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魔術師たちよ  作者: 八神あき
一幕 競技会編
9/66

難題

 中等部の男子寮。カーテン越しに入る日光のもと、アルフレッドは本を読んでいた。前髪が瞳にかかるのも構わず夢中で読み進める。もうすぐ昼だが、空腹も忘れていた。

 がたん、と二段ベッドの上から物音。どうやらダリーが起きたらしい。

 嫌だな、うるさくなる。アルフレッドは顔をしかめるも、すぐに無表情へ戻った。どうせすぐ出かけるだろう。

 冷めきった紅茶を飲み干し、読書に戻る。

「なあ、お前今日なにすんの?」

 唐突に話しかけられた。なれなれしく頭を小突かれる。

「別に、勉強、とか」

「だよなー。お前ずっと部屋にいるもんな」

 少年はおずおずと振り返り、ダリーを見上げる。背の高い、茶髪の男。入学試験の実技はトップ。

「今日俺、掃除なんだけどさ。友達と遊び行くから、変わってくんね? どうせ暇だろ」

「いや、暇ではないけど……」

「は? どうせ外出ないんだろ、なに、だれかと約束でもしてんの?」

「してない、けど」

「じゃあいいだろ。よろしくな。アルフレッド」

 言って、頭を叩く。

 これが三年後には魔王のごとく恐れられるアルフレッドの、入学当初の姿だった。


――――――――――


 クレアとリサは仮想空間にいた。

 試合のときとは違い、練習ではさまざまなオプションが使える。魔道具を出したり、無制限に魔力を使えたり。

 リサはクレアの生成した魔道具を相手に戦っていた。三角錐の金属片で、拳大のサイズ。リサの周囲を飛び回り、光線を出す。リサがよけると、紫色の光は地面を溶かした。一度よけても追って来る。リサは圧縮した炎を放つ。金属片は吹き飛ばされるも、壊れることはない。

 三角錐は12個。すべてクレアが操作している。水晶板の上で指をすばやく動かして指示を出し、リサを攻撃。クレアの魔力は制約なしにしたので、疲れることもない。

 リサの背後から二つの金属片が襲い掛かる。しゃがんでよけた。探知魔法を使えば視界外からの攻撃にも対応できる。近づいてくる金属片は打撃で吹き飛ばし、遠くからの攻撃は魔法で対処する。

 視界の隅で金属片の色が変わった。銀色をしていたのが赤に変わったのだ。

 その瞬間、リサは高威力の炎を放つ。金属片はジュワっと音を立てて蒸発した。

 金属片は色が変わったときだけ攻撃が通る。これは仮想空間だけに存在する魔道具で、銀色のときは一切の攻撃を無効化できる。

 色が変わるたび、確実に金属片の数を減らしていく。背後で変色が起こっても、探知魔法でとらえる。

 探知魔法は全方位に魔力を発し、反射してくる魔力を感知することで行う。そのため、物の形状は把握しやすいが、色の変化はわかりにくい。一応、材質など表面の状態で反射の仕方は微妙に違うが、かなり慣れていないと感知するのは難しい。まして戦闘中ではなおさらだ。

 リサは苦戦しながらも、すべての金属片を撃ち落とす。

「疲れたー!」

 膝に両手をついた。全身汗だくだ。足元に水たまりができる。

「おつかれー」

 クレアが駆け寄ってくる。手に持っている水晶板を操作すると、地面から水が湧いてきた。リサは礼を言い、頭から泉につっこんで水を飲む。

 飲み終えると、泉が消えた。今度はタオルが出てきたので、体をふく。

 リサの練習着はショートパンツと白いシャツ。体の一番大きい部分に合わせた結果、シャツはかなりオーバーサイズになっている。だが今は汗のせいでぴったりと体にくっつき、下着の線が透けて見えていた。暑がって胸元を引っ張るのでつい目が行ってしまう。地球の基準だとG。

 ショートパンツからのぞく太もももなかなか魅力的なのだが、あまりジロジロ見るのは失礼だろう。クレアは視線を水晶板に移し、タスクを表示した。

「探知魔法の常時展開、近接格闘と魔法の併用は身についてきてると思います。格闘技術はもとから高いので、今から大会までの期間に大きく伸ばすのは無理でしょうね。それより元素魔法を体系的に学んで対処できる範囲を増やすほうが大事だと思います」

「なんで敬語?」

 己への戒め。

「明日からは午前で元素魔法の練習、午後からは引き続き実戦形式の練習、でやろうと思うけど」

「おっけー。やー、クレアってほんと仕事できるよねー。優秀すぎる」

「ほめてもなにも出ないよ」

「これ以上出てきたら怖いって。ね、私はいいけど、クレアはどうなの? 研究、進んでる?」

 水晶板が落ちた。

「クレア?」

「……ぜんっぜん」

 クレアはがっくりと頭を落とした。

「そうなの? 今朝も部屋でなんかしてなかった?」

「ゴーレム関連の資料を読んでただけ。私の得意分野って魔導言語学だから、やるとしたら魔道具の開発か、ゴーレムの改良かなって」

 魔導言語学はプログラミング、魔素力学は物理学みたいなもの、というのが異世界生活一か月になるリサの印象。

 魔導言語学と魔素力学は魔法の理合そのものに関する学問だ。実際に行使する上ではまた違うジャンル分けがされている。元素、召喚、幻覚、傀儡などがそれ。身体強化や探知魔法はそれらに属さず、系統外魔法という言葉でくくられている。

 ひたすら使う方を極めるという人間もいるが、魔力の少ない者は学問的な傾向の強い魔導言語学や魔素力学を重点的に学んでいる。

「それで考えてたんだけど、なんにも思いつかないんだよね」

「意外。クレアってそういうの好きかと思ってた」

「勉強するのは好きでも、自分でアイデアを思いつくのはまた別」

「そっか。じゃあさ、アルと一緒にやるのは? あれって、クレアが出したアイデアだし」

「あのアルフレッド君が共同研究なんてするかな」

「たしかに、『群れるのは嫌いだ』とか言いそう。超言いそう」

 目つきを鋭くして口調を真似るが、微妙なクオリティだった。クレアはくすりと笑う。

「たしかに」

「まあでもダメ元で言ってみたら? リリアさんもいるし、なんとかなるかも」

 アルフレッドはリリアの言うことには素直だ。意外と呑んでくれるかもしれない。


――――――――――


「無理だ」

 アルフレッドの部屋。二人が頼むと、にべもなく断られた。

「いやいや、そんなこと言わずにさー」

 言いながら、リサはリリアへ視線を向ける。が、リリアは無言で首を振った。

(あれ!? 味方してくれると思ったのに!)

「案をくれたことには感謝する。もし使うなというならそうする。だが、一緒にってのはお断りだ」

 クレアは再びリリアを見る。(助けて―!)という思いを目に込めたのだが、やはりリリアからの援護射撃はなかった。

「え、あー……じゃあさ! クレアが同じテーマで研究するのは!? アルにやめろとか言わないからさ」

「それはお前らの自由だろう。発表内容がかぶれば二人とも評価は下がるが、それは仕方ないしな」

 アルフレッドは肩をすくめた。


 二人が帰ると、アルフレッドはベッドに身を投げ出した。

「さぼりですか、アルフレッドさま」

「うるさい。考えてるんだ」

「今日の晩御飯はシチューですよ」

「子供みたいに言うな」

「はいはい」

 リリアはベッドに座り、膝にアルフレッドの頭を乗せた。手で髪をとかす。アルフレッドは何を言うでもなくじっとしていた。しばらくそうしていると、背中をとんとんと叩かれる。

「頭の中は落ち着きましたか?」

「まあ、それなりに」

「やはり持つべきものは美人で優秀なメイドですね」

「……」

 あえて突っ込むのはやめておいた。

「一本の生体魔力だけでも30億の魔素が並んでる。解析するだけで厖大な時間がかかるのに、配列し直すとなるとなおさらだ。魔力球を使えば実生活で困ることはない以上、そんなアホみたいな労力をかけてまで魔力の授受を行う利点はない」

 リリアはただ黙って聞いている。優しく頭をなでた。

「……コードの言語自体を術式パズルで描けば一文字で複数の情報を扱える。処理能力は飛躍的に向上する。可能性は見えてるんだが……さすがに四大課題と言われるだけある。簡単には攻略できんな」

 言葉がとまったのを見て、リリアは口をはさむ。

「学科の総合成績が一位になって久しいアルフレッド様ですが、魔導言語学だけは二位に甘んじていたかと」

「……クレアか」

 クレア・クレス。演算能力特化型のホムンクルス。彼女がいれば間違いなく開発は進む。

 だが、アルフレッドの頭に鮮烈な記憶が蘇る。群れて他者を蹴落とす人間たち。自分ひとりの意思では何一つ行動できない愚劣な存在。

 不愉快だ。

「俺は劣等種にはならん」

 アルフレッドはそう言って、瞼を閉じた。

 高評価、ブクマ等ありがとうございます。励みになります。

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