ルウェンとアーセル 2
少し短いです、すみません。
「俺、は‥」
アーセルは隣を見ずにそのまま黙ってうなだれた。ルウェンも固い表情を崩さないまま微動だにしない。ハルタカは無論、話す気はないようでむっすりしたままだ。
(‥うう、空気が重い)
マヒロは胸の中でぐぬぬと唸ったが、とにかくこの場では自分が何とか話を展開していかないと進みそうにもないのだ。そう考えてもう一度話を続けようとする。
「アーセルとルウェンが、あんまり話ができてないって聞いてたからさ。正直、余計なお世話なんだろうけど‥。二人にこういう感じで話せるのって今のところ私しかいないかなと思うから。ちょっとおこがましいけどね」
そう続けると、アーセルがすぐにそれを遮るようにして言った。
「いえ、確かにその通りです。‥私の親などはもう、何も私に言ってはくれないので‥」
そう言うと、アーセルは膝を隣にいるルウェンの方に向け、その顔をじっと見つめた。ルウェンはまだ下を向いたままだ。
「ルウェン」
呼びかけられ、ルウェンの方が小さくひくっと震えた。膝の上で握られた拳が一層白くなっている。
その様子を見てアーセルは一度口を閉じた。しかし、思い切るようにして話し出した。
「ルウェン、まずは‥今までのお前の誠心誠意の働きに礼を言う。ありがとう」
ルウェンは思わず顔を上げてアーセルの顔を見た。穏やかなアーセルの瞳に視線がかち合い、すぐにまた下を向いてしまった。アーセルはそんな様子にも構わず話を続けた。
「今まで‥本当に色々な部分で俺はお前に助けられていたと思う。そして、それが長く続いて。いつもお前がいたことで、俺はそれを‥‥当たり前の光景だと思ってしまっていた。俺は、傲慢だったと思う」
「っ、そんなことはない!」
ルウェンはばっと顔を上げて叫んだ。アーセルはその顔を見て、微笑んだ。
「そうだったんだ、ルウェン」
ルウェンは黙った。アーセルはそれを見て、話を続ける。
「いつも、俺の傍に明るくて優しく忠義深い有能な友がいるのを、当たり前だと思っていた。それは傲慢でしかない。友にだって、人生はあるのに」
「アーセル、」
アーセルは話し続ける。
「私は、そんな友の心にも気づかず‥長い間、きっと苦しめていた」
「いいんだ、アーセル」
「そして気づかぬまま、友の心と犠牲の上に領主として騎士として過ごしてきた」
「アーセル、もういい!」
ルウェンは立ち上がって叫んだ。そしてゆっくり座ると両手で顔を覆った。
「‥‥お前が、そんなことを、思わなくていいんだ、俺は‥好きでやってたし好きに生きてたんだから‥」
「ルウェン」
アーセルは軽く一度だけ、ルウェンの肩を叩いた。
「お前の、今までの全てのことに礼を言う。ありがとう。そして‥至らぬ友ですまない」
ルウェンは顔を覆ったまま、答えない。マヒロはハラハラしながら二人の会話を見守っている。
アーセルはさらに続ける。
「お前の‥気持ちに、俺は今応えられない。お前を伴侶の候補として見たことはなかった」
「わかってる、構わないんだ」
ルウェンは素早く答えた。顔は見せないままだった。
「‥だが、俺はお前にまた我儘を言う。ルウェン、俺を助けてくれ。この領を、この国をよくするためにお前がいないと俺は‥うまく働けない。お前ほど優秀な副官はどこにもいない。俺は、傲慢で我儘で、あまり能力のないヒトだ。だから、お前の助けがいる。頼む、ルウェン。‥‥俺を隣で助けてくれ」
アーセルはそう言うと、立ち上がって長椅子の横に跪き、騎士の最敬礼をした。領主、ましてや次代の国王がする礼ではない。ルウェンは慌ててアーセルの腕を取って引き起こそうとした。
「やめてくれ、アーセル!」
アーセルは全身の力を使って跪いた姿勢を崩さない。そのまま上にあるルウェンの顔を見上げた。
「では。俺を‥私を助けてくれるか」
「‥‥っ」
「ルウェン。アセンドとカイラの子ルウェン。私を、フェンドラのアーセルを助けてくれ。」
そう言って、アーセルがさらに床に額をつけようとするのをルウェンは必死に身体を引っ張ってやめさせようとしながら叫んだ。
「わかった!わかったから、アーセル立ってくれ!」
アーセルは顔を上げた。ルウェンはアーセルの隣にくずおれた。そして、がっしりとアーセルの肩を掴んだ。
「‥‥くっそ、お前俺の扱い方を心得てるな!‥わかったよ、お前に額を穢させるわけには行かねえよ。‥何でもやってやる」
「ルウェン」
アーセルは肩に置かれたルウェンの手に、自分の手を重ねて笑った。
「すまん、また、よろしく頼む」
「おう。‥‥そのうち、俺もいい伴侶を探すからお前も探せよ。‥マヒロ様は、もう番いになられたみたいだからな」
アーセルはちょっと眉をしかめた。
「‥お前、わざわざそういうこと言わなくていいだろ」
「莫迦それくらい言わせろよ」
ルウェンはそう言うと、アーセルの肩を雑にバシバシ叩きながら笑った。
「額を穢す」「額を穢させる」と言うのは、そのヒトを恥辱に塗れさせる、という感じの言い方です。
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