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魔術師たちよ  作者: 八神あき
一幕 競技会編
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古典魔法

 翌日、リサは教室で眠気と戦っていた。

 ちゃんと勉強すると言った手前、寝落ちするわけにはいかない。数ある魔法の中でもとくに難解な傀儡魔法はかけらも理解できないが、渾身の力で瞼を持ち上げる。

「では傀儡術式と生体術式の違いについて、トウドウさんに答えてもらいましょうか」

「…ん? え、あたし?」

「また寝てましたね」

 教室中からくすくすと笑い声。

「寝てません。寝ないようにがんばってました」

「瞼は半分落ちてましたよ。眠気覚ましの飲み物なら許可しますから、次からは持ってくるように」

 なかなかフリーダムな校風だ。

「傀儡術式は三層構造になっています。体を動かすための術式アルゴリズム、それに指示を出すプログラム、そして術者の命令をプログラムに伝える翻訳術式。これに対して、魔力生命体の神経系にあたる生体術式は自己完結型の術式であり」

 そこまで聞いて、記憶が途絶えた。


 昼休み、食堂でクレアとサンドイッチを食べる。

「結局寝たんだね」

「なぜわかった!?」

「ほっぺたに痕ついるから」

 リサは顔に手をあてる。

「いや、がんばったんだよ。がんばりはしたんだけどさ」

「まあ、傀儡魔法は難しいよね」

「だよね!? 難しいよね! よかった、クレアでもそう思うんだ」

「そりゃあ。ジャンル別では二番目に複雑な術だし」

「あれで二番目? 一番ってどんななの?」

 リサが言うと、クレアは苦虫を嚙み潰したような顔になる。それでも答えはくれた。

「自己増殖型疑似生体術式。ホムンクルスの中核術式」

 投げ捨てるように言って、明後日の方向へ視線を向ける。

「……ホムンクルスって、なに?」

「それも知らないのか」

 呆れ、深いため息をつく。なんだか申し訳なくなってきた。

「あー、実はさ。あたし田舎の出身って嘘なんだよね。ほんとは別の世界から来たの」

「あ、そうだったんだ」

「うん、そうそう、そうなんだよー。って、え?」

「ん?」

 サンドイッチに伸びていた手をとめる。クレアの顔をまじまじと見た。

「リアクション薄くない? ていうか、そんな簡単に信じていいの?」

「まあ、実際に見るのははじめてだけど。現代魔術における召喚術では不可能だし。けど古典魔法なら通常の魔力生命体と同じ手順で召喚できたはずだよ。異世界人の子孫ならたまにいるし」

「たまにいちゃうんだ……なんか隠してたのバカみたい」

「いや、隠してたほうがいいと思うよ。今でも生物の召喚は違法だし。被害者側だから罰せられることはないけど、取り調べは面倒だしね。もちろん、術者を恨んでるんなら憲兵に申し出たほうがいいけど」

「なんか法的手続きが確立されてる!? 夢壊れるなあ」

「そりゃあ、有無を言わさず召喚なんて、誘拐と同じだからね。魔法が使えない人間の召喚なんて特に。不当な身柄の拘束で懲役2年以上だったはず」

「そうか……異世界召喚する人って誘拐犯だったんだ。なんかがっかりだ」

「どんな人に召喚されたの?」

「神様」

 これにはクレアも驚いた。

「神様?」

「そう」

「それはその、神様本人が言ってたの?」

「うん」

「えーっと、たとえばだけど、アルフレッド君くらいの術者だったら、異世界から生物を召喚した上でテレパシーを使って音声言語を介さず意思疎通して、幻覚で神様を見せることも可能だよね?」

 クレアの言ったことを聞き、しばし考える。

「たしかに」

「まあ、こっちの言語を修得させるにはけっこう面倒だけど。それでも神様を持ち出すほどの難易度ではないかな」

「そうなんだー。なんか残念」

「もちろん、必ずしもそうとは限らないけど。本当に神様がやった可能性だってあるし。どんな状況だったの?」

「えーっとね。まず、あたし死んだんだよね。いろいろあって」

「軽いね、自分の命なのに」

「済んだことだし。それで、気づいたら謎空間にいたんだよ。で、いろいろ便宜計って転生させてあげるから、ひとつ頼みを聞いて欲しいって言われて」

「謎空間?」

「そう。なんか、真っ白い地面と、真っ暗な空だけ、みたいな」

「本当に上位の魔力生命体の仕業だとすれば魔界かな」

「よくわかんないけど、たぶんそう。で、転生先は魔法あるとこにしてもらって、肉体も記憶もそのまま、魔力は最強。ついでに火力高い魔法も教えてもらった」

「じゃあリサの使う術式調べたらわかることもあるかも」

「そんなことできるの?」

「うん。古典魔法は記述言語ごとに特徴があるから、似たような術式があれば当然起源も推測できる。魔力生命体から直接与えられた術式って限られてるし、探すのもそれほど手間じゃないはず」

「すごいね、なんでもできるじゃん」

「あ、けど私には無理だよ? 高精度の分析魔法が使えて、術式の記述様式にも詳しい人じゃないと」

「そっかー。知り合いにいる? そういう人」

「知り合いかはわからないけど……」

 ためらいがちに、クレアはその名を言った。


 放課後、二人は寮の最上階にいた。先日来たばかりの部屋をノックする。

 すぐに返事があり、扉が開かれた。リリアが二人を見て微笑む。

「こんにちは。アルフレッド様ですか?」

「はい。大丈夫ですか?」

「申し訳ありません。今眠っておられますので。しばらくすれば起きるかと。中でお待ちください」

 リリアは入ってすぐの部屋に二人を案内する。小さなテーブルとイス、ソファーが置かれていた。

 座って待っていると、紅茶とお茶菓子を持ったリリアが現れた。

「今日はどうされましたか?」

「あたしの術式について調べて欲しくて」

「リサ様の?」

「はい。えーっと、古典魔法についてレポートを書こうと思ったんですけど、その一環で」

「そうでしたか」

 リリアはあごに手をあてる。

「もしかして、難しいですか?」

「いえ、ただ今はキャパオーバーかもしれません。とりあえず、起きるのを待ちましょう」


 しばらくするとアルフレッドが現れた。寝ぼけているのか、二人の顔を見てもなんの反応も示さない。ふらふらした足取りでソファーに向かい、どさっと腰を下ろす。

 リリアが紅茶を持ってくる。アルフレッドはティーカップに口をつけると、頬杖ついて目を閉じた。

「いい。話せ。聞いてる」

 ぶっきらぼうに言う。

 リサが頼みを言うと、アルフレッドは眉根を寄せた。もう一度紅茶を飲む。

「無理だ。あれ、えーっと、あれがあるから、それまで」

「学期末の競技会です」

「そう、それだ。それがあるから」

 リサは首をかしげる。

「競技会って?」

「学期末に行われるの。試合と研究の発表が主な内容。それに以外にもスポーツとか、いろいろあるよ。いい成果を出せば序列の変動もある。とくに研究発表は特典が大きいね。アルフレッド君は両方ともエントリーするんですか?」

 尋ねるも、アルフレッドは目を閉じたまま動かない。代わりにリリアが答えた。

「はい。その予定です」

「やっぱり! 去年の術式パズル、評価されてますもんね! 商品化されてるの見て、私も一個買っちゃいました」

 心なしアルフレッドの口角があがる。紅茶を飲む速度があがった。

「術式パズルって?」

「あとで実物見せたげるから。今年は何を発表するつもりなんですか?」

 今度は口角が下がる。それでも無視はされなかった。

「思いつかなかった。だから、去年のを流用する。パズルを複数組み合わせて、翻訳術式をかませて音声入力できるようにした。一応、初級元素魔法と、召喚魔法を三つはカバーできたが」

「なるほど。技術的には高度ですし、序列が下がるとは思えないですけど。新しいものではないですね」

 アルフレッドはうなずき、また思考の海に沈んでいく。

「あの、去年の発表聞いて思ったんですけど」

 クレアが言うと、アルフレッドがうっすらと片目を開ける。

「あれで魔力の受け渡しってできないですかね? パズルだったら固定化されたコードよりも扱える情報は多いじゃないですか。魔力授受の研究って、魔道具が発達したせいで下火になってますけど、学生の発表としてなら面白いと思うんです。むしろ制約の少ない学生だからこそできるというか」

 アルフレッドはかっと目を開き、部屋を飛び出していく。

「少々お待ちください」

 リリアが主人のあとに続いた。すぐに一冊の本とメモを持って戻ってくる。

「アルフレッド様からです」

 受け取ると、タイトルには「古典術式体系」とあった。メモには本や論文の名前が殴り書きされている。どれも古典術式に関するもの。

「あ、ありがとうございます」

「いえ、こちらこそ。御助言ありがとうございます」

 アルフレッドは戻ってこないだろうと言われ、二人は部屋を後にした。

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