たせ、その上からハルタカの掌で包み込んだ。
「さあ、これにヨーリキを流せ」
タツリキに引っ張られ、マヒロのヨーリキがスマートフォンへ流れ込んでいく。するとスマートフォンの中のありとあらゆる仕組みが一気にマヒロの頭の中へなだれ込んできた。あまりの情報量の多さに眩暈がする。
「あ、ああ、こわい、こわいハルタカ!」
思わずハルタカの手を振り払ってその分厚い胴体にしがみついた。ふっと頭の中の情報の渦が掻き消えて、またその闇にくらりと眩暈がする。
「マヒロ」
ハルタカは震えながらしがみつくマヒロの身体にしっかりと腕を回し抱きしめた。そしてマヒロの肩口に頭をつけてくる。ハルタカの身体の熱を全身で感じたマヒロは少しずつ落ち着いて‥‥来ない。逆にハルタカに自分からしがみついてしまったことと現在進行形でがっしり抱きしめられていることに戸惑う。だが最初にしがみついたのは自分なので、今回はなかなか無下にやめてくれとも言いにくい。
ハルタカはマヒロの肩口にぐいぐいと頭を擦りつけながらぎゅうっとマヒロの身体を抱きしめてくる。その身体の熱がじわじわとマヒロの身体に広がってどきどきと鼓動が早くなってきた。
「マヒロ、もう怖くないか?」
マヒロを抱きしめたまま、肩口でハルタカが囁いた。少し低い優しい声に、腰が砕けそうになるのをマヒロは感じた。‥これがイケボってやつか‥!
「あの、ごめんなさい、もう大丈夫ですから‥」
離していいですよ、とつもりでそう返事したのだが、ハルタカは一向にマヒロを解放してくれない。ぎゅっと抱きしめた腕で、背中をさすりながらマヒロの首元に顔を移動させる。首筋にハルタカの息がかかって、マヒロの身体はビクッ!と大きく震えた。
「急に力を使わせたから悪かった。‥混乱しただろう。あれは、かなり情報量の多いものだ。しかも、マヒロの中に知識がありすぎて、詳しい情報が入り込みすぎた。その情報量の多さに眩暈がしたのだろう」
「あ、そうですね、そんな感じでした。‥情報はいっぱい入ってくるんだけど全然整理できない感じ・・」
「すまなかった。タツリキを載せたせいで余計に解析が進んだのだと思う」
そう言ってハルタカは顔を上げてマヒロの頭を掌で抱え込み、そのまま自分の胸に寄せて抱きしめる。大きな胸板に包まれて安心できるような‥できないような。
身体中が熱くなってきている気がする。もう限界が近い。
「‥‥あの、すみませんもう離してください‥」
そう呟くと、ようやくハルタカは少し離れた。だがマヒロの顔に掌を当ててじっと目を覗き込んできた。
「大丈夫か?頭痛や、くらくらする感じはないか?」
「だ、大丈夫です!」
「そうか。‥なら、よかった」
ハルタカはそう言って寝台から身体を起こし、マヒロから離れた。
あ、今回は結構すぐに離れてくれるんだ。気を遣ってくれたのかな。そう考えながらハルタカを見つめていたら、ハルタカはそのまま何も言わずに部屋を出て行ってしまった。
‥唐突。
でも、とマヒロは考えた。私だって結構勝手なことを言ったりしたりしてる、と。くっつくなと怒ったくせに、自分が不安になると真っ先にハルタカにしがみついた。言っていることとやっていることがちぐはぐすぎる。昨日今日のハルタカの行動を笑えない。
見知らぬ世界へやってきて、人の身体の造りも常識も、何もかもが違う世界で自分はきっとたくさん混乱している。これから先、自分の身の振り方についてどうすればいいのかもまだわからない。
確かなのは、ハルタカのくれる温もりだけなのだ。
「でも、パンダ的興味対象だしな‥」
たったこの二日の出来事で、まさか自分はハルタカを好きになってしまったのだろうか?‥いやそれはないだろう。仮にそうだとしても、それは異常事態に対する防衛反応だ。本当の恋心ではないに違いない。
かちゃり、とまたドアが開いた。ハルタカが何やら盆にのせて戻ってきたようだ。‥そう言えばあのスープを食べてから何も飲み食いしていなかった。
「そろそろ腹が減っただろう。これは食べられるか」
そう言ってハルタカがテーブルに置いた盆の上には、瑞々しい真っ赤な果実をカットしたものと、丸いパンのようなものがのせられていた。パンのようなものは薄い黄色で少し焦げ目がついている。
「ランガとパルトの実を焼いたものだ。パルトの実の方から食べてみるか。何かつけるか?」
そう言ってハルタカは黄色のパンのようなものをマヒロの前に差し出した。マヒロが受け取るとジャムのようなものが入った瓶も一緒に勧めてきた。
「これって、パン?」
「ぱん?という食べ物はわからんが、これはパルトという果実を炭の中に入れて焼いたものだ。焼くとこのように軟らかくなる。ジャムや油を塗って食べるヒトの方が多いな」
果実、なんだ。不思議に思いながらそのままぱくりと嚙んでみる。味はまるっきり素朴なパンのようだった。ほんのりと甘い。
「美味しい、このままでも全然平気」
「そうか。ランガも食べろ。これはかなり栄養がある」
そう言って真っ赤な果実を短い棒に刺してマヒロの口の前に差し出してきた。
これは、噂に聞く「あーん」ってやつでは。
そう考えて食べるのを躊躇していると、ハルタカがきゅっと眉根を寄せた。あ、何か考えてる。
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