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魔術師たちよ  作者: 八神あき
三章 魔神の復活
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見ていた世界

 体育館の客席は満載だった。選手の親や友達が、階下で行われる試合を凝視している。

 決勝戦である。広いマットの上では、二人の少女が拳を交わしていた。


 背の高い少女の蹴りが相手の顔面に突き刺さる。くらった方はよろけながらも拳を下げようとしない。

 タイマーが鳴ると、二人は距離をとった。白線の位置に戻る。


 判定が下り、館内に放送が流れた。

「ただいまの試合の結果、優勝は東堂梨沙さんに決定しました」

 紅白の少女は挨拶を終え、マットから降りる。


 梨沙は面を脱ぎ、客席に向かって手を振った。

 沙耶香もまた、梨沙に手を振る。

「お姉ちゃーん!! 優勝した!! 愛してるーー!!!」

 呼びかけられると、沙耶香はわずかに頬を赤らめながら手を振って来た。視線を集めるのが恥ずかしいようだが、梨沙にとっては関係ない。

 中学にあがっても、梨沙の世界は姉との二人だけだった。


 会場を出ると、二人は手を繋いで帰路につく。

「ねえ、お姉ちゃん見てた!? あたし、強かったでしょ?」

「うん。かっこよかった」

「やったー!」

 もろ手を挙げ、姉に抱き着く。

「あーもー、おうち帰ってからね」

「えー。いいじゃん別にー」

「歩きにくいでしょー」

 梨沙は名残惜しそうに姉から離れる。


 沙耶香がスマホを操作し、画面を見せてきた。

「ほら、さっきの試合。動画あがってたよ」

「えー。いいよ、そんなの。見て欲しいのお姉ちゃんだけだもん」

 沙耶香は周囲の人間に梨沙を認めてもらいたいと思っている。親との仲も取り持とうとする。

 けれど、梨沙にはそれがわからない。


 他人なんてどうでもいい。練習して、勝って、姉に褒めてもらう。それで完結している。

 梨沙は笑い、くるくると回りながら姉の前に出た。

「危ないよー」

「だいじょーぶー」


 幸せだった。

 親も教師も学校も、全部嫌いだ。

 道場では仲のいい相手もできたが、しょせんは他人でしかない。


 特別なのはひとりだけ。

 建物も通行人も世界から締め出して、姉の顔だけを見つめる。

 またくるりと回り、足を進めた。


「梨沙!!」


 聞いたことのない、姉の怒声。

 びくりと身を震わせる。

 クラクションの音。

 気づけば体は歩道から離れ、赤信号の交差点に出ていた。鋼鉄の怪物が少女の体を飲み込もうと大口を開けている。


 遅い。トラックは遅々とした動き。それなのに体は動いてくれない。

「あ」

 かろうじて口から吐息だけが出た。体を鍛えても、人に勝っても、意味はない。無力感が体を支配する。


 腕を引っ張られた。

 姉が目の前を通り過ぎていく。綺麗で儚い、昔はいつも見上げていて、いつのまにか自分より低くなってしまった人の顔。


 梨沙と入れ違いに道路に出た沙耶香は、優しく微笑んでいた。


 世界が速度を取り戻す。

 梨沙は地面に尻餅をついていた。さっきまで隣にいた姉だけがいない。

 視線を前に向けても、その姿は見当たらない。


 地面にブレーキ痕を引いて、トラックがとまっている。

 血が流れていた。

 人が集まってくる。

 サイレンの音が聞こえ、だんだん遠のき、視界は暗くなっていく。


 何が起きたのかわからなかった。

 わかりたくなかった。


「お姉ちゃん……?」


 いつも手を握っていてくれた人が、守ってくれていた人が、大好きな人が、いなかった。

 その日、梨沙の世界は崩れ去った。

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