ルウェンとアーセル、そしてハルタカ
ルウェンがアーセルの腕を引いて立ち上がらせた。そしてアーセルの膝の埃を払ってやる。
「お前、二度とこんなことをするなよ‥もう、王座に就かれる身なんですから自重してくださらないと困ります」
後半は、少し口調を改めたルウェンを見て、アーセルはまた笑った。
マヒロはそんな二人を見て、大きく息を吐いて椅子にもたれた。とりあえず何とかなったかもしれない。マヒロから見ても、ルウェンは何かを吹っ切れたような顔に見えたし、アーセルは随分落ち着いているように見えた。
とはいえ、ルウェンの恋情は十何年も胸の中で育ってきたものだ。すぐにアーセルを諦められるものでもないだろうし、ルウェンが言うように新しい伴侶を見つけることは、実際には難しいかもしれない。
(‥自分がうまくいっちゃったからだけど‥みんな好きになった人に好きになってもらえたらいいのにな‥)
もう、ここにはいないティルンの事を思い出し、マヒロは何とも言えない気持ちになった。
恋愛とは本当にままならない。相手のためを思って行動したとしても、それが必ず報われるとは限らない。
だが、そうやって必死に好いたヒトのために何かをした者にとって、その経験は何かに生きてくるはずだ、とマヒロは思いたかった。
(私は大して何もしてないけど‥ハルタカに好きになってもらえたのは、運がよかったんだな)
マヒロはそう思って隣に座るハルタカをちらりと見た。立ち上がったまま何か話しているアーセルとルウェンを厳しい顔で見つめている。マヒロはそっとハルタカの袖を引いた。
「どうした?」
「顔、怖いってばハルタカ」
「‥‥生まれつきだ」
「絶対違う、何かまだ怒ってる」
「むしろなぜ、マヒロがあの者を許せるのかが私にはわからない」
そう言ってハルタカはむっすりしたままだ。仕方がないなあと思いながら、マヒロはそっとハルタカの手を握った。
ハルタカがマヒロの顔をじっと見てくる。身体を少しハルタカに寄せて囁いた。
「でも‥あのことがきっかけで、ハルタカへの気持ちが絶対に揺るがないものになったかな、って気はしてるんだけど‥」
どちらかと言えば常日頃から無表情なハルタカの顔に、さっと朱が刷かれた。握っていた手が、くるりと返され逆にぎゅっと握られる。
そしてそのままぐっと身体を引き寄せられ、ハルタカの胸の中に抱き込まれた。
「ちょ、ハルタカ」
「マヒロは、時々私の理性を飛ばそうとするな‥」
「うん?」
「‥‥このまま、住処に帰ってもいいか?」
マヒロは目を見開いてぐいぐいハルタカの胸を押した。
「絶対ダメ!」
言い合いながらハルタカの腕から抜け出そうとしているマヒロと逃すまいとしているハルタカの傍に、ルウェンが寄ってきて膝をついた。そしてハルタカに向かって話しだす。
「ハルタカ様。俺‥私のことはきっとお許しいただけないと思います。私個人としてはどんな贖罪を要求されようともお受け致します。ただ、私以外のフェンドラの人間には罪はありません」
「そうか?実際にマヒロを毒したのはあの王の子であるシンリキシャだろう」
ルウェンは負けずに言葉を返した。
「確かにそうですが‥ティルン様はもう十分、あなた様から罰されているかと存じます。他の人々には罪はないはずです」
ハルタカも自分が正気でない状態でティルンを追い詰めたことは記憶にあるのだろう。ルウェンのその言葉には反応しなかった。横でマヒロが「え?どういうこと?」と小さく呟いてはいたが。
「ですから、処罰は私のみにお願いします。ただ、もし許されればあと一年ほどお待ちいただけるとありがたい。新国王の即位が終わるまで猶予をいただきたいのです」
「‥‥お前に猶予を与える理由などない」
ルウェンは黙って膝をついたまま下を向いた。マヒロが慌てて横からハルタカを掴んだ。
「ハルタカ、だから私はもう気にしてないってば!そんな、処罰とか望んでないしやめてよ」
「マヒロ様、いいんです。ハルタカ様のお怒りはご尤もなんですから」
「でも」
そこへアーセルも近くに寄ってきた。立ったまま、ハルタカの顔をじっと見つめる。
「ハルタカ様、部下のしたこと重ねてお詫び申し上げる」
「領主騎士の詫びはもう聞いた」
「では、私の願いをお聞きください」
ハルタカは少し眉を上げて座ったままアーセルを見上げた。
「何だ」
「龍人様の使命はこの世の安寧と聞き及びます。我が国は王位移譲のためこの一年ほどは大きく揺れ動きましょう。私はそれを収めてゆかねばなりません。‥‥そのためにはこのルウェンという有能な右腕が必要なのです。我が国の安寧のため、どうかご猶予を願えませんか」
ハルタカは、その言葉を聞いてアーセルとルウェンを交互に見つめた。アーセルの言葉を聞いたルウェンは顔を上げてハルタカを見上げている。横からは縋るようなマヒロの視線も感じる。ハルタカは軽く一度目を瞑ってから返事をした。
「では、一年待とう」
「!ありがとうございます!!」
「ありがとうございます、感謝申し上げます」
「いやそもそも処罰いらないって!」
三者三様の声が応接室に響いた。そこへ、また扉を叩く音がした。
本日も文字数少なめですみません。あと数話で終わる予定です。
お読みくださってありがとうございます。
 




