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魔術師たちよ  作者: 八神あき
三章 魔神の復活
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はじまり

 放課後の教室。

 頬を張る音が鳴り響く。

「早く謝りなさい! なんでそんな簡単なことができないの!?」

 母に言われても、梨沙は答えない。もう一度平手打ちが飛ぶ。


 机の向かいには男子生徒とその親、そして教師が並んでいた。

 男子生徒は顔に傷を作り、涙の痕がある。


 また手を振り上げる母親に、教師が割って入った。

「お母さん、そこまでしなくても」

「いいえ、この子はいつもこうなんです。ひとつも言うことを聞かない。生意気ばかりの乱暴者。人様に怪我をさせて反省の色もない。もうお母さんは限界。これ以上強情張るならあなたはうちの子じゃありませんからね!!」

「梨沙ちゃん。なんでケンカしたのか教えてくれる?」

 問いかけると、梨沙はぷいとそっぽを向いた。


「梨沙!」

 三度目の平手打ち。梨沙は頬を真っ赤にしながらも、まっすぐに母の目を見据える。

「生意気な!」

 怒り心頭に発し、拳を握りしめた。


 からりと扉の開く音。

「こんにちは。ごめんなさい、遅くなって」

「紗耶香。あなたを呼んだ覚えは」

「お母さん! ちょっといい? 石田さんから電話があって。私が仲介するより直接話したほうがいいかなって」

「あら、そう」

 懇意にしている家の名前を出すと、表情に平静さが戻る。


 梨沙を睨みつけてから教師を振り返った。

「用事ができましたので。あとは長女に任せます。紗耶香」

「うん。こっちはなんとかするから」

 母親は一礼し、去っていった。


「すみません、こちらの都合でお待たせして。姉の紗耶香です。話は伺っています。このたびは妹が」

「だめ! 謝んないで!」

 言い終わるより早く、梨沙が姉の袖を掴んだ。


 だんまりを決め込んでいた梨沙が声をあげた。向かいの三人が目を見開く。

「こいつらがアヤちゃんいじめたの! 五人で! アヤちゃん泣いてた。だから殴った。こいつらが悪い!」

 向かいに座っていた男子生徒を指さす。


 被害者の側に立っていた彼は突然の糾弾に狼狽し、親の顔を見た。

 大人たちもまた、男子生徒を見る目が変わる。

 梨沙も怪我をしていることでは同じだ。顔と腕に擦り傷があり、痣もできている。


 沙耶香は梨沙の頭をなでた。しゃがんで視線を合わせる。

「梨沙。外に車あるから、先に行ってて。お姉ちゃん、お話があるから」

「……謝らない?」

「私は梨沙を信じるよ」

「…………ん」

「いい子。お菓子置いてるからね」


 梨沙は教室を出て車に向う。後部座席のシートに滑り込んだ。

 座席に置かれていたビスケットに手を伸ばす。運転席に座っていたドライバーが飴玉を追加した。

「お話は終わりましたか?」

「んーん。お姉ちゃんが話してる」

「左様ですか。テレビでもご覧になりますか?」

「いらない」


 梨沙は口に詰められるだけお菓子を詰め込むと、窓ガラスに張り付いた。

 目を凝らすと教室が見えた。保護者は混乱を怒りに変え、教師は狼狽し、姉は繰り返し頭を下げている。

 梨沙は窓から目をそらした。


 30分ほどで紗耶香は戻ってくる。車は無言で発進した。

 梨沙は姉の膝に倒れ込む。

「お姉ちゃん。あたし、お姉ちゃんのこと困らせた?」

「そんなわけないでしょ」

「あたし、やっぱりまちがってるのかなぁ」

 沙耶香はそっと、妹の頭をなでる。

「まちがってないよ。梨沙は優しくて、正しくて、まっすぐな子。だけどこの世界は、正しくなくてねじ曲がってるから。自分を曲げて嘘をつく人間が評価されたりするんだよ。梨沙は、そのままでいいの」


 梨沙は姉を一瞥し、お腹に顔をうずめた。

「あたし、やっぱりお姉ちゃんだけがいい。みんな嫌い。みんな……お姉ちゃん以外ぜんぶ嫌い!」

 嗚咽まじりの声。


 沙耶香は思う。この子は強くて優しい子。世界はさぞ生きづらいだろう。


 だれかが言った。世界は変えられないけど、自分は変えられる。

 その欺瞞を飲み下して器用に生きられれば、楽になるのだろうか。

 それは救いになるのだろうか。


 窓の外に目を向けると、一枚の貼り紙が目に入った。


 生徒募集


「空手……。梨沙、格闘技やってみない?」

「なにそれ?」

「思いっきり殴れるよ。それで、もっともっと強くなれる」

「……強くなったら、お姉ちゃんうれしい?」

「もちろん」

「じゃあ、……やる」


 梨沙が笑う。それだけで世界が明るくなった。

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