応接室の五人
「失礼致します、タムですがよろしいでしょうか」
その声にすぐさまマヒロが返事をして扉のところまで駆けよった。
「どうぞ!はいはい」
マヒロが明けた扉の向こうで、少し驚いた様子のタムが見えた。マヒロはそんな様子にも頓着せず、タムをぐいぐい引っ張って長椅子に座らせた。
「タム、ルウェンが色々手伝ってくれるって!私は何もしてないけど、アーセルの説得がうまくいった感じ?」
にこにこ笑ってそう告げるマヒロに、ルウェンが焦ったように言葉を発した。
「い、いえ、マヒロ様の後押しとハルタカ様からの許可をいただいたからこそです!ありがとうございます」
そう言って最敬礼をしようとするルウェンを、今度はマヒロが引っ張り上げた。
「いいっていいって、とにかくよかった!あ~、ほっとしたらお腹空いたよ~、ご飯まだかな?」
タムはマヒロを見ながら思わずといった感じで笑った。
「ふふ、もうすぐみたいですマヒロ様。今カッケンさんと給仕が色々とテーブルに仕度をしているのを見てきましたから」
「うわ~楽しみ!」
そう言ってくふふと笑っているマヒロの肩を、ハルタカがそっと抱いた。
「マヒロ、領主たちに言うことがあったのではないか?」
言われてアッと言う顔をしたマヒロが、ハルタカの腕に掴まりながら三人の顔を順番に見まわした。
「えっと‥あの~、多分‥ハルタカの番いになりました‥」
そう言ってそっと前髪を上げた。
そこに現れた小さな爪の先ほどの龍鱗を、三人は最初わからなかったようだが、ゆっくりと近づいてそれを確認するなり全員が息を呑んだ。
そもそも、龍人の番いは、龍人に囲い込まれるのが常で番った後に人里に降りてくることなどめったにない。ましてや番いの証である龍鱗を見たことがある、という記述などこれまでのどんな古文書にも歴史書にも見られなかったものだ。
そのようなものを今、目の当たりにしたという事実に、三人は息をするのも忘れて目の前の若者を見つめた。
マヒロはそんなことは一切知らないので、何だか随分驚いているなあ、という感覚しかない。ハルタカはおそらく三人の驚きを理解しているが、別に自分からどうこう説明するものでもないと思っているので無言のままである。
驚きと緊張に包まれた三人と、なぜここまで驚かれているのかわからないマヒロと、ただ無表情のままのハルタカ、という変な空間の中で、最初に言葉を発したのはタムだった。
「あ、あの、そうですか、マヒロ様、おめでとうございます。ハルタカ様も」
「ありがと」
「うむ」
タムとマヒロたちのやり取りを目にして、ようやく息がつけるようになったルウェンとアーセルも、もごもごと祝辞を口にした。
「おめでとうございます、マヒロ様、ハルタカ様」
「おめでとうございます。‥‥まさか、もう本当に番っておられるとは思っておりませんでした」
アーセルの言葉は、少し重く湿ったものだった。マヒロが決死の覚悟で高山に臨んだ折に、マヒロの気持ちがハルタカだけに真っ直ぐ向いていることは承知していたはずだが、「番った」と実際に聞かされればまだ複雑なものがあるのだろう。
ルウェンがそんなアーセルの背を優しく叩く。
タムはその一連の様子を観察して、ハルタカの方に声をかけた。
「では、マヒロ様が降りてこられるのは本日が最後ということですか?」
ぎょっとしたマヒロがタムの方を向いて素早く否定する。
「ええっ⁉そんなことないよ、私はまだこの世界について知らないことがいっぱいあるんだから、勉強したいって思ってる。ハルタカにもそれは伝えてるよ」
マヒロの言葉を聞いて、三人はまた驚愕の表情のまま固まってしまった。
さすがに『カベワタリ』なだけあって、思いもよらないことを言ってくる。
龍人の番いがヒトの間に混じって暮らすなど、聞いた事がない。そもそも龍人自体が市井の者たちと触れる機会がほとんどないに等しいのに、番いともなればなおさらだ。龍人の番いに対する執着が度を越えている、というのはこの世界での常識だった。だからこそ、三人は信じられない、といった顔でマヒロとハルタカの顔を交互に見てしまう。
その雰囲気を感じ取ったマヒロは、だんだん不安になってきて思わずハルタカを縋るように見つめた。
「‥え、いいんだよね?ハルタカ、いいって言ってくれたもんね?」
「‥‥‥いい、というか‥いいとは、思っては、いないのだが‥」
ハルタカはそっとマヒロから視線をそらして、口の中でもごもご何か呟いている。それを見た三人が、ああ‥と何かを察した顔でマヒロを見て、同じように視線をそらした。
マヒロは一人焦ってハルタカの腕を掴み、言い募る。
「え、何言ってんの?いいって言ったよね?いっぱい話をしたじゃん。なんかピアスとか色々するって、あ!ほら、チビ龍鱗出たから大丈夫って言ったよね?!」
「‥‥‥‥まあ、言ったな‥」
三人は不承不承、ハルタカが肯定するのを聞いて、思わずハルタカに同情した。常識が、前提が違う、ということはなかなか大きなことなのだ。
マヒロはとりあえずのハルタカの言葉を聞いてほっとした顔を見せ、タムの方を向いて満面の笑顔を見せた。
「ほら、だからタム、また来るよ!っていうか、どこか住む場所を探したいんだよね‥」
再びぎょっとした顔をした三人が一斉にハルタカの顔を見た。ハルタカは一瞬、三人の顔を見たが黙ってその顔を伏せた。
タムはちらりとアーセルの顔を伺う。アーセルは力強く頷いた。横でルウェンもぶんぶんと首を縦に振っている。
タムは立ち上がり、マヒロの傍に寄った。
「‥‥マヒロ様、よろしければその‥お住まいはフェンドラが面倒を見ましょう。あの、アーセル様もルウェン様もそのようにしてほしいとのことですし。ハルタカ様もその方がよろしいのでは‥」
「頼む」
やや食い気味に返事をしたハルタカを見て、マヒロが少し驚いた顔をした。それから腕組みをして顎に手を当て、う〜んと考え込んだ様子を見せる。
「‥でもなあ、これまでもお世話になりっぱなしだからなあ‥」
ハルタカの眉間に大きく皺が刻まれていくのを見て、慌ててアーセルも言葉を続けた。
「いえ、マヒロ様!本来であれば国を挙げて『カベワタリ』を保護するべきところだったのです!全く、その、世話になっているとか思っていただかなくて結構です!むしろ、こちらで面倒を見させていただきたく」
ルウェンも続いた。
「そうですよ、マヒロ様‥あの、よかったらマヒロ様のお住まいについてのことを俺の復帰の初仕事にさせてもらえませんか?色々と考えますので!」
ハルタカの眉間の皺が、やや開かれた。マヒロはそれは目に入っていなかったが、三人がそのように言ってくれるのを聞いて、またう~んと考え込んだ。
マヒロが話し出すまでの僅かな時間が、三人にはとても長く感じられた。
「‥わかった!じゃあ、お世話になろうかな、ハルタカもその方が安心みたいだし」
「ありがとうございます!」
「いや、ありがとうは私の台詞だからね?」
「いえいえ、龍人の番い様のお世話ができるとは、とても光栄なことです」
「そうですよマヒロ様。どうぞ気兼ねなくお過ごしください」
「マヒロ様のご希望など、また改めてお聞かせください」
三人三様の返事に、またマヒロは笑った。ハルタカが抱いていた肩から手を離し、マヒロの頭を自分の方に寄せてそっと口づけた。
「‥お前の希望を伝える時に、私も同席して構わないか?」
「ふふ、勿論いいよ!」
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