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魔術師たちよ  作者: 八神あき
三章 魔神の復活
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髪留めと記憶

 彩は家に帰ってからも夢心地だった。

 ベッドに腰かける。今日のことを思い出す。


『かわいいじゃん。名前は?』


 頬が熱い。

「ううぅ…! なんだったの、なんだったの、あれ!!」

 両手で顔をおさえた。布団に身を沈める。


 冷静に、一日の出来事を順に思い出す。

 朝、親の顔も見ずに登校。午前中の授業が終わると、あいつらに呼び出されて、お金を取られて、ついでとばかり暴力を受けた。

 いつも通りだ。いつも通りの、くそったれな日常だ。悲嘆することはあれど、困惑することなど何もない。


 そして、彼女が現れた。

 強く、激しく、くそったれな日常を打ち壊した。


『かわいいじゃん。名前は?』

「かわいくない! かわいくなんてない、絶対ない!」


 なぜああなった。どんな因果があって、イケメン女子に助けられる展開になった?

 困惑は想像力を刺激し、加速した妄想がひとつの答えを導き出す。

「もしかして、これが噂に聞く……モテ期? モテ期なのか? 万年芋女のあたしに、ついに……!?」


 飛び起きた。クローゼットへ駆け寄る。

 制服、制服、ジャージ、何もかかってないハンガー。かわいい服など持っていない。

「どうしよう。……明日から、どうしよう」


 部屋中を駆けずり回り、武器になるものはないか探す。

 徒手空拳では心もとない。なんでもいい、武装を。


 そうして見つけた。引き出しの奥、いつ買ったかも覚えていない髪留めがあった。

 鏡を机に立てる。映るのは、世界一見たくないもの。

 目をそらしたくなる気持ちを堪え、慎重に髪留めを差す。三度、位置を変え、一度はあきらめかけ、もう一度気力を拭い起こし、ぶすりと差した。


「これで、なんとか……」


 不安と期待に揺れる心のまま、ベッドに戻る。

 電気を消しても、眠れる気がしなかった。


ーーーーーーーーーー


 翌朝、冷静になった。髪留めをむしり取る。


 階段を降り、聞き耳を立ててからリビングに入る。

 抜き足差し足で洗面所へ。顔を洗い、冷蔵庫から適当なものをつまむ。


 部屋に戻って着替え。

 床に落ちていた髪留めが目に入った。

 記憶のフラッシュバックに襲われる。


『うわ、見ろよ。ブスが変なもんつけてる!!』

『何それ、かわいいと思ってるの? ウケる』

『写真撮ってあげる。ほら動かないで。みんなに送ろうっと』

『彩、あなたって本当に、器量が悪いのね』


 クラスメイトに、親戚に、親に、言われた言葉が、洪水となってあふれ出す。

「わかってる。つけるわけない。ただのゴミだよ」

 蹴とばすと、壁にあたって無機質な音を立てた。


 部屋から一歩、足を出す。

 階下では物音。早く家を出ないと、顔を合わせることになる。

 愚劣なクラスメイトたちより、もっとおぞましい生き物に。


 なのになかなか、足が進んでくれない。

 ちらりと背後を振り返る。暗がりの中、かすかに銀色の光。

「持っとくだけなら、別にいいか」

 期待してるわけじゃない。見つかりそうになったらすぐに捨てればいい。


 見ないようにしながら素早く拾い、ポケットにねじ込んだ。


 いつも通りの通学路。うつむきながら教室に入る。

 挨拶、雑談、愚痴、人の声が入り混じる。


 雑音が、ぴたりとやんだ。


 ひとりの女子生徒が教室に入ってくる。

 造形はいいのに人相が悪くて、ひとりなのに気高い、転校生。

 東堂梨沙が通ると、クラスメイトたちは声をひそめる。彼女の一挙手一投足に注視し、怯えている。


 昨日の出来事は、すでに広まっているのだろう。

 胸がじんわりと温かくなる。口角が上がりそうになる。


 目の前に来た。彩はクラスメイトたちとは別の理由で縮こまる。

 挨拶されたらなんて答えたらいいんだろう、カジュアルな感じ? それとも礼儀正しく? 

 挨拶以外かもしれない。雑談か、昨日の事か、あるいは……

『かわいいじゃん』

 顔が沸騰する。机に突っ伏した。額から汗が流れている。


 まずい、ただでさえ器量が悪いのに脂汗なんて、絶対引かれる。

 ほんの少し視線をあげた。梨沙は無言で通り過ぎて行った。

 自分の席に座り、退屈そうに窓の外を眺める。


 挨拶? 雑談? バカバカしい。

 自己嫌悪と羞恥心がゲリラ豪雨となって心を濡らす。

 顔が熱い。さっきまでとは違う理由で。


「ほんと……バカ、あたしって」


 彩は机に突っ伏し、世界を遮断した。

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