窓を隔てて
梨沙はひとり、廊下に立っていた。
床の冷気が足を伝わってくる。窓の外は雨。薄暗くどんよりとした雲から、終わることなく雨が降り続いている。
あの日からどれだけ時間が経ったのかわからない。
記憶は断片的で、つぎはぎされて頭の中に散らかっている。
病床で泣く両親、低く響く読経、骨壺に治められる小さく白い小枝。
後ろの部屋では両親が小声で話している。ときおり母のすすり泣きが聞こえ、父が慰めていた。
「いつまでも泣いていたって仕方なよ。あの子を見習えとは言わないけど」
「……あんなのと一緒にしないでください! 涙一つ見せないで、薄気味悪い。目の前で肉親が死んだっていうのに……」
それに続いて、母は決定的な一言を放った。父は眉をひそめるも、たしなめはしない。
窓の外に目を向けると、陰気な少女と目が合った。
母の言う通りだ。薄気味悪い。
今までずっと嫌いで、理解できなかった。けれど今日はじめて、思いが一致した。
「……ほんと、あたしだったらよかったのに」
慌てて目元を抑えた。ずっとなんともなかったのに、なんで今。
戸惑いながら部屋へと走る。まだだ、まだ我慢しろ。
扉を閉めるや布団にもぐり込む。
涙が流れた。毛布で目元を抑える。こんなに悲しいのに、泣いているのに、頭をなでてもらえない。
「違う、違うよお姉ちゃん。そうじゃないよ。なんで、なんでお姉ちゃんなの。そんなのだれも望んでない。逆だよ、バカ」
口にしたところで、本当はわかっていた。
バカなのは自分だ。自分が不注意で、頭が悪くて、自分勝手だから、姉が身代わりになった。
「……やっぱりまちがってるよ、こんなの。……あたしが、死ねばよかったのに」
やはりまちがっているのだ、こんな世界。絶対に。
目が覚めると涙は枯れていた。
久しぶりに道場へ行くと、みんな心配してくれた。
けれど梨沙は振り向きもせず、巻き藁に向かった。
藁の巻かれた板に、拳を打ち付ける。
何度も何度も、血が出ても、周りがとめても打ち続けた。
その日から、梨沙は練習に打ち込んだ。まるで憑りつかれたように。
兄弟弟子は梨沙を恐れた。師も手を焼いた。
やがて敬遠されるようになった。組手でも喧嘩でも、梨沙の相手をしてくれる人はいなくなった。
それでもよかった。もうこの世界には、だれもいないのと同じ。
たったひとりの存在は、もういないのだから。
梨沙はひとりになった。




