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最終話 幸せを探して

最終話です。


17時10分に、あとがきのようなものを投稿して終了となります。

「久しいな、カベワタリ、ハルタカ」

ソウガイは、相変わらず感情を見せない声と顔で淡々と呼びかける。ルウェンは意識がある時にソウガイに相対したこと自体が初めてで、胸を押しつぶされるような威圧感に慄いていた。思わずサイリを抱く手に力を込める。サイリは全くおそれを抱いている様子はなく、ポチよりも大きなテンセイの姿を目に映すことに夢中のようだ。

ソウガイはルウェンとサイリにちらりと目をやったが、その後は全くその存在を気にしていない風にしてマヒロとハルタカの方を見た。

そして左手を出し、その上にふわりと輝くものを出して見せる。

「マヒロの、龍鱗‥」

ハルタカがそう呟いた。確かに手の上に浮かんで輝いているのは龍鱗だった。ソウガイは手の上の龍鱗をくるくると回してもてあそびながらマヒロを見る。

「お前の龍鱗は、すべて抜き取ったと思っていたのだが‥そうではなかったらしいな」

ソウガイの目は、マヒロの額に注がれていた。マヒロは黙ってソウガイを見つめる。

ソウガイは、抑揚のない声でマヒロに問いかけた。


「さて、瞬きほどの十年であったな。カベワタリよ、お前は自分の役割を承知できたか?」


その問いに、マヒロはこの何年かで考えていたことを口にする時だと思い、一度ごくりと唾液を飲み込んでから答えた。



「私の役割は、この世界で幸せになることです!」



ソウガイは、一瞬呆気にとられた顔をしてマヒロを見た。

「‥‥は?」

「だから、私が幸せに暮らすことが、この世界での役割です!」

ソウガイはぐっと眉を顰めた。十年では思案するには短い期間だっただろうか。このカベワタリは何を言っているのか。‥同じ日本人だと思っていたが、多少時代が違えば言葉の捉え方も違うのか。

そう考えたソウガイは、重ねて疑問を口にした。

「‥それは、本気で言っているのか?私は、お前がこの世界で果たすべき役割は何かと問うたつもりであったが」


マヒロはずいと前に歩み出た。考えは決まっている。

「ソウガイ、ヒトはなぜ生まれるのだと思いますか?」

「‥生きて、次代に命を繋ぐためだ」

「私は違うと思います」

マヒロはきっぱりと否定した。真っ向から自分のいう事に反対されたという記憶は、この何千年かなかったことだったので、ソウガイは面食らった。

「‥何だと?」

そんなソウガイの顔を、まっすぐ見据えながらマヒロは話し出した。

「ヒトは、考えます。生きている間色んな事を考える。子どもを持つヒトもいるし持たないヒトもいる。でも、ヒトは社会を作って生きていくから子どもを持たないヒトだって、その子どもたちを育てていくのにちゃんと関わってる。そういう意味では命を繋いでいるとも言えますよね」

ソウガイは黙ってマヒロを見つめている。ハルタカはそっとマヒロの傍に行ってその肩を引き寄せた。

「でも、ヒトは色々考えて生きていく。その中で、落ち込んだり、いやになったり、悲しくなったり虚しくなったりする。‥‥でも、楽しいことや嬉しいことも欲しくて、そうなれるように努力をします」

「‥‥‥」

「どうせ生まれて死ぬのなら、そして色々考えてしまう生き物であるのなら、楽しかったり嬉しかったり満たされたりすることが多い方がいい。どうすればそんなふうに幸せになれるか、考えた方がいい。その為に、色々悲しい目に遭ったり辛い目に遭ったりするかもしれないけど‥最終的に、幸せになれれば、私はいいんじゃないかと思ってる」

マヒロは、ひたとソウガイを見据えた。


「どんな役目かなんてわからない。だってこれからどんな人生を送るかわからないから。でも、私は幸せになるために生きます。日々色々あがいて生きていきます。それが私が生まれた‥この世界で生きるための、役割というか目標です!」

マヒロはそう言ってにかっと笑った。



ソウガイは茫然として目の前のカベワタリを見つめていた。

まさかに、このような答えが返ってくるとは思っていなかった。様子を窺っていれば、マヒロが色々とこの世界の産業に影響を与えているのは見て取れた。きっとそういう事を申し述べるのだろうと思っていたし、それを懸命に取り組むのであればまあ認めてやるか、というくらいの気持ちでいたのに。

二の句が継げないソウガイに向かって、マヒロはまた付け加えて言った。


「だから、ソウガイさんも自分の役目はソウガイの継承、なんて言葉ですまさずに、幸せになれるよう、楽しいことを探した方がいいんですよ」


「な‥‥」

ソウガイはもはや何も言葉が出てこなかった。こんなに感情を揺さぶられたのはいつぶりだろうか。

この何千年か、自分はどのように過ごしてきていたのか、一瞬ソウガイはわからなくなった。龍人(タツト)最長老という重い役割を課せられた自分が、個人の幸せのために何かやろうなどと思ったことはなかった。

個人の想いは、『ソウガイ』に関するものしかなかった。そして、それは喪われてしまったのだから。

マヒロは微笑んだまま、まっすぐにソウガイを見つめている。


いいのだろうか。世界の調整者たる龍人(タツト)、その最長老の責を担うべき自分が、自分自身の「幸せ」を追求しても。

許されるのか。

ヒトは、そのために生きていると、そういうのか。

龍人(タツト)にでさえも、それは適用されるというのか。


ソウガイはじっとマヒロを見つめ‥‥ふわりと笑った。

まるで少年のような笑いだった。

そして、左手にもてあそんでいた龍鱗を、指先でピンとはじいた。はじかれた龍鱗は、ゆらゆらと揺らめきながらゆっくりとマヒロの方へ飛んできて、すううっとマヒロの胸の中に入っていった。

「う、うう、あ」

少し苦しそうに呻くマヒロの震える身体を、ハルタカがしっかりと支える。龍鱗が身体の中に完全に吸収され、銀色の光が消えたと同時に、マヒロの身体の震えが止まった。


「返そう。その答えは‥‥正しいかはわからんが、面白かった」

「‥ありがとう、ございます」

少し息を乱しながらマヒロは答えた。ソウガイはマヒロの目をじっと見つめて、そしてふわっと浮き上がった。

「お前が龍人(タツト)の番いとして、どのような幸せを掴むのか‥‥私も観察させてもらうとしよう」

そう言って、また小さな竜巻が現れ、旋風とともにソウガイはその姿を消した。



ハルタカはやや脱力したマヒロの身体をぎゅっと抱きしめた。

今日のこの日まで、マヒロが色々な事にぶち当たって悩んだり泣いたりしたこともすべてハルタカは知っている。特に、子どもを得られないということがどれだけマヒロの心を灼いたのかは、胸を掻き毟られるほどの辛さをもって知っていた。

だが、マヒロは、笑顔をもってソウガイに答えた。

そんなおのれの番いが、ハルタカは誇らしくてたまらなかったし、愛おしくてたまらなかった。

「マヒロ、ともに幸せになろう。幸せな暮らしになるべく、私も尽力することを誓う」

「ありがとう、ハルタカ‥」


マヒロは思った。

一区切り。ただの一区切りだ。この先の人生の方が、果てしなく長いのだ。

今の自分の考えはこうだけど、ひょっとしたら百年後二百年後には変わっているかもしれない。ソウガイにあんなに偉そうなことを言ってしまったが、何百年も過ぎたら今のように思えないかもしれない。

だが、今の自分が考えたことも、この先の人生の中で大切に生きていきたい。


すべての前提条件が違う異世界に来て、色々なことがあったし、これからも色々な経験をするだろう。嫌なことや辛いこと、悲しいこともたくさんあるだろう。

でも、幸せを探す努力だけはやめないようにしていきたい。

それが、やはりヒトが生きる意味だと思うから。


「ハルタカ、ありがとう。一緒に生きようね」

そう言って厚い胸に頬をすり寄せた。


横で息を呑んでいたルウェンがほっとしてサイリを腕から降ろしている。サイリは嬉しそうに「おっきいぽち!」と言いながらテンセイに駆け寄った。ルウェンが慌ててその後を追いかけている。

マヒロは笑いながらハルタカを引っ張ってテンセイの傍に歩いていく。テンセイは、あまり見かけない小さいヒトにどう対応していいかわからず首を上げてこちらを見ている。

うん、今だって幸せだ。

マヒロはそう思った。ハルタカの存在をしっかりと感じながら、サイリを抱き上げ、そっとテンセイの鼻先を触らせてやる。後ろでルウェンがびくびくしているのがちょっと面白い。


どんなところにも小さな幸せは転がっている。

日々、自分のできることを探しながら幸せになろう。

そして‥ハルタカと一緒に生きていこう。

サイリのぷくぷくした柔らかい手の感触を楽しみながら、マヒロは微笑んだ。


119話の長きに渡りました(こんなに長くなるはずではなかった‥)マヒロの物語はこれで完結です。


裏話も含めたあとがきのようなものをこの後にも投稿しておりますが、特に裏設定など知らない方がいい、という方はお読みにならなくても大丈夫です。

途中でくじけそうにもなったのですが、皆さまのアクセスに支えられてここまで仕上げることができました。本当にありがとうございました。

このトワの世界の設定は、自分でも結構好きなのでネタができればまた同じ世界でのお話を書いてみたいと思っています。

長いお話にお付き合いくださった方々、本当にありがとうございました!

よかったら、最後に評価やリアクションをいただけるととても嬉しいです!

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